幕間
「良い天気だね、沢山お水飲みましょうね~~」
僕は自宅の庭に植えた薬草達に水をあげていた。
ほんと、良い天気だ。布団でも干すかな。
家の中に戻るとジャックが洗濯を始めていた。
ジャックは結構服を持っている。まあ大半は僕が買い与えたものだが。
いくら人畜無害な荷運びスケルトンといっても、街中で裸だと大騒ぎになる。
というか、大騒ぎになってギルド職員にこっぴどく叱られたのだ。スケルトン丸出しで歩き回られると困る、と。
ダンジョンからモンスターが出てきたとパニックになる人もいるだろう。
そこで、街中をうろうろする時はアンデッドらしくない小綺麗な格好をさせている。そうすれば、使役された使い魔かと勘違いしてくれるという寸法だ。
そう、勘違いである。
厳密に言えば僕はジャックを使役しているわけじゃない。
そもそも司祭の僕がネクロマンサーの真似事なんて出来やしないのだ。
ではどんな関係かと言えば、単純な雇用関係である。
アンデッドが単独でお金を稼ぐのはまず無理だ。信用がないなんてレベルじゃない。
そこで、僕の仕事を手伝って貰うことで給料を支払っているわけだ。
今回は予想外の高収入を得られたのでジャックにもボーナスを支払っている。
ジャックはどこで見つけてきたのか、趣味の悪い骸骨型の貯金箱に硬貨を入れてご満悦だった。
スケルトンのジャックが何故お金を稼ぐ必要があるのか。
――それは最初のパーティと別れてすぐの事だった。
その日の秋空は見事な夕焼けで、街並まで紅く染められていたのを覚えている。その中を何か別世界にいるような気持ちで僕は歩いていた。
そして貴金属を扱う店の前に彼を見つけた。
全身を布切れで覆い、一瞬ホームレスかと思った。顔も目以外全て隠し、ショーウインドウを眺めていた。
僕は職業のせいなのか分からないが、あれはアンデッドだと直感した。
すぐに鑑定を使う。
種族スケルトン
間違いない。
僕はゆっくりと彼に近付き、隣に並んだ。
「何か欲しい物があるんですか?スケルトンさん」
彼はビクッと肩を揺らし、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「ドウシテ…………」
「一応専門家とも言える職業です」
「オオ!若イねくろまんさーサンデスネ!」
「あ、いえ、逆です。ターンアンデッドする方です」
「アア……ソウデスカ……」
気不味い沈黙。出来れば街の外まで誘導してからターンアンデッドなり討伐なりしなくてはいけない。ここで暴れださなければいいが……と考えていると。
「頼ミガアリマス!」
「何です?大丈夫ですよ、ターンアンデッドは痛くないですから。むしろ気持ち良いらしいです」
「違イマス!ソウジャナク、御願イガアルンデス!」
僕の肩をガシッと両手で掴む。
「抵抗する気ですか?仕方ないここでターンアンデッドを……」
「除霊スル気満々デスネ!アナタ、サッキ欲シイ物ガアルノカト聞イタジャナイデスカ!」
「確かに聞いたけど」
「ソノ返事デス!ワタシハ欲シイ物ガアルンデスヨ!」
「そ、そう」
「買ッテ!」
「嫌だよ!何が悲しくてさっき会ったばかりのスケルトンに貴金属を買わなきゃいけないの!」
「……アナタ買ウ気モナイノニ、欲シイ物アルノカト聞イタノデスカ?」
「うっ……」
「父親ガ娘ニ店ノ前デ『欲シイ物アルカ?』ト買ウ気モナイノニ聞キマスカ?」
「それは……」
「欲シイ物ヲ聞クトイウ事ハ買ウ気ガアル!トイウ事ナンデスヨ!!」
僕はスケルトンに論破されそうになり後退った。スケルトンの顔には『正義は我にあり!』と書いてあるように見えた。
「……ハァ。そんなに欲しい物ってどれなの?」
「アレデス」
スケルトンが指差したのはショーウインドウの奥。安物が雑多にまとめられた場所。その中の古びた指輪だった。
そのくらいなら買えるかもと思い、店内に入り値札を見る。3千シェル。僕にとっては大金だ。しかし、もう買わなきゃ悪人みたいな雰囲気だ。
「ほら、これで良い?」
スケルトンに指輪の入った袋を投げる。
「アリガトウゴザイマス!……満足シタトコロデ除霊サレルぱたーんデスカ?」
「いや、しないよ。ローン払って貰わなきゃ」
「ろーん?」
「僕の名前でローン組んだけど、当然君が払うよね?君の物なんだし」
「ソレハソウデスガ。オ金ナイデスヨ?仕事モ当然ナイデス」
「まあ、そうだろうけど。何か考えるから付いておいで」
生前、ジャックは騎士だったらしい。
何故死んだのか。
何故アンデッドになったのか。
全く覚えていない。
だが、愛用の装備品の事だけは覚えていた。
指輪もその一つだ。
理由は分からないが強い思い入れがあるようだった。
指輪のローンを払う為、残りの装備品を買い戻す為、ジャックは僕の相棒になった。
ではルーシーはどうなのかと言えば、雇っているわけではない。あえて言えば同居人だろうか。
――冒険者1年目の終わりが近付いてきた頃だった。
僕はギルドにある依頼板とにらめっこをしていた。その中で興味を引かれた1つの依頼。
《悪霊退治。都市レイロア西の住宅地にある一軒家に取り付いた悪霊の浄化。要ターンアンデッド》
依頼を受け、早速現地に赴いた。依頼者である家主と落ち合う。恰幅のいいおばさんだ。
「ああ、良かった!早く悪霊を追っ払って!このままじゃ、いつまで経っても売れやしない!」
どうやら売家らしい。
とりあえず家に入ろうと玄関に向かう。こじんまりとした庭付きの一軒家だ。
多少くたびれているが、これならすぐ売れるだろう。……悪霊付きでなければだが。
ゆっくり扉を開くと埃っぽい臭いが鼻をつく。
そのままリビングまで進み、テーブルと共にある椅子の埃を払い、座る。
そして誰に向けるでもなく語り始めた。
「ギルドから悪霊退治を依頼されて来ました。ターンアンデッド始めて良いですか?」
ターンアンデッドは目標に使うというより周囲の空間に対して使うものだ。目標が確認出来ずとも、とりあえず怪しいからといった使い方も出来る。
「いや!痛いことしないで!」
声が響くやいなや、灰色の可愛い少女が現れた。
詳しく話を聞いていく。
どうやら少女はこの家に住んでいたらしい。ここで父親を待ち続けているとの事。
「ここはルーシーの家だもん!パパはママつれてかえるからまっててねっていったもん!ルーシーいい子だからまてるよねって!」
どうしようか、父親を探すべきか?
それともまずルーシーという名の子が本当にここに住んで居たのか確認すべきだろうか?
どちらにしても地縛霊には違いないが……
すると、おもむろに玄関の扉がドン!と開いた。驚いて振り返ると、家主が泣きながら立っていた。
「ウグッ、こんなグズッ……こんな小さい子を置いてきぼりにして何が良い子だから待てる、よ!!いったいどこの駄目親父よ!」
どうやら扉のすぐ外で聞き耳を立てていたらしい。
ドスドスとルーシーに近付くと、その手を両手で握った。
霊なので掴めていないが、気持ちの問題なのだろう。
「えと、家主さん、この子は一応地縛霊という悪霊に分類されますので、もう少し下がって……」
「この可愛い子が!こんな健気な子が!私に何をするっていうの!!」
家主さんの迫力に押され、僕の方が数歩下がる。
「いいわ、この家は売らない!ルーシーちゃん、いつまででも居ていいわ!」
「ほんと!?ありがとうおばちゃん!」
こうして、無事解決した……と思われたのたがそうはいかなかった。
街中の一軒家を地縛霊が憑いたまま放っておく。
そんなこと都市の役人や冒険者ギルドが看過出来ないのだ。
結果として僕がこの家を借家として借り、ルーシーを便宜上使い魔とすることになった。
僕は格安で一軒家を借り、ルーシーは愛する家に住み続ける。双方に利益があった。
ルーシーは家に1人ぼっちではなくなるのも、とても嬉しいようだった。そしていつの間にか冒険にも付いてくるようになった。
こうして低レベル司祭(アンデッド2体付き)が誕生した。