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 戦い始めて一刻ほど経っただろうか。

 ゴブリンの死体が山と積み重なるようになってきた。ジャックは件のモヒカンと取っ組み合いになっている。泥仕合の様相を呈してきた。

 僕は回復に専念しようと思っていたのだが、まだ一度も回復魔法を使っていない。

【鉄壁】の面々がとにかく安定しているのだ。お互いの死角をフォローしながら傷らしい傷を負わずに敵を屠り続けている。

 だが傷とスタミナは別の話だ。一向にゴブリンの数が途切れる気配が無く、流石に皆の顔に疲れが表れてきた。今も村の端にある森の中から出てくるゴブリンが見える。目を凝らすとゴブリンの中にサイズが違うのが混じっているような……


「おい、ゴブ共にオーク混じってるぞ!」

「…………。やばいかもしれん、気を引き締めろ」


 Bランクである3人にとってゴブリンは勿論、オークもザコである。警戒しているのは別の存在だ。

 ゴブリンとオークは人間側から見れば似たようなものだが、完全に別種だ。共生関係でもない限り、仲良く共同戦線なんて有り得ない。一緒に行動しているならば、支配している強力な個体がいると考えるべきだ。


「右奥の燃えてる家の後ろ!こちらを覗いてる!」


 トールさんが悲鳴にも似た声を上げた。

 指し示す先には、民家に隠れきれない巨体が有った。揺らめく炎に照らされて醜悪な顔がニヤニヤと笑っているように見えた。


「便利屋、仕事だ!鑑定しろ!」


 一瞬固まってしまったが、ラシードさんに促され慌てて鑑定する。


「……種族トロール、名前付き(ネームド)!【血浴のワ=ドゥ】!」

名前付き(ネームド)かよ……」


 僕は以前読んだ本にあった記載を思い出していた。


 ――名前付き(ネームド)

 モンスターは種族によって強さが決まるものである。無論個体差はある。だがその個体差も種族の枠に収まるものでしかない。強いスライムは所詮スライムという種族の中で強いに過ぎないのだ。

 しかしながら極稀れに種族の枠を大きくはみ出す存在がある。それが名前付き(ネームド)である。モンスターに対し鑑定を行うと種族名だけが表示されるのが通常であるが、二つ名と名前が合わせて表示される事に由来する。

【腐り王ホスロー】【城崩しのブルンゴ】等は有名であろう。多大な被害を及ぼした2体であるが、前者はマタンゴ、後者はオークである。どちらもモンスターのヒエラルキーでは底辺に近い。それが都市を滅ぼし国を揺るがしたのである。名前付き(ネームド)の規格外さ加減が分かるだろう。一方で極々稀れではあるが【愚鈍のマーフィ】のように元の種族より明らかに弱い個体も確認されている。


  出典 リィズベル怪物知識拾遺



 よくよくゴブリン達を見てみると恐慌しているような危機迫った表情で向かってきている。あの名前付き(ネームド)トロールが暴力を背景に支配しているのだろう。


「便利屋!攻撃魔法あるか!」

「ありますけど……オークでも一撃とはいきません」

「となるとトロールに打つのは不味いな。下手に刺激してトロールまで向かってきたら全滅だ」

「的だけはデカイのに惜しいな」


 夕暮れが迫り風が冷たくなってきた。終わりの見えない戦いと、その終わりに待つ巨大な敵。気力を保てというのは無理な話だ。このままでは……

 僕は落ちかけた夕日を見て仲間たちに叫んだ。


「日が暮れたら一つ手を打ちます!」

「どんな手だ?どうにかなるのか?」


 オークの首に剣を刺し込みながらラシードさんが尋ねてくる。


「時間稼ぎ程度ですが」


 やがて太陽が姿を隠したのを確認して胸の十字架をトントンと叩く。


「ルーシー、夜だよ。出ておいで」


 十字架はブルリと震え、うっすらと光る煙のようなものが立ち上る。


「うお、なんだ!?」


 ビリーさんが驚いて背を丸める。

 やがて煙は僕らの頭上で人の形へと変化していく。腰まで髪を伸ばした可愛らしい少女の形だ。ただ、その色彩は頭から足の先まで灰色一色に染まっている。


「ゴ、ゴースト?」


 そう、僕のもう一人の相棒であるゴーストのルーシーだ。どういう仕組みか分からないが日中は十字架の中で寝ている。


「うわぁ、なんかいっぱいいるね」


 ルーシーがゴブリンの群れを見てのんびりとした感想を述べる。


「ルーシー、アレ頼む!皆さん耳をふさいで下さい!」

「ん、わかった!」


 すうーっと息を吸い込むような仕草をするルーシー。

 僕が耳をふさぐのを見て3人も慌てて耳をふさぐ。ジャックは耳がないから大丈夫。たぶん。


「……ァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 スキル『嘆きの声』。

 アンデッド特有のスキルで恐怖やパニックを引き起こす。動じない相手には無意味だが、臆病者には効果覿面だ。広範囲に効果があるのもポイントだ。

 トロールに怯える多数の臆病なゴブリン達。このスキルを使うにはうってつけだ。きっと戦意を奪うはず。逃走する者もいるかもしれない。

 ……などと考えていたのだけれど、効果はそれを上回る劇的なものだった。


「ギギイイ!」「ゲ…ゲ…グ」

「ヴヴヴ…」「ア゛ア゛ア゛!!」

「アヒイィィィ!ピェェェー!」


 逆にこちらが不安になる程の錯乱、パニック。頭を掻き毟り狼狽している者、顔を覆い泣き崩れる者、同士討ちを始める者。近くにいるほとんどのゴブリン、オークが激しく取り乱している。

 ちなみに最後の叫びはジャックだ。モヒカンと仲良く抱き合いながら錯乱している。大丈夫じゃなかった。


「これは凄いですね……」

「いや、まさかここまで効くとは思いませんでした」

「なんでもいいさ、これで時間が出来た。でかした、ゴーストの嬢ちゃん」

「ルーシー、できる子だもん」


 ルーシーは照れながらも小さな胸を張る。


「この村長ん家?の中の連中を連れて早く逃げようぜ」

「そうだな……おーい!中の人、聞こえるか!」

「馬車持ってきた方がいいですかね?」


 などと逃げる算段をしている時、更なる変化が起きていた。

 建物周辺のゴブリン達の混乱は波の様に広がり、全てのゴブリン、オーク達を飲み込む。それは凄まじい喧騒となり、僕達は互いの声を聞くのも苦労するほどの騒がしさに危機感を覚えた。

 とにかく脱出を急ごうと最低限の段取りを決め、行動を開始しようとした、その瞬間。



 一斉に音が消えた。

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