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「行ッテキマス」


 誰もいないリビングに向かってそう呟いて、私は玄関の扉を開けました。

 庭に目をやれば、サニーが寂しげに風に揺れています。

 庭の手入れは欠かしていませんが、それでもサニーは元気になりません。

 日に日に弱っている気さえします。

 主人の不在が彼(彼女?)の心を蝕んでいるのでしょう。

 早くノエルさんを連れて帰らねば。

 家を出て向かうのは大門。

 目的地は、あの〈ワープゾーン〉の先。

 もちろん、ノエルさんとルーシーを救い出すためです。


 あの忌まわしい日。

 ノエルさんとルーシーが消息不明となってから、三年もの月日が経ってしまいました。

 その間、私はほとんど毎日ダンジョンに潜っています。

 ですが、まだ二人は見つかりません。


「あの転移の瞬間、俺とテレサは武器を構えることさえできなかった。Aランク冒険者の俺達がそうなんだ。あまり自分を責めるな」


 先日久しぶりに会ったマキシムさんが、そう励ましてくれました。

 その言葉に少しだけ救われた気持ちになりました。

 ですが、諦めるつもりはありません。


「ジャック君」


 大門の前にマギーさんが立っています。

 受付カウンターが指定席の彼女がこんなところでどうしたのでしょうか。


「オハヨウゴザイマス、まぎーサン」


 マギーさんは挨拶を返さず、短く問いかけてきました。


「また、行くの?」


 ふむ、どうやら私を待っていたようです。


「〈深層〉はギルマスや【天駆ける剣】でも歯が立たなかったのよ?いくらメタリックスキルを持っていても、ひとつ間違えばあなたも帰ってこれなくなるわ」


 あの日。

 大門前へ『リープ』してきた私達は、すぐさまギルドへ駆けこんで事のあらましを伝えました。

 ギルマスはすぐさま冒険者を選りすぐり、救助に向かってくれました。

 メンバーは【天駆ける剣】とギルマス自身、そして参加を申し出てくれたBランク以上の冒険者達。

 そこにリオさんと黒猫団も加わりました。もちろん私もです。

 総勢三十人以上の精鋭パーティが〈ワープゾーン〉の先に飛び込みました。

 ……しかし、結果は芳しくなく。

 ギルマスが撤退の命令を下すまで、そう時間はかかりませんでした。

 帰り際、ギルマスが苦虫を噛み潰したように「敵が強い上に多すぎる」と漏らしたのを覚えています。

 ギルマスは〈ワープゾーン〉の先を〈深層〉と呼称することに決め、冒険者の立ち入りを禁じました。

 それほど危険な階層だと判断したのです。

 ま、冒険者でない私には関係ありませんし、禁じられたところで行くのですがね。

 〈深層〉はそんな場所ですから、マギーさんのご心配はもっともです。

 しかし、彼女の言葉に聞き捨てならない部分がありました。


アナタモ(・・・・)?のえるサンハ死ンダトオッシャリタイノデスカ?」


 マギーさんの顔に「しまった!」という感情がありありと浮かびます。


「で、でも……三年よ?仮に戦闘で生き延びていても、もう……」

「〈深層〉ニハ石化能力ヲ持ツもんすたーガ多クイタノデスヨ。石化状態ナラ餓死スルコトハアリマセン。りおサンモ、ソノ可能性ハオオイニアルトオッシャッテイマシタ」

「でも!……そうね、ごめんなさい」

「謝罪ノ必要ハアリマセン。私ナンカヲ心配シテクダサッテアリガトウゴザイマス」


 するとマギーさんは、泣きそうな顔で言いました。


「ジャック君。お願いだから、私なんか(・・・・)なんて言わないで?」

「……ソウデスネ。気ヲツケマス」


 主人を救えない使い魔など私なんか(・・・・)で十分だと思うのですが、私も大人の男ですので頷いておきました。

 私はマギーさんと別れ、ダンジョン入り口へ歩き出しました。

 私にはわかります。

 ノエルさんは生きている。

 そうに決まってます。


「……アレデ終ワリノハズガナイ。キットマタ、会エマス」


 私は首から下げたお守りをギュッと握り、そう呟きました。


 ◇       ◇       ◇


 〈深層〉はとても広大な階層です。

 三年かけて探索しても、未だその全貌は見えません。

 とはいえもう何度も足を運んでいるので、その特徴は掴んでいます。

 〈深層〉はとても静かで、うろついているモンスターと出くわすことは稀です。

 大きな音でも立てない限り、デーモンが大挙して襲ってくることはありません。

 思えば【不死鳥の尾羽】と来たときは、この静けさのために〈ワープゾーン〉から遠く離れた奥地まで行き、逃げ遅れてしまいました。

 逆にギルマス率いる精鋭パーティのときは人数が多すぎたのか、すぐにデーモンが押し寄せてきましたね。そのぶん〈ワープゾーン〉が近く、脱出自体はうまくいきました。

 この特徴は、私が一人探索するにはもってこいです。

 できるだけ静かに行動し、運悪くモンスターに出くわしたら立ち止まってメタリック化。

 要は子供遊びの「お人形さんが転んだ」作戦ですね。

 稀に銀の立像と化した私を不審に思ってなかなか立ち去ってくれないモンスターもいます。

 ですが、私はアンデッド。

 微動だにせずにいても疲れないし、お腹も空かない。

 我慢比べならお手の物です。

 あっ、そうそう。

 私、この三年で地図が読めるようになったのですよ。人間、必要に迫られれば何とかなるものですね。

 探索はマッピングしながらルートをひとつずつ潰していく方法で行っています。

 自作の地図もずいぶんな枚数になりました。

 こうなってくると、地図にない場所まで移動するだけでも骨が折れます。

 今回探索を予定している場所も遥か先。

 疲労しない私でも、気が滅入ってきます。


 ◇       ◇       ◇


 一昼夜は歩いたでしょうか。

 ようやく探索予定地点まで辿り着きました。

 前回、探索を断念した場所です。

 目の前の通路は暗く、まったく先が見通せません。

 ここから先は地図は不要なので、カバンに収納します。

 覚悟を決めた私は、暗い通路へ一歩踏み出します。

 するとたちまち辺りが真っ暗になりました。

 視界ゼロです。

 手を顔スレスレまで近づけても、まったく見えません。

 これはいわゆるダークゾーンというやつです。

 不可思議な黒い霧で覆われていて、ランタンや松明で明かりを得ることさえできません。

 前回は知らずに踏み入って、酷い目に遭いました。

 私は夜目が利くので、夜だろうが見えるのが当たり前です。そんな私ですので見えない状況が恐ろしくてパニックになってしまったのです。

 その反省を踏まえて、今回は対策を講じてきました。

 私は鞘に入れたままの剣を前に突き出し、移動を始めました。

 右足と左足の歩幅が同じになるよう意識しながら、一歩一歩慎重に進みます。

 しばらく歩くと、剣が堅いものにぶつかりました。

 剣を下ろし、空いた左手を伸ばします。

 どうやら壁のようです。

 今度は左手で壁に触れたまま、右手で壁と平行に剣を突き出します。

 こうして壁に沿って進むのです。

 こうすれば、いつかはダークゾーンを抜けられるハズ。

 最悪でも入り口に戻るハズです。

 この作戦でダークゾーンをサクッと突破して、今回こそはノエルさんとルーシーを見つけ出してみせます!

 ……途中、落とし穴とかあったら詰んじゃいますがね。


 ◇       ◇       ◇


 もう、帰りたい……。

 愛用のロックチェアにもたれてウトウトしたい……。

 このままずっと、暗闇をさまようことになるのでしょうか。

 頭がどうにかなりそうです。

 ……どうにかなったらマリウスさんみたいになるのでしょうか?

 そんなの嫌だー!

 弱音が口からこぼれそうになり、ぶんぶんと頭を振ります。

 正直、なめてました。

「サクッと突破して~」なんて考えた自分をぶん殴りたいです。

 このダークゾーンは広い。

 そして迷路のように複雑です。

 もう何度右に曲がったか、もう何日間暗闇をさ迷っているか見当もつきません。

 壁に触れる手を右手に替え、一旦戻るべきでしょうか。

 せっかくここまで来たのに?

 いや、そもそもどこまで来たのかわからないんですよ。

 そんな風に思考が堂々巡りしているとき。

 近寄ってくる音に気づきました。

 ……羽音です。

 ストーンフライ?

 念のためメタリック化し、羽音をやり過ごします。

 羽音は複数で、ひとつひとつの音がストーンフライのものより大きいです。

 おそらくはデーモンでしょう。

 羽音は私の頭上を飛び越え、遠ざかっていきます。

 ふと、考えが浮かびました。

 この羽音について行けば、ダークゾーンを抜けられるのでは?

 しかし、左手を壁から離すのに躊躇します。

 これは私の命綱。

 一度離せば本格的に迷ってしまうこと、請け合いです。

 ……無茶でしょうか?

 私は心を落ち着かせ、自分にそう問いかけます。

 次の瞬間。

 私は壁から手を離し、羽音の後を追って駆け出しました。

 無茶だというなら、〈深層〉にスケルトン一人で挑むこと自体、無茶です。

 無茶は元々。

 この上に多少無茶を重ねたところで、たいして変わりません。

 ノエルさん、待っててください!

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