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こんにちは。
皆のアイドル、ジャックです。
今、私達は窮地に陥っています。
ありていに言えば、大ピンチってやつです。
「クソッ、次から次へと……ハアッ!」
「おい、シモン!自動回復かけ直してくれ!」
「欲しけりゃお前がこっちへ来い!――『リジェネレート』!」
「上!上を見て!あれってストーンフライじゃ……」
「鑑定しました!ストーンフライで間違いないです!」
「……チッ!」
「デーモンの後ろのコカトリスも、上空のストーンフライも石化能力がある!放っておくと厄介だわ!」
「んなこたぁわかってるよ、テレサ!だがデーモン達を殺らなきゃどうにもならんだろ!」
私達は、なぜこんな状況に陥ったのか。
それはベルシップから帰った翌日に遡ります。
レイロアのある資産家の方から、ノエルさんに指名依頼がきました。
代理人の方が「やっと会えた」と安堵のため息を漏らしたところからして、不在中もたびたび我が家を訪れていたようです。
なんでもレイロアのダンジョン地下三階に〈ワープゾーン〉なるものが発見され、その行き先を調査してほしいとのことでした。
〈ワープゾーン〉とは床に魔法陣が描かれており、その魔法陣を踏むとまったく別の場所へ転移する罠のことだそうです。
宝箱の罠〈テレポーター〉に似ていますが、〈ワープゾーン〉は行き先が決まっています。つまり階段のように移動手段として使えるのです。
依頼主の資産家はその行き先が誰も到達したことのないエリアではないかと考え、探索チームを組織して一儲けしようと考えているようです。
それに先立って、まずはどのあたりの階層に繋がっているのか調べようというわけです。
ノエルさんの役割は鑑定と『リープ』。
ま、いつも通りの役割ですね。
少々探索しつつモンスターを何体か鑑定し、おおよその階層を割り出すというわけです。深い階層ほど強いモンスターがいますからね。
どこに繋がっているかわからないということは、どんな危険があるか予測できないということでもあります。
そういう意味で不安がありましたが、今回は戦闘担当として四人組パーティ【不死鳥の尾羽】が同行してくれると知らされました。
先日Sランクに昇格した【天駆ける剣】がレイロア一のパーティなら、Aランク【不死鳥の尾羽】はそれに次ぐ実力派パーティ。
私でもその名を聞いたことがあるくらいですから、知名度も抜群です。
それなら危険も少ないだろうと私もノエルさんも考え、依頼を引き受けたのです。
……その判断は間違っていたわけですが。
〈ワープゾーン〉で移動した先は石造りの回廊でした。
他の階層と違って、まるで手入れされているように整然としていて、とても静かです。
モンスターは影も形も見当たらず、私達は奥へ奥へと吸い込まれるように進みました。
そしてようやく、私達はモンスターを見つけたのです。
それは一体の人型モンスターでした。
背中にコウモリのような羽が生えています。
ノエルさんの鑑定結果はグレーターデーモン。
かつて戦ったレッサーデーモンの上位種です。
血のように赤かったレッサーデーモンと違い、濃い青色で体格も大きく筋肉質です。
私やノエルさんからすると一体でも厳しい格上のモンスターですが、【不死鳥の尾羽】にとっては違います。
五人はすぐさま武器を抜き、じりじりとデーモンとの距離を詰めていきます。
デーモンは棒立ちのような格好で、そんな五人を見つめているだけでした。
ですが、もう少しで互いの間合いに入る距離まで接近したとき。
デーモンは一声鳴いたのです。
それは図体に似つかわしくない、甲高い声でした。
「ちっ、さっそく仲間を呼びやがった!」
トロルの子供と間違えられるくらい大柄な戦士マキシムさんが、皆に注意を呼びかけます。
「わかってる。さっさと片づけるぞ」
言葉遣いの荒い僧侶、リーダーのシモンさんがトゲがたくさんついたメイスを振りかぶりました。
【不死鳥の尾羽】の手際は見事でした。
攻撃らしい攻撃もさせず、あっという間にそのグレーターデーモンを屠ったのです。
戦闘が終わると、シモンさんがパーティメンバーの傷を見て回ります。
そして後方待機していた私やノエルさんの元へも傷の確認にやってきました。
こういう気の回るところが彼がリーダーたる所以なのだろうなどと思って見ていると、シモンさんは「嘘だろ……」と呻くように言いました。
私はシモンさんが見つめる先、つまりは私の背後を振り返りました。
目に映ったのは、仲間に呼ばれたデーモンがこちらへ向かってきているところ。
それも、何十体も。
◇ ◇ ◇
「一声でこんなに集まるなんて……この階層、何かおかしいぞ!」
「マキシム、詮索はあとだ!――司祭!退避して『リープ』を!発動間際に俺達も飛び込む!」
「っ!はいっ!」
シモンさんの指示に、ノエルさんはその場を離れるべく走り出しました。
私とルーシーも後に続きます。
そして見通しのいい場所で壁を背負い、『リープ』の詠唱を始めました。
私はノエルさんの前に立ち、【不死鳥の尾羽】とデーモンの戦いを見守ります。
デーモンの群れはおそらく三十体以上。
おそらくというのは多すぎて正確な数がわからないのと、今も増え続けているからです。
騒ぎを聞きつけたのかニワトリ型のモンスター、コカトリスもいます。
上空にはストーンフライが何体も。
「ぐっ!不覚!」
二刀使いの女侍、アサギさんがストーンフライに噛みつかれました。
デーモンの間を縫って飛んできたのを見落としたようです。
噛まれた腰のあたりが、みるみるうちに装備ごと石と化していきます。
思うように動けなくなったアサギさんの腕を、デーモンがむんずと掴みました。
鋭い爪が食い込み、アサギさんの顔が歪みます。
それを好機ととらえた周囲のデーモンも、アサギさんに襲いかかりました。
まるで餌に群がる蟻のように。
「アサギ!下がれ!……アサギッ!!」
シモンさんの叫びも虚しく、アサギさんはデーモンの群れに飲み込まれました。
「糞デーモンどもがぁ!」
マキシムさんが戦斧を思い切り振り回し始めました。
それはもう力任せという言葉がピッタリで、先ほどまでの手際の良さは影も形もありません。
「ウラァッ!」
リーダーのシモンさんも、マキシムさんを窘める様子はありません。
自らも前線でメイスを振り回しています。
多勢に無勢。
復讐に燃え、我を忘れたリーダー。
私にでもわかります。
これは、無理です。
残る一人、テレサさんがこちらを振り向きました。
彼女は狩人。
主に弓を使って戦うため、他の三人よりも距離を取って戦っています。
目の前で仲間の死を見ていないぶん、頭に血が上ってはいないようです。
その顔は今にも泣きだしそうな、悲痛な顔です。
しかし、何も言いません。
表情から読み取れるのは、仲間を失った嘆き。そして死への恐れ。
彼女をその場に踏みとどまらせているのは、仲間を見捨てられない義務感のような感情でしょう。
私はあらん限りの声で叫びました。
「しもんサン!まきしむサン!頭ヲ冷ヤシテクダサイ!」
声に反応はありません。
それでも叫び続けます。
「コノママデハ、死ンデシマイマスヨッ!全滅デスッ!死ンダラ終ワリデスヨ!」
やはり反応はありません。聞こえていないのでしょうか。
「ホラッ、るーしーモ」
子供の声なら聞こえるかもしれません。そう思ってルーシーに促したのですが。
「ルーシー、死んでるけど毎日楽しいよ?」
「イヤ、ソウイウコトデハナクテデスネ……」
「ジャックも楽しいでしょ?」
「エエ、オ陰様デ楽シクヤラセテモラッテマス。……違ウ違ウ、ソウジャナインデス!」
私は頭蓋骨をぶんぶん振ったあと、ノエルさんの様子を窺いました。
目の前の惨状に顔色は優れませんが、詠唱は淀みなく続いています。
何度も耳にしてきた詠唱なので、進捗状況も大体わかります。
『リープ』の発動まであと少しです。
私はもう一度、声を振り絞りました。
「アナタ方ハ【不死鳥】ノ名ヲ冠シテイルノデショウ!?簡単ニ命ヲ投ゲ出シテイイノデスカッ!」
するとシモンさんが、左手でビシッ!と私を指差しました。
「言うじゃねえか、スケルトン!」
どうやら【不死鳥】という言葉が良かったようです。
しかし冷静さを取り戻したはずのシモンさんは、私達とは逆方向に走り出しました。
「何をしてるのシモン!?」
テレサさんの動揺する声に、シモンさんはニヤリと笑いました。
「俺が釣る隙にお前達は脱出しろ!」
「何カッコつけてやがる!その役は俺がやる!」
マキシムさんがデーモンの攻撃を戦斧で捌きながら叫びます。
「いいや、お前にもテレサにも無理だ」
シモンさんはマキシムさん達から距離をとって、魔法を発動しました。
メイスが怪しく光ります。
あれは……『ムーンライト』!?
何の意味があるのかと一瞬首を傾げましたが、その効果は絶大でした。
この場のいるすべてのデーモンの視線が、一斉にシモンさんへと向かったのです。
「そうか、グレーターデーモンは魔法感知能力があるから逆手に取って……」
「マキシム!御託はいいから!逃げるわよ!」
「だが、あれではシモンが!」
「だから無駄にするなって言ってるのよっ!!」
そしてテレサさんはこちらに向かって走り出しました。
その顔は涙でグシャグシャです。
遅れてマキシムさんも走り出しました。
狩人らしい素早さで、テレサさんはすぐに私達の元へ辿り着きました。
マキシムさんは……遅いです。
私どころかノエルさんより足が遅いかもしれません。
「マキシム!早く!」
「まきしむサン、急イデ!」
「はやく!はやく!」
私達に急かされ、マキシムさんが息も絶え絶えに走ってきました。
もう少しです。
彼の後方にデーモンの群れが迫ってきました。
シモンさんはやられてしまったのでしょうか。
ノエルさんの詠唱が早口になりました。
ゆっくり詠唱して、『リープ』の発動を先伸ばししていたようです。
やがてマキシムさんが私達の足元に倒れ込むように到着しました。
すぐさま、ノエルさんが叫びます。
「『リープ』!!」
景色が入れ替わっていきます。
この転移完了までの時間を長いと感じるのは初めてです。
入れ替わる景色の中、迫り来るデーモンの群れから一体飛び出してきました。
ものすごい速度です。
グレーターデーモンとサイズは変わりませんが、つるんとしていて白みがかっています。
白いデーモンは瞬く間に私達に肉薄すると、ノエルさんの肩口をガシッと掴みました。
途端にノエルさんの姿が見えづらくなりました。
入れ替わる景色の中に、ノエルさんまで含まれてしまっているのです。
「うぐっ。転移に干渉するなんて……こいつ、エルダーデーモン!?」
「ノエルっ!!」
私が反応するより先に、ルーシーが飛び出しました。
胸の十字架に吸い込まれるように消えます。
そして私が剣を抜き、デーモンに突きつけたとき。
そこにデーモンの姿はありませんでした。
私はアゴ骨をガクンと落としたまま、頭上を見上げます。
そこには見慣れた建造物がありました。
これは、大門。
慌てて後ろを振り向くと、見慣れたレイロアの街並みがありました。
転移が完了してしまったのです。
脱出できたのは、マキシムさんとテレサさんと私の三人だけ。
ノエルさんとルーシーの姿はありません。
大変なことになってしまいました。





