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「待て」
制止したのはリーダー格の男だ。
「おいおい頭あ。なぜ止める?」
「まさか見逃すわけじゃねえよな?」
ガリガリとチビが口々に不満を言う。
「バカ野郎、見逃すわけねえだろう」
忌々しそうに吐き捨てると、僕を見て言った。
「ローブを汚しちゃ台無しだ。刃物は使うな」
ガリガリとチビは途端に態度を変えた。
「なるほど、さすがは頭だ!」
「悪巧みに関しては超一流だな!」
「うるせえ!」
そんなやり取りの中、大きな影がのしりのしりと歩いてきた。
「オ、オデの出番なんだな」
「そうだが……潰しちゃ意味ねえからな?手加減して殺せよ?」
「わ、わがっだあ!」
僕は矢を抜こうと必死だった。矢さえ抜ければ自分に【ヒール】して元通りだ。
だが、矢には返しが付いているようで抜けなかった。
僕は意を決してジャックに囁く。
「君だけでも逃げろジャック」
ジャックは首を小さく横に振った。
「奴等に君を襲う理由はない。今なら逃げられる」
尚も囁くが、ジャックは頷かない。
「あの棍棒を見ろ。粉々に砕かれたらスケルトンでも再生出来ないぞ!」
ジャックは答える代わりにフードを脱ぎ、剣を引き抜いた。
「スケルトン?」
「こいつ、ネクロマンサーだったのか?」
「オデ、骨を砕くの得意だあ」
ジャックの正体を見て河賊共が口々に感想を喋る。
僕はいつもと様子の違うジャックを小突いて、更に逃走を促す。
「ジャック!逃げろって!」
「逃ゲマセン!」
剣を構えたジャックが叫ぶ。
「のえるサンヲ置イテ逃ゲル?馬鹿ナ!ソコマデシテ守ル命ナド、私ハトックニ失ッテイル!」
僕は驚いてジャックを見た。
ジャックはにじり寄って来る大柄な男をキッと睨み、僕の前に立つ。
「旅ノ間、ズット考エテイマシタ。夢ノ正体ハ何ナノカ、私ハイッタイ誰ナノカ。コノ2回目ノ生ニ何ノ意味ガアルノカ、ト」
「ジャック……」
剣を持つ手も、僕の前に踏み出した足も、ガタガタと震えている。
「こいつ、震えてやがるぜ!臆病なスケルトンとか初めて見たぜ!」
盗賊達はゲラゲラとジャックを笑う。
「笑うな!!」
僕は大声で叫んだ。
ジャックが恐れているのはコイツらじゃない。
己の死と真っ正面から向き合うことだ。
それは恐ろしく孤独な行為だろう。
不安になるのは当然だ。
「……私ハ」
ジャックが声を絞り出す。
「私ハ2度目ノ死ナド恐レナイ!恐レルノハ後悔ノ内ニ生ヲ終エル事ダケダ!!」
目の前で振り上げられた棍棒を睨み付け、愛用の剣を逆袈裟に構えた。
僕はぎゅっと目を閉じた。
ジャックが潰される未来しか見えなかったからだ。
耳さえも塞いでしまいたかった。
だがその耳に棍棒が降り下ろされる音が聞こえてこない。
静寂。
恐る恐る目を開けると、ジャックも大柄な男も変わらない体勢で立っていた。違いと言えば大柄な男がポカンとした表情になっているくらいか。
大柄な男の視線がゆっくりと棍棒を振り上げた己の腕に向かう。するとそれを合図にしたように太い腕にすうっと赤い線が入り、落ちた。
「えっ?へっ?」
呆気に取られた大柄な男は慌てて落ちた腕を拾おうと屈むが、無い方の腕で拾おうとしてようやく現実に気付く。
「ぎぇあぇええっ!痛え!痛ええよう!」
泣き叫ぶほどに出血が激しさを増し、大柄な男は地面を転がり回った。
何が起こったかわからず河賊共を見る。奴等もわかっていないようで、驚愕した顔で僕とジャックを見ていた。
……いや、視線が少しズレている。
僕が視線の方、僕の真横を見る。
するとそこには青く光る鎧があった。その光沢ある青色はフルフェイスの兜に至るまで、それは見事な物だった。加えてハーフトロールには劣るものの、立派な体格。
「ッ!たるたろす公!?」
異変に気付いたジャックが振り返り、驚きの声を上げた。これがタルタロス!?
「久シイナ、じゃっくヨ」
タルタロスは顎に手をやり、何事か考えているような様子だった。その時ヒュッと風切り音がし、同時にタルタロスが右手で何かを掴む。
「先程ノ言。感ジ入ッタゾ」
右手で掴んだ矢を何も問題ないというふうに投げ捨てながら、ジャックへ称賛の言葉を贈った。
僕はタルタロスの得体の知れない強さを間近で感じ、戦慄を覚えた。
それは河賊共も同じようで、重心を後ろにかけて警戒し始めていた。
「フム」
タルタロスは河賊共を見回し、背中のツーハンデッドソードを抜いた。
「後ハ任セタマエ」
言うが早いかタルタロスは動き出す。
次の瞬間にはリーダー格の男の目の前にいた。
「てめ、あっ、グヘェ」
警戒など何の意味も持たないその速さに、抵抗の余地無く頭蓋を叩き割られるリーダー格の男。
「ヒッ、ヒッ、あれ?なんで?」
次の瞬間、ガリガリは魔力を練る為に両手を胸の前で組もうとして、己の腹から大剣が生えている事に気付く。
「ば、化け物……」
あっという間の惨殺劇にチビは腰を抜かして後退りする。が、その後退りは背中が硬い物にぶつかり止まる。チビが顎を高く上げて背後を見上げると、タルタロスが上から声をかけた。
「ソウトモ。私ハ化け物ダ」
横凪ぎの一閃でチビの首が飛ぶ。
タルタロスはチビのカットラスを拾い、重さを確かめるように手の上で遊ばせる。そして大きく振りかぶると林に向かって投擲した。
カットラスは空気をつんざき林の奥へと消える。
少しの間の後に重い物が落ちる音がした。
「終ワリダ……オットイカンナ、忘レ物ダ」
タルタロスは今なお痛みに転げ回る大柄な男へ近付き、その大きな頭に大剣を突き刺した。
「今度コソ終ワリダ」
そう言ってタルタロスは兜を脱いだ。
現れたのはジャックと同じ見慣れた骸骨の顔。
僕はこの旅に出る前、ジャックが語ったタルタロスの冒険譚を思い出していた。
胡散臭い?ペテン師?
違う。
目の前にいるのは間違いなく冒険譚の主人公そのものだった。