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「うおっ」
「ヒイィ」
部屋の景色がぐるりと回る。
不安を感じて必死にテーブルにしがみつくが。
「うぐっ」
「アフュッ」
座っていたイスも、しがみついていたテーブルも消え失せ、僕達は地面に投げ出された。
「痛たたた……ん、土?」
体を起こし周りを見れば、そこは知らない場所だった。目の前を大きな石畳の街道が通っていて、その向こうには駅らしき建物が見える。これは大街道か?
「ココハドコデス?」
ジャックも僕と同じく地面に座りこんだ状態で、キョロキョロと辺りを見回していた。
「ニャム……何処を見ておる、後ろじゃ」
その声に、僕とジャックは同時に後ろを振り向いた。
「うおー!何だこれ!」
「ヒェェ」
そこには小高い山があった。
山の頂上には日の光を受けて、きらきらと銀色に輝くお城のような建物が見える。
山の麓からその建物までを、石造りの階段が一直線に繋いでいて、沢山の人々が往来していた。
山には頂上の建物以外にも、尖った鉛筆のような塔がそこかしこに建っている。
「ここは……?」
「ニャム……察しはついておろう。ここは聖地ナキサーガ。頂上に見えるのはウシュ=オ=オランテ大聖堂じゃ」
「えーと、もしかして」
「うむ、ノエル、お主の破門を解く。というか解かせる」
「そんな、簡単に言いますが」
「問題ない、問題ない。すぐに済むじゃろうて」
「はあ」
「シカシ、街ノ教会トハすけーるガ違イマスネエ。階段ノ幅ナンテ、大街道ノ道幅ト大差ナイノデハナイデスカ?」
「うむ。祭日などは大陸中から信者が訪れるからの、あの幅が必要なのじゃ。今日は少ないがの」
階段の人の往来はレイロアの商店街のそれより明らかに多いし、階段が始まる山の麓には人がごった返している。これで少ないのか。
「さ、行くぞい」
師匠は階段の始まりへ向けて、歩き出した。
麓の人だかりに近付いてみると、その正体は入場を待つ人の列だった。
「うわあ、死の淵思い出すわ」
「ナンデスカ、ソレ」
「並ばずとも良い。こっちじゃ」
人の列を迂回して階段の方へ向かうと、槍を持ち鎧の上から揃いのサーコートを身に付けた兵士が、横に等間隔に並んでいた。
師匠はその中で一番豪華な鎧の兵士に声をかける。
「ちょいとよいかの。儂は司祭リィズベルじゃ」
「ハッ!リィズベル様!拝謁でき、光栄の至りであります!」
「うむ、うむ。こやつは儂の弟子、後ろはその使い魔じゃ。連れて入るぞ?」
「承知いたしました!ではお弟子様はこのゲストパスを、使い魔の方はこれを!」
僕は渡された名札サイズのパスを胸に付けた。
ジャックに渡されたのは、胴体がすっぽり隠れる位の大きさの看板2枚が2本の紐で繋がった物。
ジャックが紐の間に頭蓋骨を通すと、前と後ろに看板が垂れ下がる。看板には「注意!使い魔につき攻撃禁止!」と書かれている。
「……コレヤダ」
「フッ、案外似合ってるよ?」
「他人事ダト思ッテ」
「さあ、さっさと行くぞい」
師匠はジャックの恥ずかしい姿には目もくれず、長い長い階段へと足を踏み出した。僕達も慌てて、その後に続く。
「槍ヲ持ッタ僧侶サンモイラッシャルノデスネ」
「あれは神殿騎士だよ」
「神殿騎士?」
ジャックが看板をガチャガチャ鳴らしながら聞き返す。
「鎧の上にサーコート着てたろ?前垂れみたいなヤツ。あれに十字架と星が描かれていたから星槍騎士団だね」
「ンン?騎士団ガ一杯アルノデスカ?」
「神殿騎士とは、聖アシュフォルド教会に仕える騎士の事。神殿騎士は3つある騎士団のどれかに所属していて、ふう、その1つがさっきの星槍騎士団というわけ」
「教会ナノニ、ナンダカ物騒デスネエ」
コホンと咳をして、師匠が説明を引き継ぐ。
「確かに物騒じゃが、影響力のある巨大な宗教団体じゃからな。独立性を保つ為には仕方なかろうて」
「ソウイウモノデスカ」
「そういうものじゃ」
「ふう、ふう。しかし長いな……」
視線を上げて階段の先を見渡すと、まだまだ先は続いている。階段脇に腰かけて休む巡礼者も多い。
「師匠は大丈夫です……か。って、何それ」
師匠は地面から少し浮き、すいーっと階段を登っていた。
「ニャム……靴底に『フロート』をかけて、少しだけ勢いをつけておる。ま、波乗りの要領じゃの」
「いいな、それ。……『フロート』!」
僕も真似して靴底に『フロート』をかけてみたが、案の定、すっ転んでしまった。
「うっぐぐ」
「ほっほっ、未熟者には無理無理。若者は己が足で歩けということじゃな」
「ちくしょう」
仕方なく浮かんだままの靴を脱ぎ、裸足で登り始める。
魔法ですいーっと進む老司祭と、疲れを知らないスケルトンは、登るペースを緩めない。
ただでさえ体力のない僕は、裸足で必死に付いていく。
「アノー、りぃずべる様。質問イイデスカ?」
ジャックが歩く度にガチャガチャ鳴る看板を押さえながら、師匠に声をかけた。
「何じゃ、骨っこ」
師匠は威厳のある態度で答える。
「るーしーハドウデスカ?」
「ルーシーちゃん、恐ろしくかわいいのう」
途端にデレッと表情を崩す師匠。
「イヤ、ソウイウコトデハナク。ふぁみりあッテるーしージャ駄目ナンデスカ?」
「んむ?」
「ぜぇぜぇ……駄目でしょ。精霊とかでしょ?ふう、ファミリアって」
「デモ、じっぱハりぃずべる様ノ杖カラ出テキマシタ。るーしーダッテのえるサンノ十字架カラ出テクルデショウ?」
「ぜぇ、そこだけ似てても……げほっ、ごほっ」
「ちと待て……ニャム」
師匠は難しい顔でニャムニャムと独り言を言い出した。
「ニャム……理論上、精霊でなくとも霊体であれば良い筈じゃ……ゴーストならば魔力もある……言葉も喋る……術者と親しくもある……ニャム」
しばらく自問した後、結論を口にした。
「ファミリアに成り得る。というか、既にファミリアやもしれぬ」
「ぜぇぜぇ……ほんと?」
僕が胸の十字架を取り出して見つめると、ルーシーがきょとんとした表情を浮かべた後、にんまりと笑った気がした。
「条件は満たしておる。試してみるがよかろう」
「りぃずべる様ハ、ドウヤッテふぁみりあニ魔法ヲ使ワセテイルノデスカ?」
「まず、術者の体に触れさせておく。ジッパを肩に留まらせておるのはその為じゃ。そして魔法を使うイメージを共有する。手順はそれだけじゃな」
「ふう、ふう。イメージを共有……」
「最初は難しいやもしれぬが、じっくりやればよい」
「ぜぇぜぇ……わかりました、ふうう」
足を止めて背中を思いきり伸ばす。
大きく胸を膨らませ肺に空気を送ると、少し楽になった。
階段の先には、銀色の立派な建物が僕達を待っている。
大聖堂までもう少しだ。