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「ヌ、抜ケタ……」
羽音の後をつけて走り続け、やっとダークゾーンを抜けることができました。
久々に視界が戻ったため、目が眩みます。
飛行するデーモンについていくには、走る必要がありました。足音に気づかれやしないかとヒヤヒヤしましたが、杞憂だったようです。
この三年、〈深層〉で静かに移動することを繰り返してきましたからね。
もしかしたら、スキル『忍び歩き』とか獲得しているのかもしれません!
目の眩みも治まってきたので、周囲を見回します。
私がつけてきたデーモンの姿はありません。
ダークゾーンを抜ける直前、羽音が急に速度を上げて遠ざかっていきました。
おそらく、ダークゾーンはデーモンにとっても移動しにくい場所なのでしょう。そのためダークゾーン内ではゆっくり飛行していたのではないでしょうか?
そう考えると、徒歩の私がついていけたこととも辻褄が合いますね。
私は地図の束から白紙を取り出し、ここから見える地形をマッピングしていきます。
改めて見ると、ダークゾーンに入る前とは雰囲気が違います。
同じく石造りの回廊ではあるのですが、壁や柱に彫刻が彫りこまれています。
床石なんて、今しがた磨かれたかのようにピカピカです。
ここはどこかの宮殿か、はたまた神殿の類か。
そんな雰囲気です。
マッピングを終えた私は移動を再開しました。
近くで見る壁や柱の彫刻は見事です。
誰が彫ったものなのでしょうか。
もしや、デーモンが?
……爪で?
たくさんのデーモンが必死に壁に爪を立てているのを想像して、つい吹き出してしまいました。
これはいけません。
〈深層〉では一瞬の油断が命取りです。
ましてここは未探索のエリア。
異常を見落とさぬよう、歩かなければなりません。
どこに石化したノエルさんが転がっているかわかりませんからね。
そんな風に気を引き締めて歩いていたら、早速見つけました。
異常アリです。
近づいてみます……。
通路の真ん中の床が抜け落ちて、正方形の穴がぽっかりと口を開けています。
落とし穴です。
それも遠くからでも発見できるほど大きな、見え見えの落とし穴。
こんなのに引っかかる人、いるのですかねえ。
どうせならダークゾーンに仕掛ければ、回避困難な凶悪な罠となるのに。
そのとき、私はハッと気づきました。
私は〈深層〉で罠を見たことがありません。
三年も探索してて、一度もです。
……怪しい。
目の前の落とし穴が俄然怪しく見えてきました。
こんなとき、ノエルさんがいたらどうするでしょう。
きっと、納得するまでじっくりと観察します。
私もそれに倣うことにしました。
まずは周囲を歩いてみます。
一、二、三……二十六。この落とし穴は、私の歩幅で一辺が二十六歩ある正方形です。
本当に大きな落とし穴ですね。
次に落とし穴の中を調べます。
床に腹ばいになり、落とし穴の奥を覗き込みます。
……底が見えますね。あまり深くない落とし穴のようです。
ん?よく見ると、底に傾斜がついています。
まるで坂道のような……。
っ、そうか!
これは坂道!道なんですよ!
おそらく、〈深層〉には罠が存在しない。
であれば、この落とし穴は通路だと考えるべきです!上下方向の通路でも、飛行できるデーモンには問題ありませんから!
私は今までにない高揚感を感じていました。
広大で静かで、そして代わり映えのない〈深層〉をさ迷う日々。
こんなことを続けて、本当にノエルさんを見つけられるのか不安になったこともありました。
でも、ダークゾーンに落とし穴型通路の発見。
〈深層〉の核心に迫っている予感がします。
私は即座にこの落とし穴に飛び込むと決めました。
でもその前に、腹ばいのまま落とし穴に耳を澄まします。
下でデーモンが待ち伏せしているリスクもありますし、何より怖いのは水。
私は過去に得た【土左衛門】という不名誉な二つ名のせいで、泳ぐことができません。
下に水の気配を感じたら即、中止です。
……水音は聞こえませんね。
私はカバンをお腹側に抱きかかえ、落とし穴の縁に立ちました。
「トアッ!」
気合の声とともに、落とし穴へ飛び込みます。
「ウアァァ――ヘグッ」
落とし穴の底にお尻から着地しました。
浅いとはいえ、やはり痛いです。
「イテテ……アラ?アララ?」
底は思っていたより急斜面で、なおかつ床がツルツルです。体が勝手に滑り出しました。
「ヒィッ、ヒィィィー!」
手足を踏ん張りますが、止まりません。
すごい速度で滑っていきます。
坂道じゃなくて滑り台でした!
「ウゲッ!?」
滑り台の終わりが見えました。
なんと、尖った槍がびっしりと床から生えています。
「アワワ……めたりっく!めたりっく!」
必死で体をメタリック化します。
ギリギリ間に合い、私は槍の穂先をつるんと滑って石の床に落下しました。
「アツツ……ア、危ナカッタ」
尾てい骨を擦りつつ、槍の床を振り返ります。
「アルジャナイデスカ、罠……」
〈深層〉には罠が存在しない、なんて考えた自分に『ファイヤーボール』を食らわせてやりたい気分です。
気を取り直し、周囲を窺います。
小さな部屋です。
天井は低く、薄暗い。
しかし、壁の彫刻は健在です。
薄暗さと相まって、不気味な雰囲気が漂います。
正面に細い通路が見えます。
ここが行き止まりでないことに安堵しました。
この滑り台を登る自信はありませんからね。
通路際の壁に体を隠し、顔だけ出して通路奥を覗き込みます。
デーモンの姿は見えません。
通路へ踏み入ります。
少し歩くと、壁に突き当たりました。
そして左右に分かれ道。
左へ進みます。
今度は突き当たらず道が伸びています。
わずかばかりカーブしてる気がしますね。
しばらく歩くと、今度は直進と右への分かれ道に出ました。
……入り組んでますね。
ダークゾーンの迷路のような構造を思い出します。
私は再び地図を取り出しました。
ここからは、歩数を数えながら正確にマッピングしていきます。
時間はかかりますが、急がば回れ、です。
◇ ◇ ◇
「フウ、ヒト休ミシマスカ」
私は壁を背負って床に座り、書いたばかりの地図を眺めます。
歩数を数えて歩き、分かれ道に来てはマッピング。
それをひたすら続けました。
それでもこの迷路の一部分しか探索できていませんが、全体像は見えてきました。
どうやら思っていたほど複雑な迷路ではないようです。
まず、一番外側を環状の通路が通っています。その内側に少し小さめの環状通路があり、その内側には更に小さな環状の通路があり……。
つまり、輪がだんだん小さくなるように通路がめぐっているわけですね。
そしてその輪同士を短い通路がつないでいます。
私はここをクモの巣迷路と名づけることにしました。
現在私がいるのは、クモの巣の外側の部分。
……ではクモの巣の中心には、いったい何が?
この迷路の造りなら、右折と左折を交互にしながら進めば、中心部におのずと着くはずです。
私は地図をカバンに収納し、立ち上がりました。





