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露店商に聞いた話では、タルタロス公爵と出会ったのは南方の街ヴァーノニアであるらしい。いつまでもそこに滞在している保証など無いので急いで出発すべきではあるのだが。
「とりあえずヴァーノン河の畔までは乗り合い馬車でいけるみたい」
「河ハドウスルノデショウネ。渡シ船ガアレバ良イノデスガ」
僕とジャックは地図を見ながら相談中だ。
実は2人共、奈落より南に行った事が無い。
ヴァーノニアという街がある事は知っていたのだが、ヴァーノン河の近くにあるからヴァーノニアという名だと地図を見て初めて気が付いた。
そんなレベルなので交通手段などさっぱりわからない。
「赤ローブとノンダール病の報酬がまだ丸々残ってるからお金は大丈夫なんだけど」
両方とも直接依頼なので通常より高額な報酬が出た。
赤ローブ事件解決が1人4万シェル、ノンダール病治療が1万8千シェルだ。問題は幾ら持っていくかだが……
「3万あればどうにかなるよね」
「スイマセン、のえるサン」
「いえいえ。あとは行き当たりばったりの」
「出タトコ勝負デスネ」
翌朝、家主のおばさんにサニーと植物達の水やりを頼み、南門の馬車乗り場までやってきた。
「ン、馬車3台アリマスネ」
「予約かな」
乗り合い馬車において予約とは団体予約の事である。大人数で乗車する場合、前もって伝えておくと台数を増やしてくれるのだ。
大人数の飛び込み客は馬車を独占してしまう恐れがあるので、事前に予約するのがマナーである。
「あ、やっぱり団体客いるね」
馬車の横に20人ほどの人影がある。女性客が多い。
僕達が馬車に近付き御者のおじさんに代金を払っていると、後ろから声をかけられた。
「ちょいとお兄さん、もしかして司祭様かい?」
「そうですが」
振り向くと、ウェーブがかった長い茶髪の女性がこちらを見て微笑んでいた。一瞬、目を奪われるほど美しい人だった。
「この娘がお礼を言いたいってさ」
「お礼……ですか?」
よく見ると茶髪の女性の陰に隠れるように女の子が立っていた。10代前半くらいだろうか、どこか見覚えがあるような。
「私、ローラって言います!教会ではお世話になりました!」
「ああ!ノンダール病にかかってた女の子!」
「はい!」
「あたいからも礼を言わせておくれ。この娘が世話になったね」
「いえいえ、仕事でしたし」
「スケルトンさんもありがとう!」
「ワ、私デスカ?」
「教会の裏で毎日洗濯してくれてたでしょ?みんな感謝してたの。寒い中、毎日頭が下がるって」
「私ハ手ガカジカム事モナイデスシ」
「それでもありがとう!」
「ハ、ハイ」
礼を言われるのに慣れていないジャックは、ひたすら頭蓋骨を掻いていた。
馬車は3台まとめて出発した。
僕達の馬車の乗客は、先ほどの美人とその連れの女性ばかりが6人、あと小太りの商人だった。
「自己紹介がまだだったね。あたいはアシュリー。【夜空の調べ】舞踏団の団長様さ」
「舞踏団!それで、女性が多いんだね」
「ここにいるのは皆、踊り子だからね。他の馬車に男の音楽家も乗ってるけど、基本女所帯だね」
「女性ばっかりで長旅は危なくない?」
アシュリーは返事の代わりに、胸元から冒険者カードを取り出した。
「レベル38!?」
「なかなかだろ?」
得意気なアシュリーに言葉が出ない。レベル13が心配する相手じゃなかったな……
僕の反応でレベルを察したアシュリーが慌ててフォローを入れる。
「踊り子はレベルが上がりやすいのさ。なんたって踊ってりゃ経験値入るからね。司祭はすごく上がりにくいんだろ?しょうがないさ」
ふと思いついたようにジャックが尋ねる。
「ドノクライれいろあニイタノデスカ?舞踏団ガ逗留シテルナド全ク知リマセンデシタガ」
ジャックの問いにアシュリーは急に機嫌が悪くなる。
「冬の間中さ。レイロアは冬でも人が多いと聞いていたからね。それが蓋をあけてみれば赤ローブ事件に流行り病。まさか1度も公演できないとはね」
そう言えば人を集める催し事は禁止されていたな。
「この話題はダメなの。アシュリー姉さんすごく不機嫌になるの」
ローラから忠告が入った。
「そりゃあ不機嫌にもなるさ。このままじゃおまんまの食い上げだよ。皆、ヴァーノニアではしっかり働いてもらうよ!」
はーい、と元気の良い返事が6人の女の子達から上がった。
この乗り合い馬車はヴァーノン河の手前までの直行便だ。御者のおじさんの話では、そこまで行くのにおよそ5日かかるとの事だった。
日中はひたすら進み、夜はキャンプといったワンパターンな日程が続く。唯一の楽しみであるはずの景色もこれまたワンパターンな荒れ地が続き、僕を含めた乗客達に退屈が蔓延していた。
そんな4日目の夜。
大きな焚き火を囲み、乗客と御者全員で夕食をとっていると。
「皆、そんなに退屈そうな顔してちゃ駄目!せっかくの旅の夜だよ?」
アシュリーが立ち上がり呼びかける。
「そうは言ってもだな」
別の馬車に乗っている戦士風の男が言葉を返す。
「飽きるなというのが無理だろ」
「見所もありませんしね、ハイ」
小太りの商人も同調した。
「私共でさえ飽きますから」
御者の言葉に笑いが起こる。
その笑いの中でアシュリーも微笑む。
「ほら、こんな場所でもそうやって笑えるだろ?楽しむには気持ちさ、気持ち!さあ、お前たち出ておいで!」
アシュリーの言葉に舞踏団員達が待ってましたとばかりに立ち上がる。
まず、馬車から楽器を取り出した音楽家達が焚き火の前に並ぶ。
派手派手な毛皮で装飾された打楽器、弦の数がやたらと多い弦楽器、とぐろを巻いた角でできた管楽器など見たこともない楽器を手にした音楽家達が演奏を始めた。
その曲調は異国情緒溢れる、それでいて耳に馴染むものだった。乗客達がその調べに聞き入っていると、今度は女の子達が露出の多い服に薄く透けた長布をまとい出てきた。
「ピィーッ」
「ヒューヒュー」
次々に上がる歓声に応えながら踊り子達は舞う。
やがて曲のテンポが早まっても彼女達のステップに狂いはない。
更にテンポが早まり、ダンスの激しさも増していく。
音楽家と踊り子は早さの限界まで登り詰め、観客達のボルテージも最大限に高まった時。
ジャン!!と一斉に楽器が鳴り、踊り子達がポーズをとった。
「ブラボー!」
「いいぞ!」
喝采を浴び、得意満面の踊り子達。
やがて踊り子達が捌けると、次の曲が流れ始めた。先ほどとはうって変わってスローでムーディな曲だ。
コップに口を付けていると僕の横にローラが座った。
「ノエルさん、私の踊りどうでした?」
「凄かったよ、感動した」
「ありがとう!……でも次のアシュリー姉さんはもっと凄いんですよ」
シャランと金属音が鳴る。
アシュリーが観客の前に姿を現した。
金属製の輪を幾つか手首に下げていて、それを打ち鳴らした時に音が鳴るようだ。
金属の輪を鳴らしながらアシュリーが体をくねらせる。衣装自体は今までいた踊り子達と大差ない。ないのだが……
「すげえな……」
「なんとも魅惑的ですな、ハイ」
男達の誰もが魅入られたようにアシュリーから目が離せなくなった。
美しく扇情的。
スローなリズムに乗る滑らかなステップ。
柔らかな体の動きはアシュリーの白い肌と相まって上質なシルクを連想させた。
僕は頬をつねられるまで、口をポカンと開けてダンスを見つめていた。
「夢中になりすぎです」
つねったローラが口をへの字に曲げる。
頬をさすって視線を戻すと笑顔のアシュリーに向かって口笛や金貨が飛び交っていた。
踊り子レベル38は伊達じゃなかった。