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「ふう、極楽、極楽……」


 別荘のバルコニー。

 僕は三つ並んだデッキチェアの真ん中に寝転び、暖かな日差しを全身に浴びていた。


「コレハあんでっどヲだめニシマスネエ……」


 左のデッキチェアに寝転ぶのはジャック。

 日光浴するスケルトンというのはなかなかにシュールだ。

 口をあんぐりと開けて横たわるその姿は、神の奇跡にひれ伏す亡者を彷彿させる。


「ゴロゴロゴロ……」


 右のチェアで喉を鳴らしているのは女商人ことリオ。

 膝を抱き込むようにして、心地良さそうに微睡んでいる。


「御主人様ノ作戦通リニイキマシタナ。オ見事デゴザイマシタ」


 僕はデッキチェアの後ろに姿勢よく立つジェロームを振り返った。


「大した作戦じゃないよ。危ない場面もあったしね」


 実際、作戦自体はお化け屋敷騒ぎを起こして別荘の値を下げるという子供のイタズラレベルのものだ。

 子供のイタズラと違うのは、こちらは本物のお化けを使うという一点だけ。

 しかし、本物のお化けを使うからこその気がかりがあった。

 ターンアンデッドだ。

 ゴーストシップ討伐にほとんどの僧侶が出かけているのは確かだが、残っている僧侶もいるかもしれない。

 そこで除霊司祭ノエルの登場と相成ったわけだ。


「ジェロームこそお見事だったよ。よくやってくれた」

「イエイエ私ナド……」


 手を振って謙遜するジェロームは、ふと遠くを見つめた。


「タダ……情ガ移ッテシマッタノデスカナ。アノ社長ノコトヲ少々不憫ニ感ジテシマイマシタ」

「……そうだね。まさかベルシップを去るとは思わなかったなあ」


 リオとの交渉の翌日。

 社長は社員達を集めると、いきなり会社をたたむことを宣言。

 そしてその足で街を去っていったのだ。

 ジェロームによると、実はリゾート計画のために借金が嵩んでいたらしい。

 羽振りは良さそうに見えたので、まさかそんな財政状況だとは夢にも思わなかった。

 土地の入手はリック親子にやったような卑怯な手口で安く済ませる計画だったようだ。

 だが社長にとって計算外だったのは、山の中腹へ通す道の開発資金。

 初めのうちは山の裏側に馬車駅を増やしてアクセスを良くする程度の話だった。それが金持ちのリクエストに応えるうちに直接馬車を乗り着ける道を通すことになってしまった。最終的には山にトンネルまで掘るまでになっていたらしい。

 このリゾート化計画は、社長にとって大博打だったのだ。

 ちなみにジェロームがこの話を知ったのは、リオと社長の会談直後。

 社長はすべてをジェロームに打ち明け、その上で「お前だけは共に来てくれないか」と頼んだのだそうだ。

 他人を信用しないというジェロームの人物評だったが、当のジェロームのことだけは信用していたということだ。


「マア、身カラ出タさびナノデスガ」

「うん。土地の買収をケチらなければ、望み通りになったかもね」


 室内からリックママの声が響く。


「皆さん、お食事の用意ができましたよ」

「ニャッ!おさかニャー!」


 跳ね起きたリオが、ナーゴ族らしい敏捷性で部屋に駆け込む。

 僕も大きく伸びをして立ち上がり、部屋に入る。

 十人は同時に食事できる大きなテーブルに、魚料理を中心とした皿が所狭しと並んでいた。


「スゴいニャー!ここは天国だニャー!」


 フォークとナイフを構えたリオが今か今かと待っていた。


「リックママ。病み上がりなんですから、あまりご無理はなさらないでください」

「いえいえ。このくらいしか恩返しできませんから」


 リックママは朗らかに微笑んだ。


「ノエルぅ~!はやくはやく!」


 ちっちゃな皿がいくつも並んだお盆を前に、ルーシーも待ちきれないといった様子だ。


「はいはい。……では、いただきます」

「「いただきまーす!」」


 実際に食べるのは僕とリオとリック親子だけだが、大変賑やかな食卓となった。


「むぐ、ノエル兄ちゃんのおかげで家を取り返せたよ!ありがとう!……あむっ」

「リック、食べながらお礼を言うなんて、もう……」

「リックぅ、ルーシーは?」

「もちろん、むぐ、ルーシーもありがとう!」

「むふー」


 にまにまと笑うルーシー。


「確かに、今回はルーシーが一番がんばったかもね」

「むふふー」


 僕が彼女の頭を撫でると、更に満足げに笑った。


「他の皆も!ありがとう!」


 リックが立ち上がって頭を下げた。


「モウ、詐欺紛イノ商売スンジャネエゾ!」


 ドミニクが偉そうにそう言うと、リックはばつが悪そうにポリポリと頭を掻いた。


「あの……ノエルさん、リオさん」

「はい?」「んニャ?」


 僕とリオの視線が同時にリックママへと向かう。


「本当に、お金はよろしいのでしょうか」


 するとリオは食べる手も休めず、そっけなく答えた。


「それはもう、終わった話ニャ」


 それだけ言うと、魚料理へ視線を戻した。

 リオがこの家を購入した価格は二十万シェル。

 リックママの集めたお金でリオに返済することもできたのだが、リオの「借金した金を借金の返済に充てるなんて馬鹿のすることニャ」という一言で、僕とリオで折半することになった。

 そのかわり、冬の間に黒猫堂の保養地がわりに自由に使わせてもらうことになっている。レイロアが雪に覆われる季節に『テレポート』でやって来て、ここを拠点に休暇なり冒険なりするつもりだ。


「僕達も下心あってのことですし、気にしないでください」

「そんな、下心なんて。冬だけと言わず、いつでもいらっしゃってください」


 リックママの言葉に、リックも大きく頷く。


「そうだよ!こんなに大きい家になっちゃったし。賑やかなほうが楽しいよ!ねえ、ママ!」

「ええ、そうね」


 リックママは静かに席を立ち、バルコニーの入り口から外の景色を眺めた。

 その背中が、僕には少し寂しげに見えた。


「……建て直す前の家が恋しいですか?」


 リックママは目を丸くして振り返り、それから微かに笑った。


「そうですね、確かに愛着はありました。でも、一番手離したくなかった物は戻ってきましたから」


 リックママは柱に手をかけ、一歩だけバルコニーへ出た。

 そして海を見下ろす。

 潮風に彼女の長い髪がなびいた。


「あっ!パパとそうやって海を見てたね!」


 リックは椅子から飛び下り、リックママに駆け寄った。


「ええ」


 リックママはリックの背中に手を回し、嬉しそうに頷く。


「ママね、ずっとこの景色を見てきたの。子供の頃はお爺ちゃん、お婆ちゃんと。結婚してからはあの人と。今はリック、あなたと。……一緒に見る相手は変わったけれど、この風景は変わらない。眺めるときの気持ちもね」

「これからはノエル兄ちゃん達も一緒だね!」

「ええ、そうね」


 そして二人は部屋の中にいる僕達に笑いかけた。

 青空の下、美しい渚を背景に微笑む母と子。

 それはバルコニーの床板と屋根、それを支える柱を枠とした一枚の絵画のようだった。

『渚の見える風景』これにて終幕です。

次話から最終章に入ります。

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