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――その日はジャックに加え、マリウスも一緒に歩いていた。
その理由は飴。
マリウスの雇用条件である飴の購入の為だ。
マリウスはスケルトンであるから当然咀嚼など出来ないのだが、それでも口の中でからころと転がす。そして1週間後か、1月後か、その飴に飽きると噛み砕き、次の飴を僕にねだるのだ。
ねだられた僕は、菓子店へ連れて行き、マリウスに飴を選ばせる。彼は飴1つをたっぷり時間をかけて選ぶと、また1週間かひと月か、その飴を舐め続けるのだ。
「今日ハイツモノ菓子店ジャナイノデスネ」
「うん、北門の土産物屋に行ってみる。モンスターキャンディってのが売れてるらしいよ」
「ホホウ」
「あ、マリウス、先にギルドに寄っていい?」
「オ、オ、おーなーハ俺ノアルアル飴飴飴飴」
「ごめんね、すぐ済ませるから」
「シ、シ、師匠ガイナイィィイ!」
「うん。ありがとう」
「……何デ会話ガ成立スルノデスカ?」
「えっ、大体わかるでしょ」
そんな会話をしながらギルドに入る。
建物の中は午前中という時間帯もあり、これから冒険に出る人でごった返していた。
「さて、依頼だけチェックするか」
僕は人をかき分け、依頼掲示板の前へ辿り着いた。
「依頼多イデスネエ」
ジャックの言う通り、今日は沢山の依頼書が所狭しと貼られていた。
「これなんかいいね」
そう言って貼ってある依頼書に手を伸ばすと、同時に伸ばされた誰かの手とぶつかった。
「あっ、ごめんなさ……ノエル!?」
「おっと、すいませ……ミリィ!?」
リーマス商会の依頼を受けた時以来、久々の再会だった。そして、ミリィの隣にも懐かしい顔があった。
「エリーゼ?」
「おひさ、ノエル」
エリーゼは軽い調子で右手を上げた。
彼女もまた、僕の最初のパーティの一員だ。
銀色の髪を肩まで伸ばし、前髪は一直線に切り揃えている。白っぽい革鎧に同じ色のマントを羽織り、腰の両側にはそれぞれ剣を差している。
彼女を見て、少しだけ嫌な思い出が頭をよぎった。
「オ知リ合イデスカ?」
「うん、最初のパーティの」
「アア、ナルホド」
「ノエル、ほんとにスケルトン連れてんだね。ヤバい」
「私ノ事ヲ御存知デ?」
「ミリィがノエルの話ばっかりしてくるからね」
いたずらっぽくエリーゼが話す。
「ホウ」
ジャックがにやっと笑いながら僕を見た。
「ちょっと!ばっかりは言い過ぎだよ!」
ミリィがエリーゼを杖で突っつく。
「そう言えばミリィ、冬の間見なかったね。外で稼いでたの?」
「エリーゼの故郷の村で用心棒をする代わりに食事や宿を提供してもらってたんだ。エリーゼが誘ってくれたの」
「冬籠り依頼ってやつ。ミリィをレイロアに置いておけなかったからね」
「置いておけない……?」
エリーゼの言葉を不審に思っていると、人混みから大声が響いた。
「ミリィ!!」
人混みをかき分け、男が近寄ってくる。
「ああ、噂をすれば。まったく……」
エリーゼがため息をつく。ミリィは怯えるように身を固くした。
僕は近寄ってくるその男にも見覚えがあった。
「アルベルト!?」
最初のパーティでリーダーだった男。
僕はその男の変貌ぶりに驚きを隠せなかった。
4年前は小綺麗な身なりをした、いい所のお坊っちゃんといった雰囲気だったはずだ。
それが今ではボサボサ髪に所々破れた服、ろくに手入れもしていないだろうロングソード。まるで敗残兵のようだ。
「ミリィ、ミリィ!探したんだぞ、僕に黙って何処へ行って……」
そこまで話して僕と目が合った。
「お前は……ノエル?またお前か!お前がミリィを誑かしたのか!!」
アルベルトは今にも走り出しそうな速さで歩き、僕に迫る。
「えっ!?」
何を言っているのかわからず呆然としていると、僕の顔へ拳が飛んできた。
「う、ぐっ!」
「ノエルっ!」
無様に吹っ飛んだ僕は、依頼掲示板にぶつかった。貼られた依頼書がバサバサと揺れる。
騒ぎを聞きつけた物見高い冒険者達が、僕とアルベルトを囲むように輪を作った。
「お前さえ居なけりゃ、俺のパーティが解散なんてことにはならなかったんだ!ミリィとも一緒にいられた!この疫病神め!」
僕は自分の顔に『ヒール』をかけながら、沸々と怒りがこみ上げてきているのを感じていた。僕を首にした奴に、ここまでされる謂れはあるか!?
「コイツ!」
ジャックが倒れた僕の前にかばうように立つ。
「待て、ジャック。下がって」
「デスガ、コノ男危険デス」
「もっと危険な奴がいるから、そっちをお願い」
「ヘッ?……アア」
ジャックが僕の後ろを見る。
「飴飴飴殺飴飴……」
「ほら、殺が混じり始めてる」
「確カニ危険デスネ」
ジャックは不本意そうにマリウスの横に並んだ。
「何をグチグチ言ってる!」
アルベルトは倒れた僕めがけ蹴りを入れる。が、空振りに終わり、たたらを踏んだ。〈霧竜ローブ〉の特異性を引き出したのだ。
「てめえっ!反抗する気か……どこだ!?」
幻影に気をとられ、僕を見失っている内に背後へと回る。キョロキョロと左右を見回すアルベルト。
「よいしょーっ!」
僕の声に慌てて振り返ったアルベルトの顔へ、僕がフルスイングした本がめり込む。本の名前は冒険者完全マニュアル。マギーさん愛用の分厚い本だ。
「ぐへっ、うぐうぅ」
本はいい角度で顔を捉え、アルベルトは口元を押さえて悶絶する。舌を噛んでしまったみたいだ。
「いいぞ、司祭さま!」
「やっちまえ!」
「おいおい、後衛職にやられていいのかお前!」
「立て、立て!」
周りの冒険者達は、後衛職が前衛職を叩きのめした事に大喜びだ。
だが、その喜びも一瞬で終わった。
「ふじゃけやがって……」
アルベルトが剣に手をかけたからだ。
冒険者達の作る輪が一歩分、広がる。冒険者達の顔からは一斉に笑みが消えた。
「アルベルト、止めな」
エリーゼが割って入った。
「ここ、ギルド。剣を抜く意味わかってる?」
そう、ここは冒険者ギルド。
荒くれ者も多い冒険者であるから、多少のケンカは問題にされない。だが、武器を抜くとなれば話は変わる。それはもはやケンカではなく殺し合いだからだ。特に先に武器を抜いた冒険者には、厳しい処分が降る。一番軽くて冒険者除名といった所か。
「エリーゼ、君まで僕にちゅめたく当たるのか!?」
アルベルトは、さも心外というふうにエリーゼを見た。
「いや、冷たいとかそういう話じゃなくて……あんた、頭ヤバいよ?」
「ミリィ、君だけは僕の味方じゃよね?」
話を振られたミリィは、壁を背にして首を横にぶんぶんと振った。
「ミリィ、僕達は一緒にいりゅべきなんだ」
ミリィに向かおうとするアルベルトの前に、エリーゼと僕、ジャックが立ち塞がる。周りの冒険者達もアルベルトの異様さに気付き、ミリィを囲んだ。
「お願い、アルベルト。もう構わないで」
消え入りそうな声でミリィが告げた。
「なじぇ……なじぇなんだミリィ……」
ミリィの言葉にショックを受けたアルベルトは、肩を落としてギルドを出て行った。
――目を開き、追憶の旅から戻る。
「僕はアルベルトに恨まれてた。彼に殺されるのか?」
「ふーん、そうなノ?」
「……わからない」
「早合点は良くないヨ。ほら、まだ時間は十分あル」
そう言って骸骨が行列の先を指さした。
骸骨の言う通り、死の淵まではまだ距離がある。
だが確実に前へ進んでいた。
「焦らずニ。そのあとどうなったノ?」
「そのあとは……そうだ、ミリィやエリーゼと一緒にダンジョンに潜ろうって話をした」
「ダンジョン!それは危険な場所だネ」
「うん、危険だ」
僕はまた、記憶に思いを馳せた。