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3日後の夕刻。
連絡を受けてギルドへやってきた。名前付き討伐報酬が幾らになるかワクワクしながら訪れたのだが。
「納得いかんッ!」
「そう仰いましても」
ギルドに居合わせた冒険者達が受付を遠巻きに見ている。受付にいるのはお馴染みのマギーさん。そしてアダム=リーマス氏だった。
「依頼は未達成だッ!当然だろうッ!」
「いいえ、依頼書には調査とあります。調査による異変の発見と確認、更に異変の原因の排除にも成功しています。間違いなく依頼達成です」
「依頼はツアーの安全性の調査だッ!ツアーが出来なければ意味がないッ!」
「それはそちらの都合です。安全性の調査の結果、やはりツアーには向かなかった、ということでは?」
「ぬうッ。では護衛の方の依頼だッ!護衛対象のクリス=シュースター様が大怪我されたのだぞッ!しかも黒猫堂に置き去りにしたッ!」
「迎えを送って無事帰られたのでしょう?むしろ安全性を考慮した上での判断かと。怪我も回復魔法ですぐに治療されたようですし」
「精神にもダメージを負われたのだッ!ダンジョンには二度と行かないと仰っておるッ!」
「それは冒険者でもよくある事です。ダンジョンに潜るとはそういう事ですし、そもそも護衛対象がクリス様と明記されていません」
「ぬーッ!受付嬢風情がペラペラと減らず口をッ!貴様では話にならんッ!責任者を呼べッ!」
「責任者というと俺になるが、いいのか?」
階段から降りてきたのは体格の良い金髪オールバックの男。ギルドマスターのアラン=シェリンガムだ。
「……アラン殿、あなたが出てくるような話かね?」
「これだけ騒がれれば仕方なかろう?だいたいリーマス商会会長ともあろう者が往生際が悪いわ」
「冒険者が依頼主の要望に応えなかったのだ。苦情くらい言う権利はあるとおもうがね」
「そうか。苦情は全て言ったか?なら帰りたまえ」
「ッ!冒険者の不始末を無かったことにする気かね」
「いやいや依頼書通り達成しているのだろう?アダム殿も商人の端くれなら分かろうが、依頼書とは商売における契約書なのだよ。それを依頼書には書いてないけれどこういうつもりでした、などと後から言われてもな」
「ぐッ」
「ああ、あと黒猫堂の仕入れ先に圧力かけるようなセコい真似するなよ?あの店は冒険者の為の店だ。こちらもそれなりの事をせねばならなくなる」
「……ふんッ!」
アダム氏はギルマスをひと睨みすると、受付を背に入口へと足を向けた。途中、僕に気付き一瞬驚いたあと、憎々しげに睨んできた。
アダム氏のでっぷりした体が見えなくなると、居合わせた冒険者達が一斉に2人へ喝采を送った。喝采を浴びたマギーさんは照れ臭そうにペコペコとお辞儀し、ギルマスは慣れた感じで手を挙げて応えた。
「おはようございますマギーさん、ギルドマスター。ご面倒お掛けしてすいません」
受付でマギーさんとギルマスに頭を下げる。
「ノエル君、見てたのね。謝ることないのよ?ね、マスター」
「ああ、アダムはどうも冒険者を下に見ていてな。煮え湯を飲まされた冒険者も多い。むしろ叩けるチャンスくれてこっちが感謝したいくらいだ」
「リーマス商会も息子さんは評判良いんですけどね」
「早く息子に店譲ればいいのにな。っと。ノエルは名前付き討伐報酬だな?全員揃ってからでもいいか?」
「はい、もちろん」
受付横のイスに腰かけ待っているとジルさん、ミリィ、【鳳仙花】の順にやって来た。最後にリオが少し遅れて到着して全員が揃った。
「揃ったか。ではマギー」
「はい。調査の結果、グールが浅い階層をうろつく状況は改善されていました。ギルドでは皆さんが名前付きヴァンパイアを討伐した結果であると結論付けます。よって異変の調査、解決の報酬が支払われます」
声こそ出さないがニヤニヤが止まらない7人。
「名前付きヴァンパイア討伐報酬が30万シェル。異変解決報酬が10万シェル。計40万シェルが皆さんに支払われます」
「おおお、やった!」
「老後の蓄えが出来ちまったねえ」
「おいおい、ジルさんはもう老後だろ」
「失礼なこと言っちゃダメですジョシュさん!女性は幾つになっても乙女なんですから」
「そう言えば黒猫堂のスケルトンとなんだか良い雰囲気でしたね」
「馬鹿をお言いでないよポール」
そう言いつつも頬を赤らめるジルさん。たしかにこの反応は乙女かも。その横でリオが難しい顔をしている。
「どうしたのリオ?」
「割りきれない」
「なんか納得いかないの?」
「んニャ。報酬が7で割りきれないニャ」
ああ、そういうことか。
「じゃあ8等分しましょうよ、ジャックとマリウスの分」
「当たり前だけど、彼らは冒険者じゃないよ?いいの?」
「良いんじゃないかい?マリウスいなけりゃ危なかったよ」
「俺達も構わんぞ」
「きれいに割りきれるニャ!」
ということになり、1人頭5万シェルとなった。ぼくはマリウスの分も受け取る。有名甘味店の飴玉を買ってやらねばなるまい。
ギルドを出て自然と輪になり、それぞれがそれぞれの顔を見る。
必ずやって来る別れの時だ。
「ずっとソロでいくつもりだったけど、パーティもいいもんだねえ」
「信頼できる仲間ってのはいいもんだぜ」
「煩わしい事も多いがな」
「仲間次第、ですよね。今回はいい仲間達に出会えて幸運でした」
ミリィの眩しい笑顔に、皆同じく笑顔で頷いた。
「じゃあな」
「また呼んどくれ」
「はい、また!」
「黒猫堂でまた会えるニャ」
皆それぞれの帰路についた。僕も帰り道へと向きを変えたその時、声をかけられた。
「ノエル、ちょっといいかな?」
◇
「はい、これ」
ミリィが差し出したのは赤い魔法石。
「これは?」
「司祭でしょ?鑑定してみて」
言われるがままに鑑定すると火嵐『ファイヤーストーム』の魔法石だった。
そして僕は約束を思い出した。
――それはミリィがレベル10に上がった時のこと。
僕はいつも味方でいてくれるミリィにお祝いをあげようと考えた。そして『ファイヤーストーム』の魔法石をプレゼントすることにした。
『ファイヤーストーム』は中級魔法の代表格といえるもので、レベル10を迎えた火属性の得意な魔法使いのほとんどが覚える魔法だ。人気の魔法なのでそれなりに高価だが、暇を見つけては鑑定を駆使して小銭を稼ぎ、どうにか買う事が出来た。
そしてミリィに魔法石を渡す日。
お金の都合で1週間ばかり遅れてしまったが、喜んでくれると信じて疑わなかった。
だが、いざ魔法石を渡すとミリィは困ったような表情を浮かべた。そばにいた仲間達が口々にその理由を僕に教える。
「いや、ミリィはもう覚えてるから」
「私達でプレゼントしたんだよ。ノエルは最近いつも用事があるっていなかったけどさ」
「『ファイヤーストーム』は真っ先に覚えるに決まってんだろ?1週間遅れってないわー」
顔から火が出そうだった。そう、火属性が得意なミリィは真っ先に覚えるに決まってるじゃないか。だいたい購入する前にミリィに確かめれば良かったのだ。
「ご、ごめん、ミリィ。何か別のものにするよ」
ちょっと涙目で取り繕おうとしたのを覚えている。でもミリィは『ファイヤーストーム』の魔法石をギュッと握りしめた。
「ううん、ノエル。私はこれを宝物にする。そしてノエルがレベル10になった時、この魔法石をプレゼントするよ。ノエルは司祭だから覚えられるよね?」
僕は鼻をツンとさせながら首をぶんぶんと縦に振った。
「じゃあ約束ね!」
――「あの時の約束、守れないまま別れてしまったでしょ?今回一緒に冒険して、まだレベル10になってないって分かった時、凄く嬉しかったの」
「そういえば聞かれたね」
「うん、聞いたね。ごめんね?喜んじゃって」
「ほんと、何て酷い女だって思ったよ!」
「あははっ」
僕は差し出された魔法石を受け取った。
「ありがとうミリィ。僕のこと覚えていてくれて」
「ううん、こちらこそありがとうノエル。約束を果たさせてくれて」
夕焼けに照らされて笑うミリィ。
僕の手の中の魔法石と同じように赤く輝いていた。





