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 ワナカーン湯治場へは東門からジューク連山の麓まで乗り合い馬車が出ていた。普段は湯治客で賑わうはずだが、乗客は僕らだけ。霧の影響だろうか。

 麓の停留所に到着し馬車を下りると目の前に山道の入口がある。左手には広大な森が広がっているのが見える。迷いの森だ。

 山道は迷いの森の外縁に沿ってワナカーン湯治場まで伸びている……はずなのだが、よく見えない。ちょっと先を見るのも苦労するほど白く霞んでいるからだ。


「……霧に住まう狩人の眷族よ、力を貸しなさい」


 ブリューエットが右手をかざして呼びかける。すると周囲の霧がシュルシュルと渦を巻くように集まり、やがて狼の形となった。


「……この子が案内してくれる」


 狼が先行してくれるので斥候役のトリーネは殿で警戒し、他のメンバーはその間に固まって進む。まだ昼間なのに薄暗く、視界は真っ白。気を抜くと一瞬ではぐれてしまいそうだ。


「イカニモ何カ出ソウデスネエ」


 ジャックが自分の肩を抱きながら怯える。一般的にはジャックがその「何か」なんだけどね。


「前回の調査はどんな感じだったの?」


 不安な気持ちを誤魔化すように3人に話を振る。


「まず山道寄りの森の中を探りながら登ったんだ」

「……でも異常なし」

「森の中登るの大変だったー。クタクタ」

「んで、帰りは山道を降りてきた。森じゃないなら山道に何かあると思ってさ」

「しかし山道も異常無かったわけか」

「……その通り」

「今回のプランは?」

「いつも稼ぎに使ってる辺りから森の中心部も覗いてみようかって話してた」

「中心部って危ないんでしょ?」

「ああ。だから覗くだけだな。ヤバそうな気配を感じたらすぐ戻る」

「……私の精霊とトリーネがいるから不意打ちは食らわない。慎重にいけばたぶん大丈夫」

「わかった。任せるよ」

「ノエルも怪しいの見付けたら、とりあえず鑑定してくれよ?」

「うん、分かってる」


 言われるまでもなく、僕は山道を登りながら目についた物を鑑定しまくっている。それは依頼の為でもあるのだが、他の理由が大きい。例えばブリューエットの着ている品質の良いローブを鑑定してみよう。


 エルヴンローブ+1


 と出る。この+1の部分は今まで無かった表示なのだ。気付いたのは先程の馬車の中。ぼんやりと流れる景色を眺めていると珍しい鳥がけたたましい声で鳴いていた。興味本意で鑑定すると


 アングリーバード 怒


 と出たのだ。どうやら鑑定対象の状態が分かるようになったらしい。思い当たるのはレベルアップ。レベル2桁になったことで鑑定も進化したのだろう。そのうち解説文とか出るようになるのかな。本好きの僕としては楽しみで仕方ない。

 そんな理由で鑑定しまくってはいるものの、怪しい物や珍しい物は見付からない。立ち込めている霧も試しに鑑定してみたが


 霧


 と表示されただけだった。ええ、そうでしょうね、霧でしょうよ。

 鑑定三昧で目が疲れてきた頃、狼が立ち止まった。


「…ここから森に入る」

「ん、分かった」


 いよいよ迷いの森に突入か。初めてのダンジョンに潜るような緊張が僕を襲う。


「まあ、この辺は俺達の庭だから。大丈夫大丈夫」


 キリルが軽い口調で言いながら入っていく。他のメンバーもそれに続いた。


 森の中は神秘的の一言だった。苔むした木々の間に霞がかかり、地面には色とりどりの草花が生い茂っている。人の手の入らない原初の森といった雰囲気だ。

 3人は俺達の庭なんて言うだけあって能率的に動いていた。僕も鑑定にかまけて張り出した根に躓いたりしながらも何とかついていく。


「やっぱりいつも通りだな」

「…精霊も異常は感じないみたい」

「ふっ!シュッ」


 トリーネが霞兎を見事仕留めた。


「休憩してこれ食べよう?ジュル」

「僕も疲れたから休憩したいな」


 本当はちょっとどころじゃなく疲れてるが。


「…私もおなかすいた」

「しゃーない、いつもの場所でメシにするか」



 いつもの場所とは水場近くの少しだけ拓けた場所だった。食事の用意はキリルの担当らしい。てきぱきと調理の準備を始める。ブリューエットは狼とふらっと消えたかと思うと野草やキノコを腕一杯に抱えて戻ってきた。それをキリルがチェックして下拵えする。たまに後ろへ投げてるのはたぶん毒草や毒キノコだな。トリーネはさっきの兎を丁寧に解体している。真っ白な毛皮に血が付いたら台無しだから一仕事のようだ。僕とジャックは薪拾いに任ぜられた。

 草木のない地面で火を起こし、鍋をかける。湯が沸くと野草やキノコ、トリーネの捌いた肉の半分が投入される。残り半分は木の枝に刺して遠火で焼く。キリルが鞄をゴソゴソと探り、小ビンを幾つも取り出した。


「それは何?」

「ん?調味料だよ」

「ずいぶん種類多いね」

「いつもこのくらいは常備してるぜ?」

「……キリルお手製ハーブ塩はオススメ」

「キリルは薬師より調理師が天職だと思われる。ビシッ」

「うるせぇよ」


 トリーネの指を邪険に払いながら不満を口にするキリル。言葉とは裏腹に少し嬉しそうだ。



「よし、食っていいぞ」


 鍋のスープと焼ける肉の香りに耐える事しばし。やっとキリルから許可が出た。


「「「いただきまーす」」」


 トリーネとブリューエットは焼いた肉に飛び付いた。僕はよそわれた具だくさんのスープに口をつける。……美味しい。肉やキノコの旨味に複雑で繊細な味付け。そういや鍋の上で色んな小ビンを振ってたなあ。


「うまい!クワッ」


 さて、お次はトリーネが目を見開いて食べている肉の串焼きだ。脂を滴らせて早く喰えと主張してくるが、慌てず息で冷ましてから口に運ぶ。冷ましたつもりが舌が焼けるほど熱い。だが、旨い。キリルはスープと違いこちらには一種類の小ビンしか使ってなかった。だが、塩味に加えハーブの薫りが舌の上に広がる。これがブリューエットお薦めのハーブ塩だな。



 夕げの煙が森に漂う霧に一旦混じり、やがて霧の上へと立ち上ってゆく。迷いの森の真ん中で、こんなに幸せな食事にありつけるとは思ってもいなかった。


「皆サン満足ソウデ何ヨリデス。悔シクナンテアリマセン。アリマセントモ」


 ごめんな、ジャック。

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