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カシムと別れた翌日。
僕は商人の街、イシュキーヴを散策していた。
しばらくはここに滞在する予定だ。
その理由は単純で、季節がまだ冬だから。
これから雪に閉ざされるレイロアへ戻るより、温暖なこの地方で越冬したほうがよい。なんなら『テレポート』で毎冬ここを訪れてもよいのだ。
幸い、懐に余裕はある。
休暇を楽しみながらイシュキーヴ近辺の街や村も回り、冬の拠点を探すつもりだ。
とりあえず、数日はイシュキーヴの下調べという名目の観光を満喫するつもりである。
今は別行動中だが、黒猫団も一緒だ。
リオが地底湖エリア探索中で、遊び相手がいなくて暇なのだという。
暇なのは理解できるが、店員が店主を遊び相手ととらえているのもどうなんだろうか。
「ノエルっ、鳥さん!鳥さんがいーっぱい!」
肩の上から乗り出して、ルーシーが指差す。
「うわ、ほんとだ」
「スゴイ数デスネエ」
柱と屋根だけの店舗に、鳥かごが壁のように積まれている。僕達は無数の鳥の鳴き声に誘われるように店に入った。
「やあ、いらっしゃい。ハトが入り用かい?」
鳥かごの陰からターバンを巻いた中年の男性が顔を出した。この店の店主のようだ。
「ハト?……うわ、これ全部ハトだ!」
よくよく鳥かごの中を見れば、そのすべてがハトだった。だが、レイロアの中央広場なんかで見かける奴とは異なる特徴を持っていた。
「ぽっぽー、ぽっぽー」
ルーシーがハトの口まねをしながら鳥かごをつっつく。
「ナンカ、とさか?ガアリマスネ」
「店主さん。このハト、トサカついてますが……珍しい種類のハトなんですか?」
「そりゃあクレスタピジョンだから当然トサカはついてる……なんだ、兄ちゃんは商人じゃなく観光の人か」
少しだけがっかりした様子の店主だったが、気を取り直し手元の鳥かごを持ち上げた。
「こいつはクレスタピジョン。別名、商売人のハトともいう。兄ちゃんの言う通り、このトサカがトレードマークだ」
「ぽっぽー、ぽっぽー」
「商人ノはと……商人ノ方ガ飼ウノデスカ?」
「そうだ。いわゆる伝書鳩だな。皆がそれぞれ自分のハトを持っていて、独自に情報収集してるのさ」
「へえ!面白いですね」
「ぽっぽー、ぽっぽー」
「商人にとって、情報はなまものだからな。情報の鮮度が重要になってくる。あそこの漁村が大漁で、干物が安く仕入れられるとか。向こうの街で丈の長いコートが流行ってる、なんてな」
「そうか、それで商人のハト。……イシュキーヴの商人は皆さんハトを飼っているのですか?」
「ぽっぽー、ぽっぽー」
「皆ってことはないが、飼ってるハトの数がその商人の力を示す物差しのひとつではあるな」
「なるほど~」
「ぽっぽー、ぽっぽー」
「ルーシー、うるさい。今、お話を伺ってるから」
「……」
「すいません、店主さん」
「いや、構わんさ。ウチはぽっぽ、ぽっぽが日常だからな」
「ああ、それはそうですね――」
「――ぽっぽー!ぽっぽー!」
ルーシーが手を激しくバタつかせ、大きな鳴き声を上げた。
肩車状態なので、その大音量が容赦なく耳を打つ。
「あぐっ。ちょっ、ルーシー!?」
「ぽっぽぉー!!ぽっぽぉー!!」
「ご迷惑だから!ほら、ハトもビックリしてるから!」
僕が耳を塞ぎながら必死にたしなめるが。
「ぽおっっっぽおおお!!!」
「うわぁっ!……すいません、出直しますっ!」
僕は逃げるようにハト商店を飛び出した。
「サッキノハのえるサンガ悪イデスヨ。注意スルニシタッテ言イ方トイウモノガアリマス」
「そうだね……」
僕は頭を掻きつつ、ルーシーの顔を見上げた。彼女はぷうっと頬を膨らませ、僕と視線を合わせない。
「ごめん、ルーシー。話に夢中になってた」
「……ぽっぽー」
「もっと色々見て歩こう。ここは商人の街だからさ、きっとハトの他にも面白い物がたくさんあるよ!」
「……ぽっぽー?」
ルーシーが頬を膨らませたまま、僕の顔を見下ろす。
ここが攻め時とばかりにジャックがビシッとポーズを決める。
「アト、かっこイイ物モ!」
僕もその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「あと、ワクワクする物も!」
するとルーシーの口角はみるみる上がり、ついに両手を突き上げて叫んだ。
「ぽっぽー!!」
通りを歩いていると、様々な物が目に飛び込んでくる。
こちらでは豪奢な馬車が売られているかと思えば、向こうでは美しい白毛のラスカーが売られている。どちらも目が飛び出るような金額だ。
意匠を凝らしたアクセサリーが並ぶ店、東方風の装備専門店まである。
「オッ、防具屋ガアリマスヨ」
ジャックが立ち止まったのは、いかにも老舗といった雰囲気の防具屋だ。
重騎士が着るようなヘビーアーマーが飾られている。
「ジャック、鎧欲しがってたね。これなんてどう?」
「イヤァ、コレ絶対重イデショウ。ムシロのえるサンドウデス?」
「なんで僕?」
「新職業!あーまーど司祭!」
「一歩も動けないと思うよ……」
このヘビーアーマーも、僕が予想した金額と桁がひとつ違った。
もう少し安い品はないのかと通りを歩いていると、向こうから黒猫団の面々が揃ってやって来た。
「やあ、ジェローム。何か買えたかい?」
「イエ、御主人様。コノ辺リハ頂イタ小遣イデハ手ガ出マセンナ」
「ボッタクリダゼ!ボッタクリ!」
「ウヒヒヒ!ボッタボッタ!」
「ドミニク、マリウス。声が大きい」
「御主人様。聞キ込ミシタトコロ、向コウノ露店通リナル場所ヘ行ケバ手頃ナ価格ノ商品ガアルソウデゴザイマス」
「へえ。じゃ、そっち行ってみようか」
ジェロームを先頭に歩いていくと、やがて露店商がズラリと並ぶ場所へやってきた。
農作物や干し肉、反物や毛皮などの加工前の品が多いようだ。売ってる人も商人っぽくない。
どうやら近隣から行商に来ている人達が店を出す場所らしい。
ジャックがふんふんと見回しながら言う。
「砂漠ノ横ダトイウノニ、魚マデアリマスネエ」
「港町ベルシップが近いからだろうね」
「オオ、ソウデシタネ……私、久シブリニ海見タイデス」
「久しぶり?ジャックは海見たことあるの?」
僕に問われ、ジャックが首を直角に傾ける。
「エッ……アレレ?ソンナ気ガシタノデスガ」
「前世の感覚かもね。ま、いいさ。ベルシップへは行くよ。僕も海ってやつを見てみたいから」
すかさず肩の上から声が飛ぶ。
「ルーシーも!ルーシーも見たい!」
「うん、ルーシーも見ようね」
「ん!……かいぞくいるかなあ~」
「マタソレデスカ……」
雑談しながら歩いていると、露店商エリアの終わりが見えてきた。その向こうにはイシュキーヴを囲む塀と、出入り口である門が見える。
「ココマデノヨウデスナ。引キ返シマショウ」
先頭のジェロームが振り返って僕に言うと、
「まった、まった!ここにも店があるぜ!」
と、少年の声がした。
声のほうを見やると、確かに店はあった。
粗末なゴザを敷き、その上に薄汚れた商品が数点、寂しげに並ぶ。
声の主である少年が商っているようだ。
十才くらいの少年で、この子も商品同様薄汚れている。
門の手前にポツンとあるその店は、まるで子供のおままごとのような雰囲気だった。
「兄ちゃん、冒険者だろ?うちのスーパーなアイテム買ってきなよ!」





