174
僕達はソアの街を目指して移動を再開した。
岩山の名残りなのか、砂の上に槍の穂先のような鋭く尖った岩山が点在している。まるで岩の塔が並ぶ中を進んでいるようだった。
カシムが言うには、これも水の造り出した造形らしい。
名前付き討伐をやり遂げた余韻のせいか、いつも以上に話を弾んだ。
「あのヘルスコルピオが出口で張っていたから、水路内部にモンスターがいなかったのでしょうね」
「そっか、そういうことか」
「シカシかしむ様。北側ニモイナカッタノハ不自然デハアリマセンカ?」
「いい質問です、ジェロームさん。おそらくですが、既に相当数のモンスターが狩られた後だったのではないでしょうか。そうなると、あの岩山は危険だと群れの中で共通認識が生まれますから」
「ナルホド。砂漠ノもんすたーモ強カデスナ」
話題がドミニクの自慢話に移ると、ふと背中を丸くするジャックの様子が気になった。
「どうした、ジャック?元気ないね」
「……まんと、モウ破レテシマイマシタ」
そう言って、ジャックは自分の背中を覗く。
彼の言う通り、〈黒猫団団員マント〉の背中部分に大きく斜めに切れ込みが入っていた。ヘルスコルピオに掴まれたとき、入ったものだろう。
「そのくらいなら修繕できるよ。リオが手配して作らせたんだから、同じ職人さんに頼めばすぐだよ」
「……めたりっくもーどヲ完璧ニ使イコナセテイレバ。修行ガ足リナイヨウデス」
「ああ、そういうことか」
ジャックが落胆しているのは、マントが破れたことよりもメタリックモードを上手く使えなかったことによるものらしい。
「……ん?でも、マント着てるのに全身が銀色になってたような……破れたのはその前じゃない?」
「ッ!本当デスカッ!――グヘッ」
ジャックは僕が乗るラスカーに飛びつき、それに驚いたラスカーに前蹴りを食らった。
吹っ飛んで砂に大の字になったジャック。
しかし、その口元はニヤニヤと緩みまくっていた。
それからしばらく進むと、日が暮れ始めた。
赤から青へ見事なグラデーションを描きながら、夜闇が迫ってくる。
「あっ!見て見て!きらきら~」
肩の上のルーシーが身を乗り出し、両の手首を何度も返す。「きらきら」を表現しているようだ。
ルーシーの言う「きらきら」は、色とりどりの灯りだった。どうやら色をつけたランタンがたくさん飾られているようだ。
「ソアの街です!今夜は野宿せずにすみましたね」
ホッとした表情を見せるカシムに、僕は尋ねた。
「今日はお祭りなのかな?」
「いえ、あれがソアの街の日常です。街の起こりが城塞跡で催されていたバザーなのですよ。そのときの名残りで、夜な夜な鮮やかな明かりを灯すのです」
「へえ~」
ソアの街は、砂漠にこれほどの人がいるのかと思うほど賑やかだった。
城塞跡といっても残っているのは半分朽ちた古い城壁だけ。その城壁から城壁へロープが幾重にも張られ、そのロープに赤や緑、黄に青とカラフルなランタンが吊るされている。
城壁で囲まれた中には大小様々なテントがぎゅっと詰まっていて、中央にできた道以外は歩くスペースがほとんどない。
「ふあ~、きれい~」
ルーシーが頭上に並ぶ色とりどりのランタンをため息混じりに見つめる。
何だかレイロアやヴァーノニアよりも賑わっているように感じられた。二つの街より明らかに小さな街だが、人や物の密度が違う。
「確かに、街って言うより大きなバザー会場みたいだね」
「今でもバザーの側面がありますからね。砂漠中から売り買いするために人が集まってきます」
「そっか、なるほどねえ」
テントの一つ一つをよく見れば、ほとんどが何らかの商品を商っているようだ。
「小サナびんガ、タクサン売ラレテマスネ」
ジャックが小瓶を一つ手に取り、中身を揺らす。
すると商人らしく、カシムが説明を始めた。
「香水ですね。ソアの街で最も有名な商品です」
「ヘエ、香水!」
ジャックが小瓶をラスカーに乗る僕に近づける。
腰を屈めて鼻を寄せると、確かに独特ないい香りがした。
「砂漠の民にとって大切なものです。砂漠ではそうそう水浴びもできないですから」
「ナルホド、ソウイウコトデスカ」
ジャックがふんふんと頷きつつ、小瓶を売り場に戻す。
「おーなー。俺ッチ、武器ガ欲シイゼ」
「あ、そうだね……斧って砂漠で売ってるのかな?」
カシムは首を傾げ、難しい顔になった。
「砂漠で斧は使わないかもしれませんね……斧じゃなきゃダメですか?」
「斧ジャナクテモイイケドヨ、ブッ叩ケルノガイイナ。アト、長イホウガイイ」
「ぶっ叩ける長柄武器……ちょっと覗きつつ、宿に向かいましょうか」
ドミニクの武器を探しながら、テントの間を進む。並ぶテントの前には、香水以外にも見慣れない商品が売られていた。また、売る人達も様々だ。
よくわからない形の彫像を売る、鳥の獣人。
カシムと同じく浅黒い肌の少年が元気よく呼び込みする前には、綺麗な石や鉱石がごろごろと並ぶ。
妖しげなローブのお爺さんは、笛を吹きつつ壷に入った蛇を操る。
腰が大きく曲がったお婆さんの前には、僕も世話になった丸いチーズが山と積まれていた。
興味深く眺めながら歩いていたら、あっという間に宿に辿り着いた。カシムが前回のキャラバンで使ったという宿だ。
この宿も、やはりテントだった。
客を泊めるにはずいぶん小振りなテントで、少し不安に思った。だがそのテントは受付専用で、裏に並ぶテントを丸々一つ貸し切るシステムだった。
二頭のラスカーを受付テントの横に繋ぎ、借りたテントへと向かう。
中に入ってみると中々にしっかりとした造りで、床には絨毯が敷かれていた。僕とカシムに黒猫団まで十分に寛げるスペースがある。
「ドミニクさん、それで本当に良かったのですか?」
カシムは二つあるベッドの内の一つに腰掛け、ドミニクに問う。
「アア、コレデイイ。壊レタラ、マタおーなーニ買ッテモラウゼ。ガハハハッ!」
ドミニクの武器は良い物が見つからなかった。とりあえずの武器としてドミニクが選んだのは、頑丈そうな大型スコップだった。
断じて武器ではないが、「長柄でぶっ叩ける」という条件に当てはまってはいる。
本人が使いやすいのならば、まあいいか。
「カシム。明日の予定は?」
カシムは脱いだ上着をテントの骨組みにかけつつ、振り返った。
「まず、船を借ります」
「船!?」
「暗くて見えなかったですよね。ソアの街から少し南へ歩けば、そこはもう砂海です」
「へええ!そうなんだ?」
「明日の朝一番に船を借り、水や食料を積みこんで――水は要りませんね。食料を買って出航です!」
カシムがグッと拳を握る。
「いよいよだね」
「ええ!」
興奮しているのが明らかなカシムに対し、ジャックは壁を向いてボソッと呟いた。
「……ツイニキタカ」
僕はブーツを脱ぎ捨て、空いたベッドに横になった。久々の布団の感触が心地いい。
明日に備えて早めに寝なきゃな。
そんなことを思っている内に、あっという間に意識が遠のいていった。





