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「僕に指名依頼ですか!?」
「正確にはノエル君とリオちゃんへ、ね」
ということは黒猫堂絡みか。手渡された依頼書に目を通す。指名依頼とは文字通り依頼者が冒険者を指名して出す依頼のことだ。
《ダンジョン観光ツアーのコース延長を予定している。ついては新コースの安全性の調査を依頼する。なお、黒猫堂に拒否権は無い レイロア商工会》
「……この最後の1行はどういう意味ですか?」
「気になるわよね、やっぱり」
「そりゃあそうですよ。というか受けたくないです、いくら指名依頼でも」
「うーん、でも受けた方がいいわ」
「なぜです!?」
「依頼文からみて商工会のアダム会長が出した依頼だと思うの。あの人は自分勝手というか専横的というか、とにかく逆らう人には容赦しないの」
「冒険者にも圧力かけてくる、と?」
「ううん、冒険者自体はギルドで守れるわ。でも黒猫堂を守るのは難しいの。例えば黒猫堂は街の商店から商品を仕入れてるわよね?その商店のほとんどは商工会に所属してるから……」
「街で仕入れることが出来なくなる、か」
「それは困るニャ!今度こそ潰れてしまうニャ!」
いつの間にやらリオが横にいた。彼女の言う通り、黒猫堂存亡の危機である。
「そんな自分勝手な人がなぜ会長に?」
「単純に大手の商会の経営者だからよ。リーマス商会は知ってるでしょ?その代表がアダム=リーマス会長なの」
リーマス商会と言えばレイロア最大手の店だ。食品などの日常品から冒険者用の武器防具まで売っていて、「リーマス商会には何でもあリーマス」というキャッチコピーはそこらの子供でも知っている。
「受けるしかないニャ」
「そうは言ってもね」
「とりあえず話を聞きに行ってみたら?もしかしたら簡単な依頼かもしれないし」
僕は釈然としないまま、リーマス商会へ向かった。
◇
「こちらでしばらくお待ちください」
そう言われて応接室に通された僕達がソファに座って早2時間。「しばらく」ってこんなに長いのか?リオの貧乏揺すりが凄まじい速度に到達している。
「お前らが黒猫堂の経営者かッ」
勢いよくドアを開けて入ってきたのはオークと見紛うばかりの体型をした40代の男だった。
「初めましてノエルです。こちらはリオ」
「ワシがアダム=リーマスだ。お前達の名前なぞどうでもいい。おいッ!」
偽オーク改めアダムは彼の後をついてきた痩せ型メガネの男性に顎で指示を出す。男性は書類をテーブルに並べながら説明を始めた。
「商工会主催のダンジョン観光ツアーについて説明致します。まずリーマス商会で冒険前のお買い物をしていただきます。そのあと大門から2階まで潜りまして、2階の所定の場所で冒険者とモンスターの戦いを観戦していただきます。冒険者とモンスターはこちらでご用意致します。その後地上まで戻り、金の雄牛亭でのディナーでツアー終了となります」
「お金持ち相手のツアーって感じですね」
「わかってるではないかッ。ツアーには金持ちや地位のある方が刺激を求めて参加されるのだッ」
「そして一部の参加者の方が退屈だと申されまして」
「刺激が足りんのだッ。そこで墓場エリアまで足を伸ばすことにした。黒猫堂にはそこまでのルートを調査、作成してもらうッ」
「墓場エリアはアタイ達でも危険ニャ!」
「そうですよ!事故起きたらどうするんです!?」
「そこを事故が起きないようにするのだッ!別に墓場エリアに突入しろなどと言わんッ。雰囲気を味わえればいいのだッ」
「しかし……5階自体安全とは言えませんよ?」
「嘘をつけッ!お前達が店を構えるほどには安全なのだろうがッ!雑魚モンスターが出る分にはなんの問題もないのだッ」
「そうさ、ゾンビやスケルトン程度なら冒険者じゃなくたって楽勝だしね?」
そう言って扉から若い男が入ってきた。茶金色の髪が
片目にかかった身なりの良い男だ。
「こちらはシュースター家のクリス様だ。今回お前達に同行されるッ」
「同行、ですか?」
「そうだッ。今回クリス様にご満足いただければお友達方にもツアーを紹介していただく事になっているッ。責任重大だぞ黒猫堂ッ!」
「そんなのアタイらには関係ないニャ!」
「ほう、店を潰されても構わんらしいなッ?」
「ニ゛ニ゛ニ゛……」
「1つ提案が」
「何だッ」
「墓場エリアまでいくとなれば僕達だけでは不安があります。護衛を追加で雇ってもらえませんか?クリス様をお守りせねばいけませんし」
「今から募集するのかい?それは困るよ、僕はもう用意出来てるんだよ?」
「そうだッ、クリス様をお待たせする気かッ?」
「クリス様に万が一があってもいいと?」
「儂を脅す気かッ」
「そう言われましても実際危険ですよ?」
「……ふんッ、いいだろうッ」
「アダム氏、僕は困るよ?」
「いえいえッ、お待たせしないよう護衛費を倍出しますのですぐ集まるでしょう」
「そうかい?」
「おいッ、聞いていたなッ?」
「はい!」
痩せ型メガネの男性が依頼書の作成に取りかかった。5分と時間をかけずに出来上がった依頼書をアダムが引ったくるように手にすると僕に渡してきた。
「これで文句なかろうッ」
手渡された依頼書には確かに相場の倍の護衛費が書かれていた。ただし、Dランクの相場の。ケチな男だ。
「ありがとうございます。早速ギルドで募集かけて出発は……昼食後でいかがでしょう?」
クリスに向かって尋ねる。
「仕方ないね、それでいいとも」
「ではそういうことで。リオ、行こう」
「……分かったニャ」
リオは身体中の毛を逆立たせている。黒猫堂を人質にされたのがよっぽど腹立たしいのだろう。
僕はリーマス商会を出ると、もう一度依頼書に目を落とした。人数制限は書かれてないからDランクを何人も連れて行ってしまおう。