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 ――ダンジョン9階。

 通称、太古の森エリア。

 9階から11階はダンジョン内でありながら、木々の生い茂るジャングルである。

 ジメジメとした空気に、地上で見る種類とは明らかに違う植物達。11階の一部には、ティレックスという二足歩行の亜竜が歩き回る、大変危険な場所もある。

 とはいえ、そこを避ければ駆け出しを卒業した冒険者達には絶好の稼ぎ場となるはずのエリアである。だが、実際には冒険者達にはすこぶる評判の悪いエリアだ。

 特に女性冒険者には。


「もう、いやぁぁー!」

「ダメ、ミリィ!そっち虫がヤバい!」

「えっ?えっ?やだあぁぁ!」

「ちょっ、ミリィ落ち着いて!とりあえず走り回るの止めて!」


 巨大ナメクジから逃げ出したミリィが、大量のカゲロウのような虫の群れを引き連れて戻ってくる。


「ムンッ!フンッ!」


 (うずくま)ったミリィの周りのカゲロウを、ジャックが大盾を振るって散らす。


「サァ、立ッテみりぃサン!」

「ううう、ありがとうジャックくん」


 さすがは【殺虫剤ジャック】。虫に滅法強い。


「ねえ、ノエル。これ何てスライム?」


 エリーゼが焦げ茶色の不定形の何かを突っついていた。


「エリーゼ!それ、デカい(ヒル)!」

「はっ?うぇーっ!」


 この後もジャイアントコックローチに追いかけられるミリィを3人で追っかけたり、虫羽の生えたトカゲに襲われたりと散々な目にあった。

 丘と呼ぶには小さすぎる、少しだけ高くなった場所で休憩することにした。先っぽがくるくると渦を巻いた大きな植物に寄りかかって休む。


「はぁ、はぁ」

「ふぅ、ヤバかったね」

「……もうやだ」

「それにしたってみりぃサン、走リ回リ過ギデスヨ」

「だって……うう、ごめんジャックくん」

「9階行こうって言ったの誰だっけー?」


 エリーゼがイタズラっぽく肩越しに僕を見る。


「7階が人多そうだったから。ってかエリーゼも賛成したでしょ?」

「そうだっけー?」


 とぼけるエリーゼが笑っているのが、顔を見ずとも声の調子でわかった。


「……早く依頼こなして帰ろう」


 ミリィは大声だしたり走り回ったりで疲労困憊だ。


「依頼ハ花ノ採集デシタヨネ?」

「うん」


 僕がカバンから取り出した依頼書を、3人が覗きこんだ。


 《迷宮9~11階の水場に生息するブルーロータスの花が欲しい。大きさは問わないが、状態の良い物を希望する。最高の状態ならば5千シェル、それ以外でも2千シェル支払う(※枯れていたり、損傷の酷い物は除く) ティーハウス陽だまりの樹》


「あっ、ここスコーンが有名なとこだ!」

「ああ、あの紅茶屋さん!」


 どうやら女性には有名な店のようだ。


「ブルーロータスって青い(はす)ってことだよね?あの店で何に使うんだろう?」

「アノウ……」

「香り付けじゃないかな、多分」

「そう言えば、花のかおりのする紅茶もあった!」

「色んな種類あるんだよね」

「へえー、行った事ないや」

「チョット」

「ノエルも今度行こうよ」

「うんうん。スコーンほんとにヤバいから」

「いいね、行ってみたい」

「モシモーシ?」

「何だよジャック、さっきから」

「アレデハナイノデスカ?」


 ジャックが見ている方向に僕達3人の視線が集まる。

 その先には透明度の高い池があった。水草が生い茂り魚がゆらりと泳ぐ。その水面には、ぷかぷかと青い蓮の花が浮かんでいた。


「……それっぽい」

「うんうん」

「でも、何だか動いてる?」


 ミリィの言う通り、青い蓮は周りに浮かぶ丸い葉っぱ2枚と共に、アメンボの如く水面を滑っていた。波もないのに動くその様は、まるであの花の下に誰かいるみたいだ。

 やがて青い花は水際まで滑ってくると、2枚の葉っぱがぺたり、ぺたりと陸に上がった。今度はそれを支えに踏ん張るようにして、残りの青い花や茎、根っこが上陸してきた。

 そのシルエットは、まさに人のものだった。手の部分に丸い葉っぱ、体と脚は何本もの根っこが絡み合って構成され、アタマの位置には青い花。

 鑑定してみると、


 種族ブルーロータス


 目的の物に間違いない。

 ブルーロータスは完全に上陸すると、犬がそうするように体をブルッと震わせて水を切った。そのまま腰の部分に葉っぱををやり、やれやれ、とでも言うかのように背を伸ばしてから、トコトコと歩き出した。


「えええ!何あれヤバい!」

「あれ、花っていうかモンスターだよ!」

「奇妙ナ植物モイルノデスネエ」


 僕以外の3人は口々に感想を言いながら、歩くブルーロータスを呆気に取られたように眺めていた。


「鑑定したけど、あれがブルーロータスで間違いない。さあ、狩るよ」

「ノエル、よく落ち着いてられるね!」


 ミリィが驚いて僕を見る。


「このくらい、驚くには値しないよ」

「アノへたれノのえるサンガ……」


 ヒドラ草ショックを乗り越えた僕は、この程度の植物で取り乱したりしないのだ。


「どう狩る?」


 エリーゼは狩りモードに入ったようで、目をギラギラさせて聞いてくる。


「植物だから火属性魔法は効きそうだけど、花は傷付けられない」

「わかった。足元を狙うね」


 ミリィが頷く。


「足が止まったら、距離を詰めて戦おう」

「了解!」

「ワカリマシタ」


 僕達は姿勢を低くして、マイペースにトコトコ歩くブルーロータスの進行方向へと回り込む。

 ミリィが射線を確保して頷いた。

 草むらに隠れた僕達も頷き返す。


「我が手に集え赤き者共、その紅蓮の炎で敵を貫け!『フレイムランス』!」


 ミリィの手から放たれた4本の炎の槍が、ブルーロータスの両足に2本ずつ着弾した。

 バランスを崩すブルーロータス。

 それを見た僕達は草むらから飛び出した。


「てやああっ!」


 先頭を切るのはエリーゼ。

 走ってきた勢いそのままに低い姿勢で放たれた回転斬りは、『フレイムランス』で炭化した足をあっさりと切断した。

 片足を失ったブルーロータスは、葉っぱ付きの両手をムチのように振るう。


「うっ!」


 捌ききれず、エリーゼが吹き飛んだ。

 続けて斬りかかろうとしていたジャックにもムチ攻撃が迫る。


「ジャック、盾を構えて!『ウォーターベール』!」

「ウヒイィ」


 ブルーロータスのムチ攻撃と、ジャックの大盾との間に水の幕が発生し、水しぶきが上がる。

 完全に衝撃を逃す事は出来なかったようだが、ジャックが吹き飛ぶ事もなかった。


「『ファイヤーボール』!『ファイヤーボール』!」


 ミリィが連発した火の弾が、ブルーロータスの胴と肩を捉えた。

 大きくよろめくブルーロータス。


「ジャック、仕留めろ!」


 僕の声にジャックは大盾を投げ捨てて、傾いたブルーロータスの体を駆け上がる。


「ムンッッ!」


 ジャックの横薙ぎは首を捉え、青い花が宙を舞った。



 ◇



「ジャックくん、大活躍だったね!」

「イエイエ、みりぃサンコソ」


 僕達は8階の狭い通路を移動していた。

『リープ』を使わないのは、9階でじっと待つのをミリィが嫌がった為だ。ブルーロータスの花はジャックが背負っている。

 ミリィが元気になったのは何よりだった。大きな声で叫びまくったり、戦闘で活躍したりでストレスを解消出来たのだろう。


「ソレニ比ベテ誰カサンハ……驚クニハ値シナイ!デシタッケ?」

「くっ」


 ジャックが痛いところを突いてくる。

 精神面にダメージを負いながら歩いていると、通路の角で誰かとぶつかった。


「うっ!?」

「ニャッ!?」


 ダンジョン内で他の冒険者パーティとぶつかるなんて、あってはならない事だ。自己嫌悪に陥りながら、相手を見た。


「すいません、ボーッとしてて……なんだリオか」

「どこ見て歩いてるニャ!……ノエルかニャ」


 リオはお尻を叩きながら立ち上がった。彼女の後ろには異形の種族が幾人も立っていた。


「リオ、その人達は?」

「んっ?……ニシシッ」


 リオは悪戯っぽく笑った。




 ――僕は息が詰まるような感覚に襲われ、追憶の旅から戻った。


「異形の種族カ、怪しいネ」


 目の奥が再び痛みだす。

 同時に、記憶の欠片がぱちり、ぱちりとはまっていく。


「……そうだ、リオのせいで」

「このナーゴ族のせいデ?」

「うん」

「じゃあ、もう少しだネ。列ももう少しだけド」


 骸骨はニヤリと笑った。

 彼の言う通り、死の淵に入る水音がはっきり聞こえるほど、近くまできていた。


「さあ、僕に結末を聞かせてくレ」


 僕は最後の記憶に思いを馳せた。


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