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「兄ちゃん、冒険者だろ?うちのスーパーなアイテム買ってきなよ!」
少年が目をキラキラさせて言う。
僕は少しだけ興味を引かれ、粗末なゴザの前に座り込んだ。
ゴザの上には剣や盾に籠手など、確かに冒険者用の装備が多かった。だが、どれもこれも酷くくたびれている。
「この短剣……まだ使えるの?」
僕が指差したのは、刃がボロボロの短剣。
「おっ、これかい?これは八つ裂きダガー!たった一振りで敵を八つ裂きさ!」
そう言って、少年は得意げに胸を張った。
……怪しい。怪しすぎる。
首だけで振り返ってジャック達を見上げるが、彼らは立ったまま一言も発しない。
彼らもまた、僕と同じ気持ちのようだ。
念のため、鑑定するか。
粗悪品ダガー-8
やはりか。-8とか初めて見たな。
しかし、この子はいったいどういうつもりなのだろう。
ゴザに置かれているのは、鑑定スキルなどなくても一目でガラクタとわかる品々。
それを名前だけ偽っても高額で売れるわけもない。
「コノ盾ハドウイッタ品ナノデ?」
ジェロームが指差したのは、所々に穴の空いた盾。
どう見ても不良品にしか見えない。
「これはとっておき!その名もマルチシールドさ!肉抜きして軽量化に成功してるからオイラみたいなガキでも扱えるんだ!しかも、こうやって……ほら、防御しながら剣で突けるんだ!画期的だろ!?」
少年は盾を構え、先ほどの粗悪品ダガーを穴から突き出した。
「おお、なるほど……っと」
よく考えるなあ、と思ってつい感嘆の声が漏れてしまった。ジャック達からのジトッとした視線が僕の背中に集まるのを感じた。
対して少年は得意満面だ。
感心してばかりもいられないので、これも品定めを……。
おんぼろシールド-3
おんぼろの上に-3か。だよなあ。
「じゃあさ、あの石は何?装備品には見えないけど」
再び僕が指差したのは、大人の頭ほどの丸い石。
「兄ちゃん、お目が高い!これはドラゴンの眼さ!……ほら!ほらね!」
少年が石の表面を擦ると、下から模様が見えてきた。見ようによっては爬虫類の眼に見えなくはない。
でもこれはさすがに……。
「ドラゴンの、眼?これ石にしか見えないけど、本物のドラゴンの眼なの?それとも何か比喩表現でそう呼ばれてるアイテムなの?」
想定してなかった質問だったのか、少年はわかりやすく動揺した。
「あっ、うっ……ひ、比喩表現さ!でも紛れもなく本物のドラゴンじゃないかな!」
「かな」って言われてもな。結局、どっちなんだ?これも一応確認を。
石
蛇目石とか出るかなあと思ってたけど、ただの石だった。
急に目の前に影が射す。
見上げると、ドミニクが僕のすぐ横に立っていた。
何だか怒っているようで、その威圧感を隠そうともしない。
彼は怒気に満ちた声で尋ねた。
「アノらんぷハ?ドウ見テモタダノらんぷニシカ見エネエガ?」
図体の大きいドミニクの責めるような言い方に、少年の動揺は更に激しくなった。
盛んに瞬きし、手元なんか震えてしまっている。
「こっ?これは、ビクトリーランプさ!勝利の火が灯ったとき、成功が約束されるんだ!」
少年は声を裏返らせながら必死に説明した。
さて、結果はわかってるが鑑定を……。
壊れたランプ-6
ただのランプじゃなかった。
勝利の火どころか、普通の明かりさえ灯らないんじゃないのか?
「オ前ナア!コンナンデ騙サレルト思ッテンノカ!!」
ドミニクは右足を高く振り上げ、勢いよくゴザを踏みつけた。
その振動で商品が宙に浮き、少年も驚きのあまり飛び上がった。
「ごっ、ごめんなさい!許してください!」
「イイヤ許サネエ!俺ッチヲ騙ソウナンザ、フテェ野郎ダ!」
「チッチッチッ血祭リカ、兄弟ダイ!ダイダイ!」
「オウ!みんちニシテヤルゼ!」
「ウシャシャシャ!みんちみちみちみんち!」
マリウス&ドミニクの狂気の会話に激しく怯え、震えが止まらない少年。
見かねたジャックが少年の真ん前に座り込み、諭すように言った。
「コンナ商売、上手クイキッコナイジャナイデスカ。ドウシテコンナコトスルンデス?」
そう、ジャックの言う通り。
不思議なのは何故こんなボロボロの品を高額商品に見せようとしているのかということ。
少年の年齢なら無理があることは十分にわかるはず。
せめて安物でいいからもう少し小綺麗な品でやらないと、誰も騙されないんじゃないか?
「知リ合イノ商人サンガ言ッテマシタヨ?商売ニ近道ハナイ、ト。地道ニヤルノガ一番ダトネ」
優しく語るジャックに、少年はふるふると首を振った。
「それじゃ、間に合わないぃ~」
少年の瞳はみるみるうちに涙で溢れ、堰が切れたように大声で泣き出した。
「ママがー!家がー!とられるぅー!!」
ゴザに突っ伏して泣く少年に、道行く人の目が集まる。そして同時に、僕達へ抗議の視線が四方八方から送られた。
「ちょっ、ちょっと落ち着いて。……ねっ?」
「のえるサン、場所ヲ変エマショウ。コノママデハ……」
「うん、だね」
このままだと僕達が「ママと家をとる人達」にされてしまいそうだ。
僕達は少年を宥めつつ、逃げるようにその場を去った。





