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「もう少しだよ。さあ、頑張って!」
先頭の男、ことジェイコブさんが僕達を励ます。
ジェイコブさんが先頭を歩き、その後ろを僕やルーシーにジェド、デイジーを背負った大男ことドニさんが続く。その周りを残りの試験官とハルヴァー、ジャックがぐるりと囲む。
試験官達はやはり腕前が確かで、加えて経験に裏打ちされた無駄のない動きだった。
十一階のティレックスの出現地帯を奥へ、奥へと進んでいく。
「ワンダの奴……こんな奥深くまで逃げたのか」
ジェドが呆れ混じりの声を漏らす。
「盗賊だからね。本気で逃げたらどこまでも行っちゃうさ」
僕は何気なく言ったのだが、ジェドは酷く驚いた表情になった。そして、
「どこまでも、か。ワンダ、凄えな」
と、独り言のように言った。
やがて十一階の最奥辺りまで来て、ジェイコブさんの足が止まる。
「この辺のはずだが……どこだ、グリフィン!」
すると僕のすぐ横の茂みから声がした。
「……ここだ。騒がしい声を出すな」
茂みが揺れ、男性が顔を出した。
僕も含め、誰もその存在に気づかなかった。
だがその見覚えのある顔を見て、すぐに納得した。
彼はグリフィンさん。
冒険者ギルドで、動物やモンスターの素材買い取りと加工を担当している人だ。
基本的に無口で、話す言葉は少し乱暴に聞こえる。
だが、その仕事は丁寧で細やか。
それに加えて冒険者が損をしないよう心を砕いてくれるので、とても人気のあるギルド職員の一人だ。
自身も現役冒険者で、レイロアで一二を争う狩人としても知られている。
森で身を隠すなんてお手のものだ。
「何故受験者と一緒にいる?」
「彼らは試験を降りた。彼女を助けたいというので連れてきたんだ」
「そうか」
グリフィンさんは短く返答すると、僕達を手招きした。
僕達は茂みに入り、グリフィンさんに続いて屈んで移動する。やがて茂みの端まで来ると、ゴツゴツとした岩場が見えた。
「あれだ」
グリフィンさんは岩場の上、枯れ草か何かがうず高く積まれた場所を指差した。そしてその上には。
「……っ、ティレックス!」
「むう」
ジェドとハルヴァーがティレックスを見て唸る。
ティレックスは体を丸め、眠っているように見えた。
「丸いのは見えるか?」
グリフィンさんの指差した先には、確かに丸いものが幾つかある。
それは枯れ草の上、ティレックスの横。
茶色の丸い岩のように見えるが、何だかぬめっとしている。
あれはおそらく……念のため鑑定する。
ティレックスの卵
「やっぱり。卵か」
グリフィンさんが頷く。
「その、卵の陰だ」
僕達は目を凝らすが、ワンダの姿は見つからない。
そんな中、ルーシーがビシッと岩場を指差した。
「みつけた!あそこ!」
「シッ、るーしー。てぃれっくすガ起キテシマイマス」
ジャックが、大声を出したルーシーを咎める。
ルーシーは「ごめんなさーい」と小声で言って、しゅんと肩を落とした。だがグリフィンさんは怒りもせずに、ルーシーの頭をそっと撫でた。
「お前は目がいいな」
誉められたルーシーに笑顔が戻る。
そんな間にも、僕はルーシーが指差した辺りを手当たり次第に鑑定していた。
そして、見つけた。
「……いた。卵の影で身を隠してる」
注意深く見れば、小さく丸まったワンダのお尻が、卵の影からチラッと見えていた。
「ワンダちゃん……何でそんなとこにいるのよぅ」
ようやくワンダの姿を見つけたデイジーが小さく漏らす。
すると、後ろからジェイコブさんが説明した。
「彼女に付いてた試験官によると、脇目もふらず逃げていたらしい。そして逃げた先で別のティレックスに出会し、また逃げて……そしてその試験官が止める間もなく、ティレックスの巣の中に入ってしまったみたいだね」
何とも落ち着きのない盗賊だ……いや、何度もティレックスから逃げおおせているのだから、将来有望な盗賊といえるかもしれない。
「試験中だから思い切った手が打てなくてね。とりあえず腕のいいグリフィンに張りついてもらって、いざとなれば力ずくで救出する手筈になってた」
「俺達はもう、試験を降りたんだ!すぐに助けてくれ!」
ジェドがグリフィンさんにすがりつく。だが、グリフィンさんは短く否定した。
「無理だ」
「何でだ!あんた腕がいいんだろう!?」
尚もすがるジェドを押し留めて、ジェイコブさんが問う。
「……無理なのか?」
「位置が悪い。奴が立ち上がれば踏み潰される」
「……ああ、確かに」
ジェイコブさんが眉を寄せる。
グリフィンさんが言うには、ティレックスがこちらに気づいて立ち上がろうとすれば、その最初の一歩がワンダの真上に来るということらしい。
「『イリュージョン』使イマスカ?」
ジャックが僕に囁く。
だが僕は首を横に振った。ティレックスの気は引けるが、結局は立ち上がってしまうだろう。
「では、ワンダが自分から動くのを待つ、と?」
ハルヴァーの言葉にグリフィンさんが頷く。
「それが最善。だが、彼女は動く気配がない」
「まさか!ワンダちゃん、怪我を!?」
デイジーの顔色が変わる。
だがグリフィンさんはすぐに否定した。
「無事だ。疲れ果てているだけだろう」
「となると……待ちの一手、か」
ジェイコブさんに疲れの色が浮かぶ。
それは他の試験官も、僕達も同じだ。
「……ワンダを動かせばいいんですよね?」
僕がそう尋ねると、グリフィンさんは僕に目を移した。
「そうだが。何か手があるのか?」
僕は大きく頷き、ルーシーを見た。
「ルーシー、あれのやり方教えてよ」
ルーシーは体ごと首を傾げる。
「んん?あれってなあに?」
「ほら、ルーシーの得意なあれ」
「あー、あれかー。あれはルーシーせんようなんだよ?」
口を尖らせるルーシー。
「そんなこと言わないで教えてよ、ルーシー先生!」
僕が調子づかせるようにそう呼ぶと、ルーシーの口の端がピクッと動いた。
「ヨッ、るーしー先生!」
ジャックも僕に倣ってルーシーをそう呼ぶ。
ついにルーシーは、にまっと笑ってしまった。
「しかたないなー。ルーシーせんせいがおしえてあげる!」





