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 レイロアに帰った僕とジャックは、次の日には依頼を探しにギルドを訪れていた。

 ヴァーノニアへの旅は完全に収入無しの、言わば只の旅行。蓄えはまだあるが、すぐに稼いでおかねば気持ちが悪いのだ。固定収入の無い冒険者の悲しい(さが)である。


「コレナンカドウデス?薬草採集。鑑定アルノデ楽デスシ、報酬モマアマアデスヨ」

「あー、その薬草この辺に無いんだよ。だから薬草採集にしては報酬が高い」


 そんな会話を依頼掲示板の前でしていると、受付カウンターからマギーさんが声をかけてきた。


「戻ったのね、ノエル君。ちょうど良か……」

「待チナサイ!」

「な、何?ジャック君」

「マタのえるサンニ直接依頼出ス気デショウ?」

「ううん、この依頼は……」

「アーアーアーアー」

「だから依頼者が……」

「ウーウーウーウー」

「ちょっ、ジャック君……」

「聞ーコーエーナーイー」

「えいっ!」

「ウギッ」


 マギーさんが可愛いらしい声と共にジャックの頭へ本を落とした。

 カウンターへ這いつくばるジャック。

 本の名は冒険者完全マニュアル。ものすごく厚い。


「暴力ニ訴エルトハ……」


 ジャックは頭をさすりさすり起き上がった。


「聞きなさいジャック君。直接依頼ではないわ」

「ホントニ?」

「ええ」

「デハ聞キマショウ」


 なんかジャックが僕の代理人みたくなってるな。勝手に進めないで欲しいんだけど。

 そんな僕の思いもよそに、マギーさんは引き出しから依頼書を取り出した。


「これはノエル君への直接依頼書よ」

「へっ?」

「ハッ?」

「あっ」

「聞キマシタカのえるサン!コノ女、性悪デスヨ!」

「待って待って、言い間違えただけなの~!」

「嘘ツキ受付嬢ココニアリ!」

「うるさいっ!」


 マギーさんのマニュアル本攻撃が再びジャックを襲った。またしてもカウンターに這いつくばるジャック。

 ジャックが起き上がらない事を確認して、僕に顔を向けた。


「ごめんね、間違って。ノエル君への指名依頼よ」


 受付嬢のマギーさんでさえ言い間違えたように、直接依頼と指名依頼を混同する冒険者も多い。

 正しくはこうだ。


 直接依頼→依頼主はギルド長。拒否不可能。


 指名依頼→依頼主はギルド長以外。拒否可能。


 つまり指名されただけで断れる依頼であるということだ。ならば見て損はない。僕は受け取った依頼書に目を落とした。


 《拙者の姪っ子の教育係をお願いしたいでござる。駆け出し冒険者なのだが、少々問題を抱えておる娘で行き詰まっておる。教育係にはノエルが適任であると拙者は確信しているでござる。期間は1週間。報酬は1万4千シェル。詳細は東方人コミュニティにて。 依頼主ドウセツ》


「ドウセツからの依頼?」

「フーム、教育係デスカ」

「報酬は悪くないね」

「行ッテミマスカ?」

「うん。でも行く前にマギーさんに謝って」

「エエッ!?」


 露骨に嫌そうな顔をするジャック。


「そうそう。性悪とか嘘つき受付嬢とか、言ってくれたものよねえ」


 マギーさんが眉を寄せて嫌味っぽく言った。


「スイマセンデシタ…………チッ」

「ちょっとジャックくぅーん!?」


 マギーさんがマニュアル本で素振りを始めたのを見て、ジャックは慌ててギルドを出ていった。


「では、行ってみます」

「うん、よろしくね」



 東方人コミュニティ。

 レイロアの南西部分に位置するこのコミュニティは、文字通り東方からの移民により作られた共同体である。

 僕が生まれるより前には、東方人に対する偏見や差別が多くスラムと化した時期もあったという。

 今では東方風の家が建ち並び、レイロア屈指の観光スポットとなっている。

 僕達が真っ赤なトリーなる門をくぐるとそこは正に異国。ドウセツの着ていたような東方風の服を着た人々が行き交っている。


「地図ではここなんだけど」


 僕は依頼書に付いていた地図を頼りに東方人コミュニティの一角にある一軒家の前に来ていた。


「こんにちわー。どなたかいらっしゃいますかー?」


 タッタッと走る音が聞こえ、次いで上半身裸のドウセツが現れた。


「おお、ノエル。早かったでござるな」

「ドウセツ、久しぶり。ここはドウセツの家なの?」

「うむ、拙者の屋敷に相違ござらん。長らく仮宿暮らしでござったが、知人が東方に帰ることになってな。安く譲ってもらったのでござる」


 ドウセツは僕達を連れ、走ってきた方へと歩いていく。そこには彼が今しがたまで修行していたであろう広い庭があった。


「広イ!」

「ほんと、凄い庭だね」


 ほとんど物の無い殺風景な庭だが、修行の場と考えれば素晴らしい庭である。人を沢山呼んで立食パーティとか余裕で開けそうな広さだ。


「いやいや、ノエルの家の庭こそ凄いそうではござらんか」

「こじんまりとしたものだよ?ちょっとトレント生えてるけど」

「フフッ、それが凄いのでござろう」


 ドウセツは家の外側に設けられた長いベンチのような所に腰掛けた。東方風の建築なんだろうが、変わった造りだ。


「ん、珍しいでござるか」


 しげしげと己の座った場所をみる僕にドウセツは気付いたようだ。


「これは縁側というでござる。通路であり、庭から上がる入口であり、こうして座る場所でもあるでござる」

「ホホォー」

「理に適っているんだねえ」

「うむ、まあ座られよ」


 ドウセツは少し誇らしげに微笑んだ。

 僕とジャックもエンガワとやらに腰掛けると、後ろから視線を感じた。振り向いて家の中を見るが誰もいない。

 首を傾げながら庭に視線を戻すが、また後ろから視線を感じた。今度は素早く振り向く。すると一瞬だが小さい影が柱に隠れるのが見えた。


「イロハ!覗き見とは無礼であろう!」


 ドウセツが一喝すると小柄な女の子が柱から上半身だけ姿を見せた。黒のショートカットに大きな瞳。首に巻いたマフラーが特徴的だ。


「こちらへ来て、ご挨拶なさい!」


 ドウセツの再びの一喝に女の子はビクンと跳ね、それから正座の状態で僕達の前へ滑ってきた。

 器用な真似するな、この子。


「拙者はイロハと申すでゴザル!忍者でゴザル!」


 忍者は僕の司祭と並んでかなりレアな職業のはずだ。僕自身、初めて見た。


「忍者!?忍者ふろっぐすノ忍者デスカ!?」

「何だい、それ」

「蛙ノ忍者達ガ悪役ヲばったばったト倒シテイク、大人気あくしょん紙芝居デスヨ。コノ前るーしート観ニ行ッテキマシタ」

「あー、最近ゲコゲコ言ってるのはそれか」

「ハイ。彼女ドはまりシテマス」


 ドウセツがこほんと1つ咳をした。


「ごめん、ドウセツ。続けて」

「うむ。教育して欲しいのはこの子でござる」

「忍者の教育だったら、同じ斥候役の盗賊とか狩人の方が良いんじゃない?」

「最早そういうレベルの話ではないのでござる」


 ドウセツはこめかみをぐりぐりと押しながら話した。そう言えば問題を抱えていると依頼書にあったのを思い出す。


「この子にどんな問題があるの?」

「イロハの問題と言うか、厳密には忍者の抱える問題でござる」


 ドウセツは正座したイロハの頭をがしがしと掻きながら答えた。


「ノエルの職業である司祭と同じ。忍者はレベルが非常に上がり難いのでござる」


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