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右、左、右……分かれ道を交互に曲がり、クモの巣の中心部を目指します。
そろそろ着いてもいい頃合いなのですが。
……あれ?次は右でしたっけ?
何度も曲がりすぎて、わからなくなってしまいました。
首を傾げながら右折してみます。
そして少し歩くと……。
突然、広い空間に出ました。
見上げるほど天井が高く、大広間といった感じです。
ここが中心部でしょう。
そして、何より目を引くのが。
「コレハ……」
石像の群れです。
何百体、あるいは千体以上の石の立像が、大広間を埋め尽くしています。
石像は幾重にも円を描いて、整然と並んでいます。ちょうど、クモの巣迷路と同じような感じです。
この並び方、ちょっとだけbone踊りを思い出しますねえ。
石像と石像の間には等間隔に隙間が空いています。十分に歩ける広さの隙間です。
とりあえず、その隙間を歩いてみることにしました。
円の中心部を目指します。
石像は、近くで見るととても精巧な作りです。
どれも個性的で、ひとつとして同じものがない。
ポーズも様々です。
表情は苦しみに喘いでいたり、恐れ戦いていたり。
そんなデザインの顔ばかりです。
なんとなく不気味ですね。
これも壁の彫刻と同じ人物が彫ったのでしょうか。
石像は一様に円の中心部に顔を向けていて、そこに何かがあると告げているようです。
私は高揚感を押さえつつ、歩を進めます。
やがて石像の列を抜け、中心部に着きました。
周りを囲む石像が作り出した、円形の空間。
家のリビングくらいの広さでしょうか。
少しだけ周囲より明るい。
……それだけです。
他には何もありません。
「ハァ……骨折リ損ノクタビレ儲ケ、デスカ」
私は脱力して、床に座り込みました。
この後、どうしましょうかね。
来た道を戻るには、あの滑り台を登らねばなりません。
ロープはありますが、どうにかなりますかね。
別の道を探すべきでしょうか?
そんな風に思考を巡らせますが、イマイチ考えがまとまりません。
石像が気になってしょうがないのです。
この場所って、石像達の視線が集まるのですよねえ。
……いや、違う。
顔こそこちら側を向いていますが、彼らが見ているのはもっと上です。
立ち上がってみますが、それでも視線が合わない。
「上……?」
首を捻って見上げます。
「アッ!?ヒィッ!!」
私は腰を抜かして倒れ込みました。
私の頭上。
円の中心部の天井だけが抜けています。
その天井が抜けた空間に、巨大な灰色のモンスターが浮かんでいたのです。
「で、でーもん……ナノカ?」
人型。
石のように灰色の皮膚。
いくつも角の生えた頭。
背中にはコウモリのような翼。
体型はグレーターデーモンに似ています。
ただ、巨人のように大きい。
眠っているのか、膝を抱え丸まったまま動きません。
その体勢のままゆっくりと回転し、そしてわずかに発光しています。
邪神、魔王。
そんなことばでしか形容できない存在。
これは化け物です。
起こさぬうちに逃げ出さねば!
腰が抜けたまま、後ずさりします。
「ハッ、ハッ」
体を捻り、今度はほふく前進のような格好で距離をとります。
そして石像の列に入り、もう一度それを見上げました。
……眠ったままです。
ホッと息をつき、腰を上げます。
起きる気配はありませんね。というか、これって起きることがあるのでしょうか?
じっくり観察すると、生物が休息のために眠っているというより、永い永い眠りのさなかにあるような印象を受けます。
まるで神話に出てくる悪しき神が、ここに封印されているような。そんな感じです。
そのとき。
私は直感しました。
これは〈深層〉にいるデーモン達の信仰の対象なのでは?
磨かれた床も、壁の彫刻も、これを祀るためのもの。
デーモンはわんさかいるはずなのに〈深層〉が静かなのも、ここが彼らにとっての神殿だから。
ならば、この石像の群れは――石像のような姿のこれに対する供物といったところでしょうか。
「……イヤ!贄カッ!」
思わず出た声に、慌てて口を塞ぎます。
……大丈夫。やはりこれは微動だにしません。
ここに並ぶ石像は、ただの石像ではない。
きっと石化した人間です。
それをデーモンがここに並べたのです。
では、ノエルさんもこの中に!?
すぐさま、私は走り出しました。
近くの石像から見て回ります。
特にローブを着ている石像があったら、顔をしっかり確認します。
頭蓋骨を右へ左へ振りながら走っていると。
「アレハ!」
急停止し、その石像へ近づきます。
……間違いありません。【不死鳥の尾羽】のリーダー、シモンさんです。
囮となって亡くなったとばかり思っていましたが、石化させられていたのですね。
シモンさんがここにいるなら、ノエルさんも近くに!
私は、シモンさんの石像を中心に捜し始めました。
「ろーぶ、ろーぶ……」
走らず、丹念に見て回ります。見落とし厳禁です。
違う、これも違う。
そうして私は捜し続け、そして――。
「アア……」
私は立ち止まり、金縛りにあったように固まりました。
やっとです。
やっと見つけました。
三年ぶりの懐かしい顔。
その姿に全身が震えます。
私は、ノエルさんが石と化して〈深層〉のどこかにいると信じ続けてきました。
それは、
「そう都合よくいくか?普通に考えればデーモンに殺されているだろうよ」
「石化しているかもしれないが、バラバラに砕かれているかもしれないよ?」
こんな囁きを受け入れてしまえば、膝を抱えて動けなくなってしまいそうだったからです。
だから信じた。
無理があることはわかっていても、強く信じこんだ。
そして、信じた通りだった。
思わず泣きそうな気分になり、目元を拭います。
こんなとき、ノエルさんなら「汁気ないだろ」ってツッコんでくれるのですが。
ああ、早く声を聴きたい。
そのために、私はなけなしの勇気をふり絞ってここまで来たのですから。
震える手で懐を探り、首から下げたお守りを取り出しました。
小さな包み袋から取り出したのは小さな瓶。
緑色の液体が入った小瓶です。
これは石化回復ポーション。
とても高価なシロモノです。
私が一人〈深層〉を探索しているとどこからか聞きつけたリオさんが、私に譲ってくれました。
それからはお守り代わりに首から下げていましたが、今が使うときです!
小瓶の蓋を開けようとして、ハッと我に返ります。
大事なことを忘れていました。
慌てて石化したノエルさんの体を確認します。
石化した人間の体は、文字通り石と同じ状態です。
つまり、欠けたり割れたりするのです。
それに気づかず石化を解いたら怖ろしいことになります。
……よし、問題なさそうです。
「満遍ナク振リカケルノデシタネ……」
ゆっくり、丁寧に小瓶の中身をかけていきます。
灰色だったノエルさんの顔が、徐々に色を帯びていきます。
液体は染み込むことなくノエルさんの体の表面をを流れ、流れた場所を中心に色が戻っていきます。
そして全身の色が戻ったとき。
ノエルさんは崩れ落ちました。
「のえるサン!」
慌てて受け止め、そのまま抱きかかえます。
抱えた腕から体温が伝わってきます!
「のえるサン!のえるサンッ!!」
繰り返し呼びかけます。
すると……胸の十字架が発光し始めました。
「ぷはー!」
「る、るーしー!」
「ジャックぅ、おそいおそい!」
「ス、スイマセン。デモ、ガンバッタノデスヨ?」
「ルーシーだってまっくらで、でも出れなくて。すごーくいやだったんだから!」
「ソウダッタノデスカ」
ふむ、ルーシーは十字架から出られなくなっていたようです。
十字架も石化していたからでしょうか。
出られないけれどルーシー自身は石化していないので、ずっと意識はあったと。
……よく精神に異常をきたしませんね。
私なんかダークゾーンに何日かいただけでマリウス化を覚悟したというのに……。
「……う~ん」
「ハッ!」
ノエルさんが喋りました!意識を取り戻したようです!
「のえるサン!」
「ノエルぅ!」
ノエルさんは薄く目を開きました。
目を細めたまま辺りを見回し、それから抱きかかえる私を見上げます。
「のえるサンッ!私ガワカリマスカ!?」
ノエルさんは首を傾げました。
「ん~……骨?」
「ソンナ……私ヲ忘レテシマッタノデスカッ!?」
記憶喪失?石化による後遺症?
そんな不吉な言葉が頭の中を飛び交います。
「うそうそ。冗談だよ、ジャック」
ノエルさんはゆっくりと体を起こしながら、そう言いました。
私のこと、覚えてくれているようです。
「……ヨカッタ。ヨカッタァ~」
一気に力が抜けました。
本当によかった。
「ふふ、ごめんごめん」
ノエルさんが穏やかに微笑みます。
「……デハ、攫ワレタ時ノコトモ?」
「ん、覚えているよ」
そしてノエルさんは、私を真っ直ぐに見つめて言いました。
「……ありがとう、ジャック。助けに来てくれると信じてた」
その言葉に感極まった私は、ノエルさんの胸に飛び込みました。
「私モ信ジテマシタァー!……グスッ」
「ジャックぅ、よしよし」
ルーシーが私の頭蓋骨を撫でます。
ノエルさんが苦笑まじりに言いました。
「泣くなよ、ジャック。君は汁気ないだろ?」
「――ウワァーン!!」
とどめの一言で、私の涙腺は崩壊したのでした。





