204
迷宮都市レイロア。
大通り沿いにある酒場〈最後の五十シェル〉に、冒険者風の三人の男達がいた。
午前中ということもあり、店内にいる客はこの三人だけだ。
男達はそれぞれ別の席で酒杯を傾けている。
そんな静かな酒場の扉を乱暴に開け放ち、若い男が飛び込んできた。
二十歳そこそこのその男は、窓際のテーブルに座る無精ひげの男を見つけるなりその対面に座った。
「おい、聞いたか!?」
「何をだよ」
無精ひげの男は、若い男の騒々しさに眉を顰めつつ問い返した。
「今から、Sランクパーティ【天駆ける剣】が〈深層〉に挑むらしいぞ!」
「……マジか?」
「ああ、マジだ」
無精ひげの男は杯をテーブルに置き、中空を見つめた。
「……以前、【天駆ける剣】は〈深層〉に潜って失敗したことがあるはずだ」
「そうなのか!?」
「ああ。……もう十年前になるか。当時レイロアで二番手だった【不死鳥の尾羽】ってパーティを救出するためにな。それもギルマスも含めた選抜チームでの話だ。いくら【天駆ける剣】でも厳しいと思うがな」
「――それはわからんぞ?」
二人の会話に割って入ったのは、店の中央のテーブルで飲んでいた中年の男。
酒瓶片手に歩いてきて、二人のテーブルの空いた椅子に勝手に陣取った。
「【天駆ける剣】は成長し続けている。特に【炎剣のカイン】は全盛期のギルマスを越えるってもっぱらの噂だ」
無精ひげの男があごを擦る。
「だが……【不死鳥の尾羽】救出のときは三十人以上のチームだったと聞く。【天駆ける剣】の四人だけでは自殺行為ではないか?」
「それは一理ある。サポートをつけないと人手が足りないだろうな」
すると、カウンターで一人背を向けて飲んでいた男がクックッと笑った。
「間抜けが。四人ぽっちで〈深層〉に挑むわけがないだろう」
「……あ?どういう意味だ?」
中年の男が怒気を抑えてカウンターの男に問う。
「意味?間抜けと言ったことか?それとも四人で挑むわけないってことか?……両方、言葉通りの意味だ、間抜け」
そう言って、カウンターの男は振り返った。
「っ、お前は!」
カウンターの男は、冒険者の間で情報通としてよく知られた男だった。
驚く三人を満足げに見回し、酒をグビリと飲む。
「いいか?まず【天駆ける剣】が挑むってのが半分間違いだ」
中年の男が再び問う。
「半分間違い?どういう意味だ?」
「お前はそれしか言えねえのか?……まあ、いい。【天駆ける剣】はサポートパーティってことだ」
「【天駆ける剣】が――」
「――サポートパーティ!?」
若い男と無精ひげの男が同時に目を見開く。
中年の男が三度問う。
「……誰のサポートだってんだ?」
「おいおい、もう少し頭使えよ。Sランクパーティがサポートするんだから、相手は当然――」
「っ!もうひとつのSランクパーティ、【ノロマな亀さん】か!」
事情通の男が若い男を指差す。
「ご明察。若いの、お前はちったあ頭が回るようだな」
「だが……【ノロマな亀さん】のことは正直、あまり知らんな」
無精ひげの男がそう漏らすと、情報通の男も顔を曇らせた。
「俺も詳しくはない。連中はあまりレイロアにいないからな。噂じゃあ、大陸中を飛び回ってるらしいが……だがまあ、実力は間違いないだろう。【天駆ける剣】がサポートを引き受けるって時点でな」
「確かに」
無精ひげの男が頷く。
「それに、サポートは【天駆ける剣】だけじゃない。次のSランク最有力の【七ツ星】、ソロで唯一のSランク冒険者【処刑人ジル】、冒険者じゃねえが実力はAランク以上の黒猫団もサポートにつくって話だ」
事情通の男を除いた三人が、同時に唾をゴクリと飲む。
「本気で〈深層〉を攻略する気か」
「……俺、大門行ってくるわ」
「待て、俺も!」
「ちょっとちょっと!俺が呼びにきたんだぞ!?」
そうして三人は、競争するようにバタバタと店を出て行った。
「まったく。騒がしい連中だ」
静かになった店内で、情報通の男が酒をグビリと飲む。
「……俺も見に行こっと」
情報通の男は小走りに三人の後を追った。
◇ ◇ ◇
〈最後の五十シェル〉の隣に建つ冒険者ギルド、その二階。
ギルドマスター執務室のドアが叩かれた。
「マギーです。お茶をお持ちしました」
「……入れ」
「失礼します――あら?【ノロマな亀さん】のリーダーは、もう行かれたのですか?」
「ああ。待ちきれない、という様子だったな」
「そうですか。……マスターは?」
「ん?」
「マスターは大門へ見送りに行かれないのですか?」
ギルドマスターは困ったように笑みを浮かべた。
「……行かぬよ。連中を見ていると、嫌でも自分の衰えを実感させられてしまうからな」
マギーは驚いた様子でギルドマスターを見つめた。
「マスターがそんな弱気なことおっしゃるなんて」
「次の世代に抜かれるなんて認めたくないのさ。冒険者ってのは皆そうだ」
「そうかもしれませんね。……でも、いつかは抜かれるもの。彼らだって更に次の世代に抜かれていくのでしょうから」
「……そうだな」
ギルドマスターは短くそう漏らし、窓の外に目をやった。
「……今、エレノアさんのこと考えてますね?」
「いや、そうじゃない」
「臨月ですものね、次の次の世代が生まれるのも。彼らのことより妻子が心配ですよね?」
「……あまり苛めんでくれ、マギー」
「うふふ」
◇ ◇ ◇
レイロアの中心部に位置する迷宮への入り口。
通称、大門。
その巨大な門の前に【天駆ける剣】の四人の姿があった。
周りには、名高い冒険者を一目見ようと野次馬達が押し寄せている。
取り囲む人垣に向かって、体格の大きい男が凄んだ。
「見世もんじゃねぇぞ、ゴルァ!」
「……一般の方を威嚇してはいけません、ヴァーツラフ。冒険前からそんなにイラつくものではありませんよ」
「そうは言うがな、カミュ。なんで俺らしか来てねぇんだ?先輩待たせるなんざ百年早えぜ」
「――ん、噂をすれば。来たようですよ」
取り囲んでいた人垣が割れる。
先頭を歩くのは黒装束のナーゴ族。
後ろには黒マントの三人が続く。
「お待っとうさんニャ!」
「おう、リオ。お前が時間通りに来るなんて、明日はスライムの雨が降るかもな」
「何を言ってるニャ、ポーリ!アタイはいつでも時間厳守ニャ!」
「はあ?嘘つけ。お前が寝坊したせいで依頼をしくじったこと忘れたか?」
「そ、それは駆け出しの頃の話ニャ!」
「そうだったか?ま、人間の本質はそう簡単には変わらないだろうよ」
「ニ゛ニ゛ニ゛……」
カミュが言い争う二人の間に割って入る。
「言い過ぎですよ、ポーリ。リオさんは今や黒猫堂グループを展開するビジネスウーマンなんですから。時間にルーズでは務まりませんよ」
「よく言ってくれたニャ、カミュ!」
それでもポーリは納得しかねる様子で首を振った。
「ビジネスウーマン、ねえ。こいつの金遣いの荒さでは先が思いやられるよなあ」
「お前みたいにしみったれた酒場で安酒呷るしか使い道がないよりマシニャ!」
「ああっ!?」
「ニャんだよ!」
鼻を突き合わせるリオとポーリを見て、ヴァーツラフがボソリと言った。
「もう、お前ら付き合っちまえよ」
「誰がこんな奴と!」「誰がこんニャ奴と!」
「やれやれ……」
ヴァーツラフがため息をついたとき、また人垣が割れて新たな集団が姿を現した。
先頭はコボルト族の戦士だ。
「おっ……来たな、ウーリ!」
【天駆ける剣】のリーダー、カインがコボルト族の戦士に歩み寄る。
「ご無沙汰してます、カインさん!」
「ああ。調子はどうだ?」
「上々です。カインさん達の持ってる最年少Sランクパーティ記録を破ってみせますよ!」
「フッ、言うようになったもんだ。お前ら【五ツ星】がここまで来るなんてな……奈落で俺らに向かって走ってきたときには想像もしてなかったぜ」
「っ!カインさん、その話を蒸し返すのはもうやめましょうよ!」
「ククッ……ん、どうしたブリューエット?」
カインは自分の前に歩み出たハーフエルフの少女に問いかけた。
「……カイン、間違ってる」
「何がだ?」
「……私達は【五ツ星】じゃなくて【七ツ星】」
「っと、悪い。そうだった。……じゃあ、新入り二人を紹介してくれるか?」
ブリューエットが微かに頷き、後方に目配せする。
カインの前に狩人の女と薬師の男が姿を現した。
「なんだ、お前らか。トリーネ、キリル」
「なんだは失礼だよー?プンプン」
「はい!俺達でしたっ!」
「いい加減、普通に口きけよキリル……」
「……キリルは権威に弱いからムリ」
そのとき【七ツ星】の残りの三人は、並んで人垣を眺めていた。
ナーゴ族の狩人がぼやく。
「ウチらより遅いとかあり得ないニャ」
赤毛の戦士も同調する。
「ああ。本当にノロマだよな」
ノーム族の僧侶が窘めるように言った。
「そんなふうに言うものじゃありませんよ。ミズ、デューイ」
「でも、言い出した奴らが遅れるってどうよ。ヒルヤだってそう思うだろ?」
「ええ、それはまあ」
「ミズだって思――」
「――来たニャ!【ノロマな亀さん】!」
ミズは人混みを縫ってこちらへ来る二人を指差した。
一人はマフラーが特徴的な小柄な女忍者。
もう一人は金の模様があしらわれた豪奢な鎧の聖戦士。
「申し訳ゴザらぬ!出発間際になってジゼル殿があれやこれやと難癖をつけるものでゴザルから!」
「なっ!?イロハさんが山盛りの荷物を持って出ようとするからでしょう!?」
「備えあれば憂いなし、と言うでゴザル!」
「ダンジョンに行くのに知恵の輪とかいりません!」
「いるでゴザろう、暇つぶし用に……」
それを聞いてヴァーツラフが豪快に笑った。
「ガハハッ、余裕だな嬢ちゃん。よっぽど自信あるんだな?」
「無論でゴザル!いかなる敵が現れようと、師匠直伝の『いつの間にかクリティカル』でバッタバッタと敵を屠って――」
「――聞き捨てならないねえ。ゆめゆめ油断するなと口を酸っぱくして教えたはずだがね」
「げえっ、ジル師匠!?いつの間に!!」
背後を取られ狼狽するイロハの耳元に、小柄な老婦が囁く。
「いつでもどこでも。お前さんが気づかないところから、私は見ているよ?」
イロハはブルブルと子犬のように震えながら、しきりに頷いた。
「まだまだ目が離せないねえ」
孫に向けるような目でイロハの背中を見つめるジルに、カインが尋ねた。
「ソロ専門のジル婆さんがよく参加する気になったな?」
「マリウスが一緒なら、私は誰とでもどこへでも行くさね」
「ハッ、そうかい。ごちそうさん」
聖騎士ジゼルにカミュが歩み寄り、深々と頭を下げた。
「お初に御意を得ます、聖騎士様」
「あら?あなたは」
「【天駆ける剣】所属、神殿騎士のカミュでございます。この度は誉れ高き聖騎士様とご同行できて光栄の至りです」
「そんな話し方おやめください、カミュさん。私達は共に迷宮へ赴く仲間です。私のことはジゼルで結構です」
「……では、ジゼル様。そちらのリーダーの姿が見えませんが」
「ギルドマスターにご挨拶してくるそうです。禁止区域である〈深層〉への立ち入りを許可してくださったので、その礼も兼ねてということでした」
「なるほど。しかし、ギルマスもよく許可してくれたものです」
「私達のリーダーも、この冒険の最大の難関はギルマスが許可してくれるかどうか、だと言っていました」
「……私達【天駆ける剣】も参加した救出作戦では死者も出してしまいましたから。責任者だったギルマスは思うところもあったことでしょう」
「ええ。だからこそ、期待に応えたいと思っています」
「私も微力ながらお手伝いします」
聖騎士と神殿騎士が決意を新たにしていたとき。
赤毛の戦士が大声で叫んだ。
「ジャーーーーーック!!久しぶりー!!」
「シーッ!声ガ大キイデスヨ、でゅーいサン!」
そう叫び返しながら人垣をかき分けてきたのは、見事な青鎧を装備したスケルトン。
そしてその後ろに、ペコペコと頭を下げる黒髪の頭が見え隠れしている。
ようやく人垣を抜け出てきたのは、銀色のローブを着た司祭だった。
彼の肩には緑色の妖精がまたがり、その上に覆いかぶさるように少女の幽霊が乗っかっている。
「やっと抜けた……なんでこんなに人が集まってるんだ?」
冒険前から疲労の色が浮かぶ司祭に、カインが言った。
「そりゃ、俺達を見に来てるのさ。ノエル、特にお前をな」
「へえ。それはさぞかしガッカリしたでしょうね。こんな地味な男で」
「なに言ってる。連中の目を見てみろよ」
言われるがままに、ノエルは人垣を見回す。
野次馬達の目はどれもこれも物語の英雄に向けるような輝きに満ちた眼差しで、ノエルは居心地悪そうに頭を掻いた。
その頭の上で、緑色の妖精と少女の幽霊が激しく言い争っている。
「おーりーてー!そこ、ルーシーの場所なの!」
「拒否します、ルーシー。ここは早い者勝ちだと話し合いで決しております」
「しらない!おーりーてー!」
「なあ、司祭さん」
ポーリがノエルの肩を指差す。
「飼いゴーストが一体増えたのか?」
「あ、皆さんにも紹介しときますね。ドライアドのサニーです」
「何いッ!!!」
一際大きな反応を示したのは、薬師キリル。
おぼつかない足取りでサニーに近づいた。
「お、お、お前……サニーなのか?」
「そうですよ、白い人。わたしはサニーです」
鈴を転がすようなその声に、キリルは膝をガタガタと震わせた。
「ノッ、ノエル。サニーは女の子だったのか?」
ノエルが首を捻る。
「どうだろう……性別自体ないんじゃないかな」
「トレントが、なんでドライアドに?」
「僕が石化して帰ってこれなかったとき、自分も捜しに行きたいと思ってくれてたみたいで。最近、トレントの体から精神を分離できるようになったんだ。その姿がドライアドってわけ」
「そっ、そうか」
キリルは膝を震わせたまま、サニーに尋ねる。
「サッ、サニー。俺のことわかるか?」
「わかります、白い人。いつもお世話してくださり、ありがとうございます」
「あ、う」
キリルは顔を真っ赤に染め、固まった。
「キリルが異種間恋愛に目覚めちゃった!ドキドキ!」
そう言って、トリーネは何度も跳びはねた。
「おい、司祭さん!」
ヴァーツラフがその野太い声でノエルを呼ぶ。
「もう行こうぜ!野次馬がまだ増えてやがる!」
「わかりました、ヴァーツラフさん!……っと、その前に――お二人もこちらへ!」
ノエルの招きに応じ、更に二人の冒険者がやって来た。【不死鳥の尾羽】の二人、マキシムとテレサだ。
「お前らも行くのか」
ヴァーツラフがそう問うとマキシムは、
「当然だ」
と答え、テレサは無言で頷いた。
「お前ら冒険者辞めたんじゃなかったのか?足だけは引っ張ってくれるなよ?」
「はん、ぬかせ」
「私もマキシムも、この日のために牙を研ぎ続けてきた。もう、あなた達【天駆ける剣】にも負けない」
「へえ、そりゃ楽しみだ」
ヴァーツラフの納得した様子を見て、ノエルはひとつ咳払いをした。
〈深層〉に挑む者達の目が、ノエルに集まる。
「みんな、今日は集まってくれてありがとう。正直、要請したときは一組、二組には断られると覚悟してたんだけど……誰一人欠けることなく集まってくれた」
「ほんと、馬鹿ばっかニャ」
リオの相槌に、一同に笑いが起こる。
「今回の第一目標は、【不死鳥の尾羽】をはじめとした石化した冒険者の救出。ルートは【ノロマな亀さん】で確認済みです」
「立ち入り禁止だったのに、どうやって下見したんだい?」
「それは想像にお任せします、ジルさん」
「ふん、そうかい」
ジルは鼻を鳴らしつつ、ニヤリと笑った。
「マレフィックとやらを討伐するんじゃないのか?俺はその気で来たんだが」
そう冗談めかして言うのはカイン。
ノエルはカインの言葉が、冗談だけでなく本気も含んでいることに気づいた。
カインが納得できる答えを返すため、ノエルは苦い過去に思いを馳せる。
「……七年前、僕がジャックに救出されたとき。窮地に陥った僕は、合成魔法『スリーシスターズ』を使いました。得られた奇跡は『敵全滅』です」
「もちろん知ってるぜ。死んだはずのお前が帰ってきたかと思えば、突然レベル三十台になってたんだからな。レベルアップの遅いお前がどんなズルをしたんだって、しばらく噂になってたぜ?」
ノエルはカインの言葉に苦笑しつつ、話を続ける。
「でも、マレフィックは死ななかった。視界にいるデーモンはおろか同じエリアにいるデーモンはすべて絶命したのに、奴は変わらず寝ていたんです」
カインの顔から笑みが消えた。
「……魔法の摂理さえ超越した存在だと言いたいのか?」
「あるいは、深い眠りの最中にあって敵と認識されなかっただけかも」
カインは腕を組んで押し黙った。
ノエルが重い空気を振り払うように、パンッと手を打ち鳴らした。
「だから、今回の第一目標は救出。そして第二目標がマレフィックの観察です」
それを聞いたカインが、プッと吹き出す。
「なんだかんだ言っといて、いつかはやるつもりじゃないか」
ノエルはそれに答えず、首を傾げてとぼけてみせた。
「まあいい。……じゃ、そろそろ行こうや」
カインの言葉にノエルが頷くと、それを合図に動き出す仲間達。
続々と迷宮の口に吸い込まれていく。
そして最後にノエルと使い魔達が歩き出した。
「ドウシマシタ、のえるサン?」
ジャックが振り返ると、ノエルは立ち止まって大門を見上げていた。
「ヤッパリ……不安デスカ?」
ジャックが心配そうに尋ねると、サニーが小さな胸を張って言った。
「心配ありません。今やお父様は偉大な冒険者です」
「……いだい?」
「加えて、お父様は最強です」
「っ!さいきょー!」
「即ち、お父様は無敵です」
「ルーシーも!ルーシーもむてき!!」
「……サニー。その手の言葉を並べるとルーシーが暴走しちゃうから」
ノエルはルーシーを落ち着かせつつ、また大門を見上げた。
「不安とかじゃなくてさ。……あと何度、この門をくぐって冒険できるのかなって。ふと、そう思ったんだ」
今まで幾度となく潜ってきた大門は、初めてのときと変わらない姿でノエルを見下ろしていた。
「アト何度カハワカリマセンガ――」
ジャックも同じように大門を見上げた。
「――キットマタ、デキマスヨ」
その答えに、ノエルは微笑んだ。
「そうだね。きっとまた」
そうしてノエルは迷宮へ一歩、踏み出した。
力強く、胸を張って。
頼れる相棒達と共に。
これにて『レイロアの司祭さま』終幕です。
視点がジャックだったり、人称が転じたりと好き勝手にやらせていただきました。
読みづらさを感じる読者さんもいらっしゃったことかと思いますが、最後ということでお許しいただければと思います。
連載中期から最終章の案はいくつか持っていて、最有力はジャックが記憶を取り戻す話でした。
ただその場合、ジャックはジャックでいられなくなってしまいます。
どうしてもそこに納得できない。しかし他の案はそれ以下の話。
ということで新たに捻り出したのがこの最終章になります。
私だけかもしれませんが、書いた直後って自分で出来がわからないのですよね。
時間を空けて読み直したとき、自分がどう感じるか。不安でもあり、楽しみでもあります。
最後に。
ここまでお付き合いくださった皆様に深く、深く感謝を。
※以下、補足という名の蛇足
【ノロマな亀さん】
ノエル、イロハ、ジゼルと使い魔達からなるパーティ。
ルーシー命名。
三人の職業の成長の遅さに由来する。
・ノエル→パーティリーダー。
『スリーシスターズ』で大量のデーモンを倒したことにより大幅レベルアップ。様々な魔法、及び合成魔法を使いこなす。
・イロハ→パーティの斬り込み隊長。
ジルに弟子入りし、『いつの間にかクリティカル』を習得。
その後、ノエルと組むことになる。
ノエルの『ミスト』との合体技、『霧隠れクリティカル』は強力。
・ジゼル→パーティの良心。
イロハ&ジャック&ルーシーというメンタルに問題アリの三人に危機感を募らせたノエルが、半ば強引にパーティに引き込んだ。
結成当初は二人に差をつけられていたが、魔力自動回復効果のあるマジックアイテムの獲得により才能開花。
・ジャック→パーティの盾役。
メタリックスキルを完璧に使いこなすまでに成長。〈深層〉探索経験により、斥候能力も習得。対して精神面は相変わらず。
・ルーシー→パーティの癒し担当。
バレット弾幕でモンスターを蜂の巣に。
サニーの使い魔化により、ポジション(ノエルの肩)争いが始まった。
ノエルのファミリアその①。
・サニー→パーティの新入り。
本体であるトレントから精神を分離した状態。
トレント状態のときより饒舌かつ毒舌気味になる。彼(彼女?)の加入により、三魔法合成が可能となった。
ノエルのファミリアその②。





