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「私達の住んでた家にそっくりねえ、マリア!」

「ええ。燃えた家にそっくりよ、お母さん!」


別荘の周囲をエマ親子が飛び回る。


「る~ら~る~♪」


屋根に座って美声を響かせるルーシー。


「ヨッ、ホッ!」


それに合わせて奇妙な振りで踊るジャック。


「ガッハッハ!踊レ!踊レエ!」

「ウシャシャシャ!」


それをドミニクが酒ビン片手に囃し立て、マリウスが狂ったように笑う。

まるで小規模なBone踊りのような光景が、夕闇の中で繰り広げられていた。

そこへジャスティス不動産社長が大股で歩いてくる。


「チィッ!案の定、外まで溢れてやがる!」


社長は舌打ちし、不快感を露にした。

その横にはいつものようにジェローム。

そしてその後ろには、三十人くらいのジャスティス不動産の社員がついてきていた。各々、手に松明を持っている。


「しゃ、しゃ、社長~」


僕はできるだけ情けない感じで、社長に駆け寄った。


「こいつら増えるばっかりでどうしようもないんですぅ~」

「ええい、まとわりつくな鬱陶しい!てめぇはほんと役に立たねえな!……お前達、囲め!」

「……何をなさるおつもりなんです?」


僕が恐る恐る尋ねると、ジェロームが不満げに答えた。


「社長ハ、別荘ヲ焼キ払ウオツモリデス」

「や、焼き払う!?別荘をアンデッドから取り返すのではなかったのですか!?それでは元も子もないのでは……」

「……私モソウ進言シタノデスガ、ネ」

「しつこいぞ、ジェローム!この俺がナメられたまま終われるか!アンデッドごと燃やして、また建てりゃいいんだよ!」


僕は本気なのかと目線でジェロームに問うと、ジェロームは微かに頷いた。

これは不味い。

別荘を焼かれては作戦が台無しということもあるが、何が一番不味いってそれは――。


「ぎゃあ!で、出たあ!」


社員の一人が別荘のバルコニーを指差す。

そこにいたのは、下からの不気味な光に照らされた少年の幽霊。

感情の抜け落ちた顔で社員達を見つめている。


「おい、何をやってる!」


社長の怒声が飛ぶが、社員は腰を抜かして震えている。


「し、社長!あれはこの家に住んでた小僧でさあ!」

「そういえば……」

「俺も見たことある」

「ば、化けて出たってのか!?」


社員達に動揺が広がる。

もちろん、リックは化けて出たりなどしていない。

どうしても手伝うといって聞かないリックのために、出番を用意したのだ。

バルコニーの床部分に『ムーンライト』をかけ、布を被せておく。出番のタイミングで布を取り去り、リックはそれっぽい服装でそこに立っているだけだ。


「情けねえ……てめぇら、それでも俺の部下か!貸せ、俺がやる!」


社長は社員の一人から松明を乱暴に奪い取った。


「アンデッドは火に弱え!化けて出ようが燃やしちまえば関係ねえ!」


別荘が燃えてもジャック達は逃げおおせるだろう。

でも、今日はリックもいる。

ジャック達が連れて逃げてくれるとは思うが、万が一も有り得るのだ。

何か手はないか……。


「また私の家を燃やすつもりぃぃイ!?」


鬼の形相のエマが社長に飛びかかった。


「チッ、クソっ!……どけ!」


まとわりつくエマにを松明を振り回して追い払いつつ、社長は別荘に迫る。

……そうだ。

僕は小声で詠唱を始めた。


「……荘厳なる霧の女王よ。その御手をもって我が敵の目を白く染め上げ給え。『ミスト』」


〈霧竜のローブ〉が反応し、一瞬のうちに辺り一面が濃い霧に覆われた。


「霧!?今度は何だってんだ!……ジェローム!」


社長の動揺した声が霧の中に響く。

近くにいたジェロームが、僕の目を見て叫んだ。


「不明デス!……スグニオ側ニ参リマスノデ、動カナイデクダサイ(・・・・・・・・・)!」


僕は頷き、意識の底で繋がる糸を手繰った。

(ルーシー……ルーシー、気づいてくれ!)

すると程なく、霧の中から発光する霊体が現れた。


「ノエルぅ、呼んだ?」

「呼んだ!肩に乗って!」

「ん、わかった!」


僕が合唱魔法をイメージすると、ルーシーにもそれが伝わるのが手に取るようにわかった。


「「せーのっ、『イリュージョン』!」」


霧の色が抜け落ちてゆき、薄絹のような白さと光沢を帯びる。

社長は奪われていた視界が急に戻ったことで、更に警戒感を強めている。

そこへ――。


『我らが土地を犯すのは誰ぞ』


地鳴りのような声が辺りに轟く。

社長が、声のする別荘の上空を見上げると。


「……何だよ、コリャ」


呆気に取られる社長の目の前に、別荘に比する大きさの老人の生首が浮かんでいた。ボサボサに伸びた長い髪が、蛇のように蠢いている。

醜悪な顔を歪ませて、別荘を囲む社員達を睨む。


『お前か?……それともお前か?』

「あっ、あっ……」

「おぶぶぶ……」

「違う、オレは関係ない~っ!」


その場で固まる者。

恐怖で気を失う者。

叫び声を上げて逃げ出す者。

老人の血走った眼が社長を捉える。


『……お前かァァ!!』


老人の巨大な生首が、社長を飲み込まんと歯を剥いて迫る。


「ぐっ、クソが!」

「――社長、危ナイ!……グハッ!」


間一髪、社長の前に体を滑り込ませたジェローム。

その体は大きく弾き飛ばされ、無惨に地面へ転がる。

実際は自分で後方に跳んだだけなのだが、その演技は僕にも攻撃を受けたようにしか見えなかった。

社長にも同じように見えたことだろう。


「ジェロームッ!!」

「社長、オ逃ゲクダサイ……」

「バッカ野郎!お前を置いていけるか!」


社長はジェロームに肩を貸し、僕のほうを振り向いた。ルーシーは慌てて僕の背中側に隠れる。


「司祭、お前も来い!」

「は、はいぃ~」


社長とジェロームと僕は、老人の生首に背を向けて一目散に山道を逃げていった。


  ◇       ◇       ◇


その夜、ジャスティス不動産は大騒ぎだった。

社員達の間では「呪われた」というフレーズがしきりに飛び交っている。

別荘から戻ってこない社員もいるらしい。

社長は、自室の窓から忌々しそうに山の中腹を見つめていた。

ゴースト達が飛び交っているせいで、別荘のある辺りだけが不自然に明るい。


「クソッ!クソッ、クソッ!」


社長に蹴飛ばされた椅子が、音を立てて床に転がる。


「……コノ騒ギデス、明日ノ朝ニハ噂モ広マッテオリマショウ。別荘ノ購入希望者ノきゃんせるガ相次グデショウナ」

「んなこたぁ、わぁかってるよジェローム!!」


巻き舌で怒鳴られ、ジェロームは静かに頭を垂れた。

あの老人の巨大生首は、周辺の住民も目撃しただろう。

幻影が消えてからも、うちのアンデッド達が現在進行形で大騒ぎしている。

今夜の出来事を隠し通すのは不可能だ。


「除霊が無理なら、どうにかして早く売っちまわないと……」


社長が顎に手を当て、思案する。

この状況でも諦めないのは、ある意味尊敬に値する。


「果タシテ……売レマスカナ?」


問うジェロームを見もせずに社長が答える。


「相手によるだろう。誰に売るか、それが重要だ」


そして独り言を呟き始めた。


「あの親子に売るか?金持ってんのか?……まさか。持ってりゃすぐにウチへ駆け込んできてる。他にいないか……」


するとジェロームが社長の独り言に答えるように言った。


「アノ物件ヲ買ウベキ者ガ、モウ一人オリマス」

「何?誰だ、ジェローム」


ジェロームは姿勢はそのままに、目だけで僕を見る。


「司祭、オ前ガ責任ヲトッテ別荘ヲ買イ取レ」

「なっ、何で僕が」


ジェロームは俊敏な動きで僕に近寄り、胸ぐらを掴んで顔を寄せる。


「オ前ガダラシナイカラ、コンナコトニナッタノダロウガッ!」

「ひぃぃ!そんなお金ありませんよぉ!」

「金ガナイナラ借リロッ!」

「誰に借りろっていうんですかぁ!」

「知ルカ馬鹿ガ!親兄弟デモ街金デモイイ、トニカク金ヲ集メテ来イッ!……ソレトモ沖ニ沈メテ欲シイノカ?アンッ?」

「そんな!やめて、やめて。……あっ」


僕の反応に、社長の目が光る。


「なんだ?何に気づいた?それとも何か思い出したか?」

「いや、なんでも――」

「言ッテミロ。……言エッ!」


ジェロームが胸ぐらを掴んだまま、僕を激しく揺らした。


「ぐえっ。やめて、やめてえ~!……金持ちの知り合いを思い出しましたぁ~!」

「そりゃ、どこの誰だ」

「イシュキーヴで知り合ったレイロアの商人ですぅ~。確か黒猫堂って店をやってると言ってましたぁ~……あうっ」


ジェロームが胸ぐらを掴んでいた手を離し、僕は床に尻餅をついた。


「フム」

「知ってるのか、ジェローム?」

「ハ。れいろあニハ、確カニ黒猫堂トイウ商店ガゴザイマス。……ガ、粗暴ナ冒険者相手ニ商ウ商人。一筋縄デハイカヌ相手カモシレマセン」

「そいつは金を持ってるのか?」

「れいろあニ複数店舗ヲ構エテオリマシタ。内ヒトツハ一等地デシタノデ、カナリ潤ッテオルカト」

「……よし。司祭、お前はその商人を連れてこい。そんで別荘が売れたら無罪放免。売れなきゃ……わかってるな?」

「はっ、ひっ!はい~!」


僕は悲鳴と共に、社長の部屋を逃げ出した。

さあ、交渉担当の登場だ。


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