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「ファミリア?」
「うむ。説明よりも、まずは見せようかの。ジッパ、出てこい」
「あいよ」
気怠そうな声と共に、師匠の杖からゆらりと青い影が飛び出した。青い影は師匠の左肩の上に留まり、次第に姿がはっきりしてきた。
その姿はフクロウ。とても眠たそうな、怒っているような目をしていた。
「アッ、コノ目付キノ悪イふくろうハ!」
「そうじゃ、こやつは……」
「待て待て、テメェ何つった?」
説明しようとした師匠を遮って、フクロウがジャックを恫喝し始めた。
「目付き悪い?はっ、テメェは眼球もねえ骸骨の癖に何様のつもりだ?コトコト煮込んで人ガラスープにしちまうぞ?」
「エッ、ヒ、人がら?」
フクロウの勢いに、ジャックは目を白黒させた。まあ、眼球は無いのだが。
「ニャム……ジッパ、静まれ。こやつは儂のファミリア、精霊フクロウのジッパじゃ。骨っこは前に見たな?」
「エエ、のえるサンニ蘇生魔法ヲ使ッタ時ニ」
「そうじゃ。蘇生魔法『リヴァイヴ』を普通に詠唱しては間に合わなかった故、ジッパと詠唱を分担したのじゃ」
「詠唱を分担?そんな事が出来るのですか?」
「出来るのが、ファミリアじゃ」
師匠が『マジックボード』のファミリアの文字をコン、と叩く。すると幾つかの文字が新たに浮かび上がった。
「正式名ソーサリーファミリア。別名、第2の舌、口達者な同居人などとも言う」
「魔法が使える使い魔、ということですか?」
「間違いではないが、正しくもないの。術者の魔力で術者の魔法を使えるのがファミリアじゃ」
「術者ノ魔力デ術者ノ魔法?」
「例えば骨っこがノエルのファミリアならば、ノエルの魔力を使い、ノエルの覚えている魔法を使えるわけじゃ」
「それで第2の舌……」
「ニャム。まさに魔法を使える職業にとって第2の舌、であるわけじゃ」
「じゃあ、同時に別々の魔法を唱えたり?」
「出来る。他に出来るのは……」
師匠が短縮、合唱、合成と文字を書いた。
「まず短縮。これは先ほど話した詠唱を分担する事じゃ。ジッパが呪文の前半を、儂が後半を唱える事で、半分の時間で詠唱出来る」
「ほほう」
「そして合唱。これは1つの魔法を同時に唱える事じゃ。そうすることで効果が跳ね上がる」
「あっ、経験あります!赤ローブの時に『スリープ』を一斉に唱えられた!」
「ふむ、合唱かもしれんの。あるいは単純に複数の『スリープ』を一斉に使っただけかもしれぬが」
「ああ、そうか」
「合唱は詠唱の声が綺麗に重なり、効果が大きく変わる。それで見分けるとよかろう。そして、何と言っても合成じゃ!」
師匠がゴン!と『マジックボード』を叩く。
「ふえっ」
「チョット」
「お、す、すまぬ」
またルーシーが泣きそうになり、師匠が慌てて声のトーンを落とす。
「合成とはファミリアと別々の魔法を唱えようとした時に、その魔法が混じり合い、全く別の魔法になることじゃ。魔法の組み合わせにより、様々な合成魔法が生まれるぞい」
「何ダカ面白ソウデスネ」
「うん」
「物は試しじゃ。使って見せようぞ」
師匠は素早く魔力を練ったかと思うと、ジッパと共に声を重ねた。
「我が招くは萌芽の兆し。伸びよ若木、育てよ若葉、萌えよ新緑!ひと時の春を謳歌せん!『グロウ』!」
師匠は長い杖を、窓の外にある庭に向かって降り下ろした。
「『グロウ』?初めて聞く魔法だ」
「神聖魔法『サンライト』と水魔法『ウォーターベール』の合成魔法じゃ。効果の程は、己が目で確かめい」
僕とジャックは窓辺に移動し、庭を見やる。
「ウワ、育ッテル!」
まだ芽が出たばかりだった野菜が、もう収穫の時期の大きさになっている。薬草類も同様だ。
「植物の成長を促す魔法じゃ。土が弱るので多用は出来ぬが、不作の時などは便利じゃぞい」
「ああっ!サニーまでデカくなってる!」
どうにか敷地内に収まっていたサニーの枝葉は、道の半分を覆うほど大きくなっていた。
「ドウスルンデス、のえるサン。苦情来マスヨ」
「くうっ、剪定するしかないのか」
大きくなった樹木を剪定するのは普通の事なんだろうが、相手は意思を持ち喋るサニーである。気が進まないなんてもんじゃない。
「大丈夫……枝切ッテ……オ父サン……」
「うぐぅ、すまないサニー。不甲斐ない父を許しておくれ」
「……なんかすまんかったのう」
自分に集まる非難の目に、居心地悪そうに師匠が謝罪した。
「と、とにかく、これでファミリアの事はわかったな?」
「ええと、合唱とか合成とか、これはファミリアが居なくても出来るのでは?」
「出来る、出来ないで言えば出来るであろうの。実際、合成魔法の生みの親は、双子の魔法使いであったと伝わっておる」
師匠は白い髭を撫でながら語る。
「じゃが、極めて難しい。今言った双子の魔法使いでも、度々失敗したようじゃからの。その点、心を通わせたファミリアならほぼ100じゃ!」
「ほぼ100?」
「ニャム……ほぼ100%じゃ」
「ソレッテ99%トカデ良イノデハ」
「語感の問題じゃ。わかっとらんのう、骨っこは」
「ハア」
「そして、これが司祭の優位性に繋がるわけじゃ。わかるな?弟子よ」
「……そうか!」
ファミリアが居れば「ほぼ100」で使える合成魔法。
その元となる魔法は術者の覚えている魔法。
司祭は属性問わず魔法を覚える事が出来るので……
「組み合わせが多いから、色んな合成魔法が使える!」
「うむ!1つの属性しか使えぬ魔法を使える職業では、ファミリアがいたところで合成魔法の組み合わせはしれておる。しかし司祭ならばその組み合わせは無限じゃ!」
師匠は【マジックボード】を強く叩こうと杖を振りかぶったが、ルーシーの顔を見てコン、と優しく叩いた。
「司祭の優位性、理解してくれたかの?」
「はい!」
「おう!」
「ヨクワカリマシタ」
ルーシーは多分わかってないが、機嫌を直してくれたようで何よりだ。
「いつの日か、己のファミリアを持つことを目標とするがよい。では、今日の授業は終わろうかの」
師匠がバッと杖を振ると、『マジックボード』の文字が消え去った。
「ふう、少々疲れたわい。教会で祈りを捧げたあと、昼食をとるから付いて参れ」
「うーん、やめときます」
「これこれ、老い先短い年寄りの誘いは無下に断るものではないぞい」
「でも僕は破門されているので、教会にはあまり近寄らない方が良いと思うんですよね」
「は、破門じゃとっ?貴様、何をしでかした!?」
「しでかしたと言うか……」
僕は聖アシュフォルド教会に拾われた孤児だったこと、教会の仕事を手伝いながら育ったこと。そして司祭さまが亡くなったあと、代わりの司祭さまが来るまで勝手に代わりを務めた為に破門になったことを掻い摘んで話した。
「……なんじゃ、そのつまらん破門理由は。よし、お主らそこにじっとしておれ」
そう言うと、師匠は俯いてニャムニャム言い出した。
「何ナノデショウ?」
「さあ?考え事?」
「つかれたー」
ルーシーはふよふよと十字架の中へ戻る。暇なので僕とジャックは雑談を始めた。
「ジャック、授業に凄く乗り気だったね」
「モチロンデス。イツカ魔法ヲ使イタイデスカラ」
「えー、無理でしょ。スケルトンじゃん」
「すけるとんガ魔法使ッチャ駄目ダトデモ?」
「駄目じゃないけど。魔力無いし無理だよ」
「ワカリマセンヨー?抜ケ道的ナ方法ガアルカモ」
「ってか魔法に憧れあったんだね」
「みりぃサンミタイニ、炎ヲぶわぁーっト操ッタリシタイノデス」
「操り損ねて自分を火葬する未来しか見えない」
「ホットイテ下サイヨ!……ソレニシテモ考エ事長イデスネエ」
未だ俯いてニャムる師匠。
「あのさ、もしかして詠唱してない?」
「エッ、にゃむにゃむ言ッテルダケデショウ?」
「ほら、ジッパも下向いて、口動かしてる」
「アラ、ホントデスネエ」
俯いた師匠とジッパをテーブルに頬を付けて覗きこんでいたら、両者の口が同時に止まった。
師匠はすっ、と顔を上げ、一言。
「『テレポート』」