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夏の間は開けっぱなしだった我が家の窓も閉めきることが多くなり、そろそろ暖炉の掃除を済ませてしまわねば、と思い始めた頃。
窓越しに見えるサニーはその体を真っ赤に染め上げ、すっかり秋の装いとなっていた。
そしてそんなサニーの枝の真下。
色鮮やかな落ち葉の中で、ジャックが胡座をかいている。
顎骨を引き、視線はやや下。
左の手のひらの上に右の手のひらを重ね、へその下に置いている。
その姿勢のまま、ジャックは動かない。
時折サニーの葉が舞い落ち、目の前を横切っていっても微動だにしない。
まるでジャックの周りだけ時が止まったようだ。
これはジャックがドウセツから聞いたザゼンという修行法らしい。
なんでも内なる己と向き合うことで、知らぬ間に体に染み付いた固定観念を打破するための修行法なんだそうだ。
ジャックの目標はもちろん、メタリックモードを自在に操ること。
ジャックは全ての装備品にメタリックモードを広げるため、そしてそうなった上でオシャレな装備品をゲットするため、日々取り組んでいる。
「……これどうしようかな」
僕はテーブルの上にポツンと乗った、古めかしい短剣に視線を移した。これとは、ジャックがジェドに貰った短剣だ。
ジャックは受け取ったはいいものの、どう扱うべきか困っていた。武器は生前から愛用している剣があるし、何より王族のジェドが大事にしていたものというのがどうしても気になったらしい。
そこで僕が鑑定してみることとなった。
その結果は、
〈聖王の道標〉
短剣としては奇妙な、そして意味ありげな名称。
これって、安易に貰ってはいけない物だったんじゃないか?
ジェドのことだ、その場の勢いで譲ってしまった可能性が大いにある。今頃、譲ったことを後悔しているかもしれない。
しかしジェドに返すにしても聖王国は遠い。
聖王国まで行く行商人でも探して頼んでみるか?
しかしもし大事なものならば、見知らぬ人に頼むというのも気が引ける。かといって、留守にしがちな我が家に置いておくのも不安がある。
結局、ジャックの懐が一番安全か。本当に必要なものだったら、ジェドの方から取りに来るだろう。
そう短剣問題に結論付け、どれ、暖炉を掃除しておくか、と腰を上げたとき。
コンコン、と玄関のドアが鳴った。
そのまま立ち上がって玄関まで歩き、ドアを開ける。
「はーい、どちら様……って、カシム!?」
「お久しぶりです、ノエル」
そう言って浅黒い肌の商人冒険者は、にっこりと微笑んだ。
「最後に会ってから十か月になりますかね」
テーブルを挟んで座ったカシムが、懐かしそうに目を細める。
彼と出会ったのは、去年の冬。
赤ローブ事件の調査のため、便利屋パーティを組んだときだ。
「もうそんなに経つのかあ。そういえば、砂漠越え……キャラバンロードだっけ?あれはどうなったの?」
「大きなトラブルに見舞われ、断念しました」
「それは……残念だったね」
「いえいえ。命が有っただけ、儲けものです」
僕は商人らしい「儲けもの」という表現におかしさを感じ、頬が緩んだ。
「そっか。でも、命が危ぶまれるくらい大きなトラブルだったんだね」
「ええ。あのときは本当に……っと、ありがとう、ジャック君」
カシムの前にお茶を置いたジャックは、次いで僕の前にもお茶を置きながら言った。
「デモ、アマリ気落チサレテナイヨウデ良カッタデス」
「……それはね、ジャック君。僕はまだ、諦めていないからさ」
テーブルに両肘をついて手を組み、そこに顎を置いたカシムが不敵な笑みを浮かべた。
僕はその顔に見覚えがあった。
〈リーマス商会〉のアダム会長をやり込めたときに見た、勝算を持って商談に臨む、商人の顔。
……これは、何か企んでるな。
「今日、お邪魔したのはその件です」
そう言って、カシムは懐から一枚の紙を取り出した。
僕は「そら来た!」と心の中で叫びつつ、紙に手を伸ばす。
「ん、依頼書……僕への指名依頼?」
カシムはこくりと頷く。
「依頼者はもちろん、私。依頼内容は、私が砂漠を越える手助けをすること」
そしてカシムは僕に向かって姿勢を正した。
「ノエル。私とともに砂漠越えに挑戦しませんか?」
『レイロアの司祭さま』二巻が発売されます!
発売日は11月17日予定です。
よろしくお願いします。
活動報告に表紙画像を上げました。





