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夢を見ている時に稀に感じる、墜ちるような感覚。
あれによく似ていた。
ただ1つ違うのは、墜ちる感覚が続いていること。
どこまでも、いつまでも。
あの不快な感覚が続いていた。
僕は真っ暗闇をひたすら墜ちていた。
目を開く。
いつの間にか墜ちきってしまったらしい。
薄暗い空の下、僕は列に並んで立っていた。
前に並ぶのは背の高い青年。
後ろに並ぶのは腰の曲がった老婦人。
列を出て見回すと、蛇行したその列は何百人、下手をすると何千人という規模の行列であることが理解できた。
「はいはい列を出ちゃ駄目だヨ」
軽い調子の声に、振り返る。
そこに居たのは黒いローブを全身にまとった骸骨。
そのローブはまるで黒いモヤのように揺蕩っていた。
一瞬、ジャックかと期待したが、彼ではない。
「あの、ここはどこでしょうか」
「あー、自覚が無いタイプだネ」
骸骨は少し困ったように、こめかみを掻いた。
「周りの人間をよく観察してごらン」
辺りをもう一度見回す。
そしてすぐに違和感に気付く。
誰も喋らない。
これだけの人数がいて、咳払い1つ聞こえない。
人々は皆、真っ白で虚ろな顔をしていた。
「……死人?」
骸骨はパチンと指を鳴らす。
「惜しいネ。列の先頭は見えるかナ?」
蛇行した長い長い行列の先。
目を凝らすとじんわりと見えてきた。
そこには波静かな湖らしきものがあった。
この薄暗い中にあって、どこから照らしているかわからない光が反射している。
まるで黒い油の海のように見えた。
「あれは、湖?それとも海かな」
「どちらでもないヨ、あれは死の淵」
次の言葉を待つが、骸骨は視線を死の淵から動かさない。
「見てればわかるヨ」
そう言われて、僕も視線を戻す。
行列の先頭が、無表情のまま水の中へざぶざぶと入って行く。次第に体が見えなくなっていき、頭のてっぺんがトプンと水に消える。
するとそれを合図にするように、次の人がまた水に入って行く。
「巷では『死の淵を彷徨う』なんて表現をするらしいけド、それは間違いだネ。正しくは『死の淵で列に並ぶ』ダ」
「死の淵に沈むとどうなるの?」
「無論、死ぬネ」
「じゃあ、僕もじきに死ぬんだね」
「順番が来たらネ……ってか落ち着いてるネ、君。僕はつまんないヨ」
「そう?骸骨と喋ると落ち着くのかも」
「ふーん、変わってるネ」
行列はゆっくりと、だが確実に進む。
「順番が来たら、って事は順番が来ない人もいるの?」
「いるネ」
「どんな人?」
骸骨はきょろきょろと見回すと、行列の後ろの方を指さした。
そこには無表情な人が1人、ふわふわと脱力した状態で浮いていた。少しずつだが、上へ昇っているようだ。
「死にかけたけど助かる人間ハ、ああやって上へ行くんダ。たまに上がりきれなくて、また墜ちてくる人間もいるけどネ」
そう話す間にも、じわりじわりと昇って行く。
「ああ、あの人間は助かるネ。運が良い事ダ。いや、行いの良い事だ、カ」
僕は薄暗い空を見上げた。
雲も太陽も見えないが、妙に見通しが悪い。
「僕は……助かるかな」
「さあネ。でも、あまり期待しちゃいけなイ。ここまで来たら大抵は死ぬかラ」
「そう、か」
「まあ、何故死にかかってるかにもよるしネ。助かりようの無いケースじゃ期待するだけ無駄だシ」
僕は目の奥にズキンと痛みを感じて、思わず目を閉じる。
じっと我慢していると痛みが少しだけ和らぎ、ゆっくり目を開く。
すると、骸骨が鼻が触れるほど近くで僕の顔を覗きこんでいた。
「君は何故、死にかけてるノ?」
更に強い痛みが走る。
痛みに耐えかねて蹲る。
思い出せない。
「わからないカ。まあいいサ、時間はまだたっぷりあル。ゆっくり思い出せばいイ」
わからない。
僕はどうしたんだ?
冒険で下手を打ったのか?
それとも誰かに襲われた?
ジャックは無事か?
ルーシーは?
……わからない。
「思い出せない時ハ、その少し前から思い出すといいヨ」
「……少し前?」
痛みを堪え、薄目で骸骨を見る。
「うン、少し前。君が思い出せないのハ、死にかかった瞬間を思い出そうとしているからサ」
骸骨は大袈裟に胸を押さえ、苦しむ真似をする。
「嫌な事、苦しい事って人間は思い出したくないものサ。でモ、記憶ってのは鎖で繋がってル。覚えている部分から思い出していけバ、大抵は思い出せるものなのサ」
「覚えている部分……」
目の奥の痛みが弱まっていく。
死にかけた瞬間を避けて、糸を手繰り寄せるように慎重に記憶を辿る。
「……思い出した。ミリィに会った」
「それは誰だイ?」
「前にパーティを組んでた女の子」
「ふんふン。それデ?」
「それで……そうだ。他のメンバーにも会ったんだ。エリーゼとアルベルト」
「その時、何があったんだイ?」
僕はその日の記憶に思いを馳せた。