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振り返るとそこには【鉄壁】の面々がいた。
「お久しぶりです、ラシードさん!ビリーさん、トールさんも!」
「ラシードか、信頼できる奴で良かった。情況を説明してくれるか?」
どうやらポーリさんも面識があるようだ。
【天駆ける剣】も【鉄壁】もレイロアの古参パーティだからな。ラシードさんは頷き、説明を始めた。
「俺達が来た時には拐われた後だった。拐われた子どもは3人。近くにいた大人達が止めようとしたが犯人達は刃物を抜いて抵抗、怪我人が出たそうだ」
「複数犯なんですね?」
「ああ、目撃者が大勢いる。間違いない」
「どんな連中だ?」
「男6~7人。刃物を持ってる以外は一般的な市民の格好だな。逃げた方向を聞いてすぐに追ったんだが」
「逃げられた、か」
ポーリさんの言葉に3人は揃って苦い顔をした。
「どうする?司祭君」
「大門へ向かいます」
僕はダンジョンへ逃亡してる可能性をどうしても捨てきれなかった。街中は他の冒険者が巡回してくれてるので任せることにした。
「なるほどな……付き合うぜ」
「俺達も行こう」
ポーリさん、【鉄壁】の3人と大門へ向かう途中、女戦士が血相を変えて走ってるのに出くわした。彼女は僕の袖を強く掴み、叫ぶような声で尋ねてきた。
「ロジャーは!?ロジャーはどこ!?」
ヴィヴィの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。僕が目を白黒させているとビリーさんが執り成してくれた。
「待て待て、落ち着けねーちゃん。ロジャーってのは誰だよ?」
「息子よ!友達と雪遊びしてくるって出かけて……ああ!子どもだけで行かせるんじゃなかった!」
晴れた日の午前中。街中で人目がある場所。3人で雪遊び。この条件で拐われるとは思わないだろう。
少し落ち着いたヴィヴィは僕らに付いて行くことを選んだ。
大門に近付くといつもの軽薄な顔が見えてきた。
「トマーシュさん!」
僕が叫ぶと不思議そうな顔で僕らを見た。
「何っす?何の騒ぎっすか?」
「怪しい男達を見なかったか!?子どもを連れた6人くらいの男達だ!」
「ん~、見てないっす」
するとヴィヴィがトマーシュさんの胸ぐらを掴み、持ち上げた。
「てめえ!適当言ってんじゃねーぞ!ロジャーに何かあったらボコボコにしてオニカメムシの巣に投げ入れてやる!」
オニカメムシは人間の胴体ほどあるカメムシだ。鬼のように臭い。
「そっ、そんな事言われても見てないっす!子どもがいたら止めるっす!それが仕事っすから!」
首が締まり顔を真っ赤にしながらトマーシュさんが言い返す。
「だから落ち着けって、ねーちゃん」
ビリーさんがヴィヴィの背中を軽く叩くとトマーシュがドスンと落ちた。
「痛たた……っす」
「どうする?こいつが嘘ついてる可能性もあるぞ」
「そんなことしないっす!」
そんなやりとりをしていると大門から冒険者パーティが出てきた。その中に見覚えのあるドワーフがいる。
「エーリク!冒険の帰り?」
「おう、ノエル。ヴィヴィもいるじゃねえか、どうかしたか?」
経緯を話すとエーリクの顔色が変わる。
「エーリクはそんな連中と行き違わなかった?」
「いや、見とらんわい」
「そう、か」
「ダンジョンの線は消していいかもな」
ポーリさんの言葉に渋々頷く。しかしエーリクがぽかんとした表情で聞き返した。
「なぜ消すんじゃ?」
「そりゃダンジョンに逃げ込むには大門から入るしかないだろう?」
ポーリさんの言葉に首をかしげるエーリク。
「なぜ大門から入るしかないんじゃ?」
「そりゃ街中にある入口が大門だけだからな」
エーリクはポンと手を打ち、合点がいった様子で衝撃的な事実を告げた。
「あるぞ?他に入口」
◇
僕達は東門近くの廃屋の前にいた。
放置された家畜小屋か物置小屋かといった表現がピッタリの建物だ。
「ここ、がか?」
ポーリさんが疑わしげに言う。
エーリクはそれに答えずボロボロの扉の前の地面を指さした。その薄く積もった雪の上にははっきりと複数の足跡が残っていた。
【鉄壁】の3人が忍び足で扉へ近付く。扉の右にビリーさん、左にラシードさんが張りつき、トールさんが扉を音を立てないようにゆっくりと押した。扉はほんの少し動き、引っかかったように止まる。中から鍵がかけられているようだ。トールさんは両端の2人に目配せし、2人が頷くのを確認すると思いっきり扉を蹴破った。大きな音を立て扉が倒れる。と、同時にビリーさん、ラシードさんが廃屋の中へ滑り込む。トールさん、ポーリさんもそれに続いた。
程なくポーリさんが顔を出した。
「誰も居ない。大きな井戸があるだけだ」
「その井戸じゃ」
エーリクがのっしのっしと廃屋に入っていく。僕とヴィヴィも後に続いた。
井戸は通常の井戸より一回りも二回りも大きい物だった。その井戸の蓋をエーリクが慣れた手つきで外す。
「これは30年くらい前までは普通に使っておった湧水井戸よ。あるとき急に水が出なくなってな。儂を含めた冒険者数人で底を確認しようと降りてみるが、底なんてありゃしねえ。ぐねぐねと下り坂を降りていくとついには地底湖に着いちまった」
「ここを降りるのですか……」
井戸を覗いたトールさんが体をブルリと震わせる。
井戸からは縄ばしごが垂れ下がっている。下は真っ暗で何も見えない。
「カンテラはあるか?」
「あるぞ、ほれ」
ラシードさんの問いにエーリクが答える。エーリクはついさっきまでダンジョンに居たんだったな。
結局、トールさんは残る事になった。大柄な彼は高いところが苦手なんだそうだ。
身軽なビリーさんを先頭に縄ばしごを降りていく。長い縄ばしごが終わり、地面に足を着くと蛇行した洞窟が下へ下へと伸びていた。
暗闇を6人で進むのにカンテラ1つというのは中々に頼りなかった。半刻ほど歩いても出口の見えない道程に、カンテラの油が切れる前に引き返すべきという意見も出た。だが、ここもダンジョンの一部であろうから僕の『リープ』で脱出できるはず、という結論に至り進めるところまで進む事になった。
そしてカンテラの油も残り4分の1ほどになった頃。長く細い下り坂が終わり、広大な空間に出た。そのドーム型の空間は小さな村なら丸ごと入りそうな広さで、ぼんやりとだがカンテラがいらない程には明るかった。
特筆すべきはその空間の足元より下が水で覆われている事だ。水は透明度が非常に高く、かなり深い所まで視認できる。にも関わらず、底が見えない事がとても恐ろしく感じた。いったいどのくらいの深さなのだろうか。
「これが地底湖……」
「デカイな……」
皆が驚嘆していると、1人平然としたエーリクが向こう岸を指し示した。
「この地底湖は他のエリアにつながっておらん。向こう岸に行き止まりの洞窟があるだけじゃ」
「おい」
先行していたビリーさんが潜むような声で呼ぶ。ビリーさんの視線の先には木の杭が地面に垂直に刺さっている。
「……船留めか?」
「おそらくな」
辺りを見回すが、船留めはあれどボートは無い。疑わしいのは向こう岸だが……
「泳ぐのは儂じゃなくとも無理じゃ」
エーリクが水に手を浸しながら言う。僕も水に手を入れてみると、驚くほど冷たかった。
「ボートを取りに戻るか?」
ビリーさんの言葉にポーリさんがせせら笑う。
「あの狭い通路をボートを抱えて?それこそ無理だ」
「じゃあこの船留めを作った奴はどうやってボートを持ち込んだんだ?」
「材料を持ち込んで、ここで作ったのだろう」
ポーリさんに代わりラシードさんが答えた。
「そんな時間はないよ!ロジャーが……ロジャーが向こう岸にいるかもしれないんだ!」
「そうは言っても、な」
僕はそんな言い合いをよそに、いそいそと地面にレジャーシートを敷いていた。