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 ――【便利屋】べんりや

 固定のパーティを持たず、既存のパーティに要請を受けて参戦するスタイルの冒険者の事。

 一般的な意味である何でも屋とは異なるが、既存のパーティにとって穴埋め要員、補助要員として便利な存在である為そう呼ばれる。


 出典 冒険者用語ハンドブック(最新版)




 僕は冒険者ギルドの2階、会議室にいた。

 部屋の中には僕を含めて6人。

 その中の1人、副ギルド長のエレノアさんが口を切った。


「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます。マスター不在の為、私がご説明致します」


 言い終わるや否や、ビキニアーマーを着た女戦士が太ももも露な脚で長机をガンッと蹴った。


「お集まり頂きありがとうございます?直接依頼出されたら来なきゃしょうがないだろ!」


 彼女の憤慨はもっともである。僕だって程度の差はあれど同じ気持ちだ。他の3人もそうだろう。


「ギルドマスターは便利屋の皆さんなら既存のパーティとは違う角度で事件を見れる、とおっしゃいました。ただ、直接依頼でないと参加者は少ないだろうとも考えておられて」


 この部屋にいるエレノアさん以外の5人は、全員が便利屋と呼ばれる冒険者である。

 さきほどの女戦士は【ママさん戦士】ことヴィヴィさん。旦那さんも冒険者だったがレイロアの迷宮で命を落したらしい。

 忘れ形見の息子を育てる為、危険な冒険も難しい依頼も厭わず引き受ける猛者である。

 ただし冒険に出るのは朝から日暮れまで。つまりは息子を学校にやってる間だけなのだ。泊まりがけの冒険など以ての外なので固定パーティは難しい。

 姉御肌な性格で一部の冒険者からアネゴとか姉さんとか慕われていたが、出産後はお母さんとかママとか呼ばれて困っているらしい。


「それが納得いかないと言ってるのですよ。我々は自由を旨とする冒険者。言うこと聞かせる為に直接依頼を出すなど横暴でしょう」


 この人は【冒険行商人】ことカシムさん。浅黒い肌に人懐っこいクリッとした目の男性だ。

 普段は街から街へと旅する行商人である彼は移動の厳しくなる冬の間だけ便利屋としてレイロアに籠る。

 たかが商人と侮る者もいるが、たった1人で年中旅する人間が弱いわけがない。棒術の達人であり、投擲武器チャクラムの名手でもある。また、行商で鍛えられた見識や鑑定眼も併せ持つ優秀な冒険者である。


「なぜ儂らが便利屋なのかわかっとるのか?はみ出し者だからよ。それを便利屋同士でパーティ組めなど冗談にもならんわい」


 この屈強なヒゲ面のドワーフは【戦う鍛冶屋】ことエーリクさん。その名はレイロアに留まらない武器作りの名人である。

 気に入った客にしか作らない職人としても有名だが、寡作という訳でもない。注文が無くとも武器をひたすら作るのだ。納得のいく作品が出来上がったら己自身でその武器を振るいに迷宮へと赴く。

 ただし冒険者として出来るのは、その豪腕で力一杯武器を振ることだけ。それで1人迷宮に潜るのはかなり危険な賭けである。それゆえ便利屋として他のパーティに参加する事で安全を確保しているのだ。

 武器を振るだけではあるがゴーレムと正面から一騎討ちして勝ったとか、リビングメイルつまり彷徨う鎧を一刀両断したとか逸話も多い人物だ。ちなみにドワーフの類に漏れず泳げない。


「拙者も気が進まぬでござる」


 腕組みして言葉少ななこの人は【流浪のサムライ】ことドウセツさん。

 サムライとは髪をポニーテールに結い、カタナと呼ばれる片刃の剣を使う東方の魔剣士のことである。ブシドーなる宗教の信者で、卑怯なまねや失礼な振舞いを嫌う。

 ドウセツさんは数年前にレイロアを訪れ、それからずっと固定パーティを組まずにいるらしい。基本的に他の冒険者を信用していないようだ。

 語尾にござるが付くのが最大の特徴だろう。


「皆さんが納得いかないのは分かりました」


 エレノアさんはため息をつき、押し黙った。そして思い出したように僕を見た。


「ノエルさんはどう思われますか?」


 最後の便利屋は【はぐれ司祭】こと僕、ノエルだ。巷ではそう呼ばれているらしい。はぐれって酷くない?はぐれって。好きではぐれてるわけじゃないっての。


「うーん。正直、直接依頼と聞いた時は動揺しましたし、今でもなぜ自分に、という気持ちです」

「ギルドマスターが皆さんに直接依頼を出したのは理由があっての事です。ですが受けたくないと言われるのであれば私は止めることはできません」

「えっ、直接依頼って断れるのですか?」

「もちろんです。ただ、冒険者カード没収というペナルティがありますが」


 ドガッと音をたてて長机が吹っ飛んだ。ヴィヴィさん、今度は本気で蹴ったようだ。


「それは断れないってことだろ!?喧嘩売ってるのかサブマスさんよ!」

「いえ、そんなつもりはありません。私は規則に基づいて話しているだけです」


 エレノアさんはヴィヴィさんを正面から見据え、言葉を続けた。


「とにかくギルドマスターが直接依頼を出したのです。受けた側は依頼を遂行しなければなりません。これは冒険者の義務です。断れないとか横暴だとかそんな甘い考え方はお捨て下さい」


 ヴィヴィさんの目が座り、エーリクさんの歯がギシリと鳴った。


「受けるか冒険者辞めるか選べ、と言うのでござるな」


 ドウセツさんは相変わらず腕組みしたままだが、眉間の皺の深さが心情を物語っていた。


「そういう規則ですので」

「ふざけるな!」


 ヴィヴィさんが立ち上がり、エレノアさんとにらみ合いを始めた。


「てめえじゃ話にならない!ギルマスを呼べ!」

「さきほど申した通り、マスターは不在です」


 二人の間合いはどんどん小さくなっていき、今では鼻と鼻が触れそうな距離だ。

 エレノアさんって言葉が事務的というか、人を怒らせる物言いをするんだよな。悪い人ではないんだが。


「それは困りましたね」


 カシムさんがニコニコと作り笑顔を浮かべて横から割って入った。


「冒険者ギルド規則第7条の6、直接依頼の説明について。直接依頼はその性質上危険を伴うものである為、ギルドは充分な説明をする義務を負う。また、特に冒険者から要請がある場合、ギルドマスター自ら説明を行う義務を負う、とあります」


 冒険者になった時に貰うギルド規則本を思い出す。ぼんやりとだが記憶にある。

 他の3人は何の事やらといった反応だ。

 この規則はつまり、直接依頼は危険な任務が多いのだからそんな命令を出すギルマスは自身でちゃんと説明しなさいよ?って事だ。


「私はギルドマスターに説明を求めます。説明があるまで依頼の遂行は出来ません。残念ですが」


 言葉とは裏腹にカシムさんにはまるで残念という素振りはない。


「ってことは私が正しいわけだね?」


 ヴィヴィさんはエレノアさんに顔を突き合わせたまま勝ち誇ったように笑う。対するエレノアさんは口をへの字に曲げた。


「しっ、しかし!それはマスターが帰れば済む話ですよ!?こんなのただの時間稼ぎです!」

「残念ですが規則ですので」


 カシムさんはパチリとウィンクした。さきほどの作り物と違う、とてもいい笑顔で。


「ではギルマスが戻ったら呼ぶでござる」

「儂も帰らせてもらうぞ」


 次々と席を立つ便利屋を拳を握り締めて眺めるエレノアさん。悪いけど僕も帰らせてもらおう。


 いやー、やり手商人を敵にしてはいけないね。



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