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「コチラデゴザイマス」


 ジェロームが社長室の扉を開け、恭しく頭を下げた。

 入ってきたのはナーゴ族の女商人。

 彼女の後ろには二人の護衛が続く。

 女商人はジェロームを一瞥もせず、無遠慮に室内に入ってきた。

 そして応接用のソファに座る社長の姿を見つけ、その対面に体を投げ出すように座った。護衛の二人はソファに座らず、女商人の後ろに回る。

 社長の後ろに立つ僕が恐る恐るといった様子で一礼すると、彼女はフンッと鼻を鳴らした。

 扉を閉めたジェロームが僕の隣に立つと、社長がジェロームに口を寄せた。


「……お前のフードつきマント。レイロアで流行ってんのか?」


 社長がこう聞くのは、相手の護衛二人もジェロームと同じマントを着ているからだ。


「熟練ノ冒険者ナラバ、必須ノ装備デゴザイマス」

「なるほどな。……向こうの二人もお前と似たような腕ってことか」

「オソラク」


 社長はそれを聞き、どのような態度で交渉に臨むか決めたようだ。

 自分から腰を浮かせ、女商人に手を差し出した。


「ジャスティス不動産のバロウドだ」

「黒猫堂のリオニャ」


 短い挨拶が終わると、社長は前屈みに座って話を切り出した。


「聞いたぜ。あんた、レイロアじゃ名うての商人なんだろう?」

「ニャッハッハ。名うては言い過ぎだニャ」


 女商人は表面上だけ笑い、謙遜して見せた。

 しかし、彼女が本気で喜んでるのが僕にはわかる。何故なら、彼女の尻尾が右へ左へと忙しく動いているから。


「そんな商人がなんでまたイシュキーヴへ?」

「それはもちろん商売ニャ」

「商売、か。わざわざ砂海を越えてきたんだ『ちょっと仕入れに来ました』ってわけじゃない。腰を据えて商う気と見たんだが……どうだ?」


 すると女商人は返事の代わりに、商人が客前で見せるような作り笑顔を浮かべた。

 それを見た社長が、わざとらしく膝を叩いて笑う。


「ハハッ!そんなに警戒しねえでくれよ。じゃあ、これは仮の話だ。仮に、こっちで本気で商売する気だとして……イシュキーヴでやるのは大変じゃねえか?あそこは商人の街と言えば聞こえはいいが、要は豪商ひしめく激戦区だ。よそ者じゃあ隙間に入り込むことさえ困難だろ?だいたい、商人会議に入れなきゃ店を構えることさえできねえ」

「確かにニャあ……まだ来たばっかニャんだけど、感触は良くないニャ」

「そうだろう、そうだろう。イシュキーヴで商売するってのは簡単じゃねえ」


 社長はうんうんと頷き、それから上半身をグッと前に出した。


「そこで、だ。ここベルシップにうまい儲け話があるんだが……あんたやらねえか?」

「……儲けばニャし?」


 女商人の猫耳がピクンと動く。

 社長は好感触と見るや、すぐに窓の外を指差した。


「山の中腹の別荘が見えるか?」

「ん~……見えるニャ。なかなか豪華な建物だニャあ」

「だろう?俺が建てたんだ。あの辺りをリゾートにする予定でな、内装の方もなかなかだぞ」


 社長は満足げに笑ったかと思うと、急に表情を曇らせた。


「実は俺の身内に不幸があってな。里に戻らなきゃならなくなった。……だがリゾート化計画を途中で投げ出すのが口惜しくて堪らない」


 社長は実に悔しそうに唇を噛む。


「俺はあんたに譲りてえと思ってる。もちろん、勉強はさせてもらう」


 女商人は窓から社長へ目を移した。


「アタイとあんたは初対面ニャ。なんでアタイにそんな話をするのニャ?」


 女商人の目にはハッキリと疑いの色が浮かぶ。

 対する社長は目を逸らさず、真剣な表情で女商人を見返した。


「……俺は強い奴が好きでな。あんたがあの迷宮都市レイロアで鳴らした商人と聞いて、ビビッときた。こうして直接話してても、あんたが商人としても冒険者としても強え奴だってビンビン伝わってくる。俺はな、強い奴にこそ、後を継いでもらいてえ」

「ふーん。……いくらで売ってくれるニャ?」

「……一千万」


 女商人の方もじいっと社長を見つめ返していたが、ついに口を押さえて笑い出した。


「キッシッシッ……あのホラーハウスが一千万!?馬鹿も休み休み言うニャ」

「……チッ、知ってんのかよ!」


 社長は演技をやめ、不快感を滲ませた。


「だがな、あの物件は二千万で売るつもりだったんだ!水引いてプールまで作った!一千万でも安い!」

「物件はどこにあるかが重要だニャ」

「ロケーションだって最高だ!だからこそあそこを選んだんだからな!」

「そうかニャ?買い物するにもよその町へ行くにも、あの急勾配の山道を歩かなきゃいけニャいんだろ?」

「……道を通す予定だ」

「それはいつ通るのかニャ?あんたはベルシップを離れるんだよニャ?」

「チッ」


 社長が心底腹立たしそうに舌打ちする。

 僕達の集めた情報の中にも、社長が山の中腹へ道を通すつもりだという話はあった。

 だが別荘を手放す社長には、もはやそれを実現させる理由がない。


「あーあ、クソッ!うまくいかねえなあー!」


 社長は天井に向かって子供のように不満をぶつけた。

 そしてもう一度、女商人に目を戻す。


「……で、いくらなら買う?」

「ニシシッ、話聞いてたニャ?アタイはホラーハウスを買う気ニャんて――」

「あるよな?ホラーハウスと知っててここにいるんだから。あんたは俺から買い叩く気で来たんだよ。そうだろ?」


 今度は女商人の顔から笑顔が消えた。

 そして爪の長い指を二本立てた。


「二百万!?足元見やがって……」

「んニャ。二十万ニャ」

「……はあ?ふざけてんのか!?」


 社長が目を剥いて立ち上がった。


「二十万シェル。それ以上はびた一文払う気はないニャ」

「おいおい、そんな金額で売るわけないだろ?それならこいつ(・・・)に借金背負わせて買わせたほうがマシだ」


 こいつというのは無論、僕のこと。

 だが女商人は鼻を鳴らして笑った。


「フン、好きにするニャ」

「そんな殺生な~!」

「司祭は黙ってるニャ!……社長、物には適正な価格というものがあるニャ。あんたは巨大悪霊憑きの物件に二百万の価値があると本気で言ってるのかニャ?商売人であるアタイに対して?」

「……チッ。お前はどうするつもりなんだよ」

「ん?何がニャ?」

「お前はその巨大悪霊憑きの物件を買って、どうするつもりかと聞いてんだ!どうせ事情を知らない奴に転売しようとでも思ってるんだろうが……売れねえぞ?その道の俺がこうして苦労してるんだからな!」

「転売なんて考えてニャいニャ。レイロアの冒険者をニャめんなよ?アタイは名前付き(ネームド)アンデッドも討伐したことがある。お前とは鍛え方が違うんだニャ」

「アンデッド倒して売るってか?……ムダだ。祓っても祓っても沸いてくる土地なのは、その司祭が証明してる」

「わかってニャいニャあ……」


 女商人はやれやれ、とでも言う風に首を振った。


「アンデッドが無限に沸く?素晴らしいじゃニャいか!これ以上の訓練施設はそれこそ迷宮以外ニャい!」


 そう高らかに宣言し、こぶしを突き上げる女商人。


「く、訓練施設!?俺が苦心したあの別荘を、訓練施設なんぞにする気なのか!?」


 驚愕の表情を浮かべる社長。

 どうやら社長なりに思い入れがあるらしい。


「有効利用してもらえて嬉しいニャ?これで何の憂いもなく田舎に引っ込めるニャ!」


 ブルブルと震える社長に、ジェロームがそっと耳打ちした。


「……社長。日ガ経テバ、マスマス売レナクナリマス。ココハワズカデモ金ニ換エテオクベキカト」

「わかってる!」


 社長は両手で机を叩き、そして静かに頷いた。


 こうして、別荘(元リック家)の所有権は黒猫堂の女主人へと移ったのだった。


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