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ヴァーノニア最終日。
もう宿賃はない。帰りの馬車代でギリギリだ。
タルタロスの行方に見当はついた。だがその見当は途方もなく範囲の広い見当だ。闇雲に探してどうにかなるものじゃない。
「ココマデ、デスカネ」
「ごめん、ジャック」
「イエ!のえるサンガ謝ル必要ハナイデス!……一緒ニ探シテクレタダケデ嬉シカッタ」
「ジャック……」
「最後ニぎるど行クノデスヨネ?」
「うん、いこう!」
午前のうちにギルドへ赴くと、今日も受付嬢?のリュングベリさんが迎えてくれた。
「お前達か。何か進展はあったか?」
「あったと言えばあったのですが。どうやら賞金首を追っているようで」
「ほう!この辺にいるだろう賞金首となると【殺人画家ギャレス】か【人喰い針子メリッサ】か?」
「えーと、巨人族のノトムだったかな?」
「……【人類の敵ノトム】か。とんでもない奴を追ってるな」
「やっぱり強いんですよね?」
「賞金額見たか?」
「50万しぇるデシタカ。凄イ金額デス」
「うむ。それだけ難易度が高いということだ。巨人族はでかくて強くて足も速い」
「足が速いのですか?」
そんなイメージは無いけれど。
「巨人族はトロール並みの体格で走れるからな」
「まじデスカ……」
「それは速いでしょうね……」
移動速度がそんなだから行動範囲も広いのだろう。
「こっちでも調べてはみたんだが1つだけ情報があった」
「!」
「ソレハドンナ情報デスカ!?」
「ヴァーノン河を渡った、ということだけだ。レンタルボート屋の話では、それが10日前だ」
闘技場のおっさんの証言とも合う。河を渡った向こう側の流域を探っているということか。
「ありがとうございましたリュングベリさん」
「アリガトウゴザイマシタ」
「すまんな、たいした情報やれなくて。まだその男を探すのか?」
「いえ、滞在費が厳しくて。いったんレイロアに帰ります」
「そうか、残念だったな。今度は遊びにでも来い」
「はい!」
面倒見のいい受付嬢?に出会えただけでもヴァーノニアに来たかいがあった。そう思うことにしよう。
ヴァーノン河のほとりまで来ると、見た顔がいた。
「おお!いいところに来たです、ハイ!」
行きの馬車で一緒だった小太りの商人だ。
彼はレンタルボートに大量の荷物を積みこんで河へ漕ぎ出す所だった。
「どうぞ、ご一緒しましょう!さあ、さあ!」
要はボートの漕ぎ手が欲しいわけだ。大量の荷物を積んだボートなんて遠慮したい所だが、生憎僕達は金欠だ。レンタル代を払わずに済むのは非常にありがたい。
ジャックも僕の懐具合はわかっているので黙って頷いた。
「では乗せてもらいますね」
「どうぞどうぞ!3人で漕げばすぐですよ、ハイ!」
◇
「ゼェ……ゼェ……」
「ふぅ~、ふぅ~」
河幅を考えれば、すぐ着くはずもないわけで。
僕と商人は息も切れ切れだ。だが漕ぐのを止めればそれだけ流されて到着地点がズレてしまうので手を休めることは出来ない。
「イッチニー、イッチニー」
疲労を知らないスケルトンだけは相変わらず快調にオールを漕いでいるが。
そんな調子でノロノロとボートを進め、ようやく河の中ほどを過ぎた時だった。
ガンガンガン!と銅鑼を鳴らす音がヴァーノニアの方から聞こえた。同時にピィーッと笛の音も。共通するのは、どちらも警戒心を煽る音色ということだ。
「ナンノ騒ギデショウカ」
「何かあったのかな」
「なんだか我々に向かって鳴らしているような気がします、ハイ」
「ジャック、また何かやった?」
「失敬ナ!人ヲとらぶるめーかーミタイニ言ワナイデ頂キタイ!」
僕達のじゃれ合いをよそに、商人は上流を凝視していた。
「……あれ!あれを見てください!」
僕とジャックが指し示す方を見ると船が見えた。
全部で3隻。
こちらに向かって来ているような……
「河賊です!ハイ!」
「「河賊!?」」
初めて聞く言葉だったが、きっと文字通り河を稼ぎ場とする賊なのだろう。大量の荷物に狙いをつけられたか?
「逃げますよ!ハイ!」
「っ!はい!」
「全速前進デス!」
疲れた体にムチ打って必死に漕ぐ。だが漕いでも漕いでも対岸までの距離はなかなか縮まらない。
3隻の船を見ると、先ほどよりもずっと近くまで来ている。明らかにあちらの方が足が速い。
「のえるサン!『フロート』ハ!?」
「ふぅ、ふぅ。止めた方がいいと思う。移動中にかけると、どうなるかわからない」
今『フロート』をかけるとどうなるか。恐らくボートはひっくり返る。モンスターにかけるとすっ転ぶように。むしろ近付いた河賊の船にかける方が良いだろう。
「ふぅ、追いつかれる前に、ふぅ、岸に着きそうですね」
「ゼェ、ハイ。着き次第、ゼェ、馬車へ走りますよ」
乗り合い馬車はすでに停留所に来ていた。御者達も河賊に気付いているようで、バタバタと動いているのが見てとれた。
「あと少し……」
僕達がラストスパートに入ると後方から矢が飛んできた。
「うひいっ!」
荷物に1本の矢が刺さり、商人が悲鳴を上げる。
「大丈夫です!姿勢を低くして荷物の陰に!」
「わかりましたっ、ハイ!」
やっとのことで接岸し、這々の体で陸へ上がる。
そんな僕達を待っていたのは非情な現実だった。
「馬車ガ!」
乗り合い馬車は僕達を待たずに出発してしまっていた。腹は立つけれど、正しい判断だと言える。
「待ってください、荷物が……」
「ソンナノ放ットイテ!」
「貴重な物があるんです、ハイ!あれだけでも……」
そう言って矢の降り注ぐ中、商人は荷物を漁る。
「ありました!さあ、逃げましょウッ!?」
金属の重そうな箱を抱えて逃げだそうとした商人の背中に矢が深々と刺さった。
黒目がぐるりと回り、そのままうつぶせに倒れる商人。
「ダ、大丈夫デスカ!?」
「だめだ、ジャック。行くぞ!」
僕とジャックは森へと走る。馬車もいない今、逃げ切るにはこれしかない。
森に入った所で振り返ると、河賊もすでに接岸していた。何人かは商人の荷物を自分達の船に載せ換えている。そして残りは僕達を追ってきた。
「くそっ!あの荷物で満足してくれよ!」
さっきまでのボート漕ぎの疲労もあり、逃げる足に力が入らない。
もう一度振り返る。
追ってくるのは4人。1人はかなり大柄な奴だが足は遅い。そしてそれ以外の3人は……僕より速い。
「ふぅ、ふぅ」
「ガンバッテ!走ッテ走ッテ!」
ジャックの励ましに重い足を必死に動かす。が、すぐに限界がきた。
僕は1本の倒木の後ろに回り、片膝をつく。
「げほっ、ジャック。まず交渉、無理なら戦う」
河賊達はすぐに追い付いてきた。
指示を出している男、ガリガリ、チビの3人だ。
「よおよお、鬼ごっこはおしめえか?」
チビがニヤニヤと笑う。
「戦う気か?それとも降参するか?どっちにしろ殺すがな!ウヒヒッ」
ガリガリが舌舐めずりをする。
無理っぽいが僕は交渉を試みた。
「僕達は帰りの馬車賃くらいしかありません。それを渡しますので見逃して貰えませんか?」
「ふーん」
指示を出している、恐らくリーダー格の男は値踏みするように僕を見る。
「良いローブ着てるな?お前」