表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
163/207

160

 ハルヴァーから事情を聞き終えた僕は、未だ横になったままの王子様に声をかけた。


「ジェド、起きてるよね?話がある」


 するとジェドの肩がビクン、と跳ねた。

 話の後半から、彼の寝息は聞こえなくなっていた。寝たふりをしながら、聞き耳を立てていたのだろう。

 ジェドは仕方なさそうに体を起こし、こちらを向いた。


「……何だよ、話って」

「僕は『リープ』という迷宮脱出の魔法が使える。それで今すぐ、ダンジョンから出ようと思う。ハルヴァーも、いいね?」


 ハルヴァーは一瞬驚いたあと、大きく頷いた。

 だが、ジェドは納得しない。


「はあっ!?試験は!試験どうすんだよ!」

「もう、そんな状況じゃない。パーティがバラバラなんだよ?君を地上に送って、急いで残り二人を捜さなきゃいけない」

「っ、そんなの!デイジーとワンダを捜してから、宝箱探しに戻ればいいだろっ!」

「いや、ギルドの手を借りた方が早い。君をギルドに送って、ついでに試験を降りると伝える。そうすれば協力してもらえるはずだ」


 ハルヴァーは「なるほど」と言いながら、しきりに頷く。しかし、ジェドはなおも食い下がった。


「俺は試験に合格したいんだ!お前だって試験に合格しなきゃ困るだろ!」


 そう言われても僕はジェドほど合格したいわけではないし、そもそも……。

 そう考えて、僕はハルヴァーの方を向いた。


「ハルヴァー、僕の護衛の報酬って知ってる?」


 ハルヴァーはハッとした顔で僕を見た。


「そういえば。私が要請したのに報酬を求められなかったな……ギルドが支払うのか?」

「うん。試験合格という報酬をね」

「はっ?」


 ポカンとした顔で僕を見るハルヴァー。ジェドも同じ表情だ。


「僕は裏依頼という特殊な依頼を受けた。その報酬は試験合格。危険だと判断してジェドを連れて脱出すれば、僕は試験合格なんだ」

「……何だよその依頼!自分だけ……汚えぞ!」


 ジェドが顔を真っ赤にして怒鳴る。


「ま、ふざけた依頼だよね。でも、こんな依頼が成り立つのは君の立場によるものだ。ギルドの名において行われるこの試験中に、君の身に何かあったら。それはレイロアと聖王国の外交問題になってしまう」

「うぐっ……だからって」

「とにかく、君の身の安全が第一。それはハルヴァーだけじゃなく僕も、そしてギルドも同じ。君さえダンジョンから出てくれたら事は上手く運ぶんだ」


 僕の説明を聞いたジェドは、


「ここでも邪魔者扱いかよ……」


 と呟いて、力なく項垂れた。

 その姿に、少しだけ可哀想な気もした。

 だが彼を励ますのは地上でもできる。

 ジェドの沈黙を了承と捉え、僕とジャック、ハルヴァーは脱出の準備を始めた。

 そして『リープ』の詠唱を始めようか、そう思ったとき。


「……ダメだ!ダメだダメだ!やっぱりダメだ!」


 ジェドはそう叫び、激しく頭を振った。

 ハルヴァーがジェドの背中に手を回し、たしなめるように言う。


「ジェド様。これ以上、我が儘を言うものではありませぬ」


 しかしジェドはその手を振り払い、大声で言った。


「俺は【王家の誇り】のリーダーだぞ?仲間を見捨てて脱出なんてできない!」

「っ!ジェド様!?」


 ジェドの言葉に驚き、うろたえるハルヴァー。

 驚いたのは僕もだ。

 それは、今まで見てきたジェドがおよそ言いそうな言葉ではなかったから。

 しかしジャックだけは表情を変えず、冷たく言い放った。


「私ヤのえるサンハ見捨テタクセニ?」

「うっ……それは」


 ジェドは一瞬言葉に詰まったが、絞り出すように弁解を始めた。


「別にお前が……ジャックが、どうなってもいいとか考えてたわけじゃないんだ。下の階に落ちるだけなら、スケルトンだから大丈夫だな、と思って。後で下の階で拾えばいい、そのくらいのつもりだった」


 ジェドの言葉に、怯えの色が混じる。


「だから、司祭……ノエルが飛び込んだときはビビった。ノエルが沈んで、怖くなった。下の階に回って、そこに死体があったらなんて思うと。もう、そっちには行けなかった」


 そっか。

 僕達を見捨てたというより、怖くて確認できなかったのか。


「……アナタニ何ガデキルノデスカ?」

「えっ」

「アナタガ残ルコトニ意味ハアルノカ、ト聞イテイルノデスヨ。何カアッタラ、マタ怖クナッテ逃ゲ出スノデハ?」

「そっ、それは」


 ジェドは口を結んで下を向いた。

 それにしても、静かに問い詰めるジャックは迫力満点だ。それだけ沼に落とされたことを怒っているのだろう。

 ……実行犯のデイジーとワンダに対しては感触(・・)しか覚えてなさそうなのに。


「……何もできないかも。でも」


 下を向いたまま、ジェドが呟くように言う。


「……ノエルやジャックを見捨てて、頭ぐちゃぐちゃになりながら宝箱探して。……でも、その最中もノエルとジャックが沼に沈む姿が頭から離れなくて」


 ジェドは顔を上げ、ジャックを真っ正面から見た。


「もう、あんな思いは嫌なんだ!危険でも!何もできなくても!捜さなきゃいけないんだ!!」


 半ば絶叫するように言うジェド。

 するとハルヴァーの大きな体が小刻みに震えだした。


「ご立派です、ジェド様!」


 ハルヴァーはそう言って目の端を拭い、僕とジャック体を向けた。


「私からも頼む!どうかジェド様とともに、二人を探させてくれ!」


 深々と頭を下げるハルヴァー。

 彼に続き、ぎこちなく頭を下げるジェド。

 僕は迷った。

 ジェドの行動を思い返せば、すんなりと受け入れることはできない。ハルヴァーだって、ジェドに対して甘過ぎる気がする。

 だが一方で、彼の言葉自体は悪くなかったとも思う。


「ジャック、君に任せる」


 僕はジャックに判断を任せた。

 ジャックは尚もジェドの下げた頭を冷たく睨んでいたが、やがて仕方なさそうに肩を竦めた。


「ハア。コレ以上ハ、私ガ悪者ニナリソウデス」

「……わかった。ジェドも連れてく」

「本当か!ありがとう!」


 そう言ってジェドが差し出してきた手を、僕は一旦拒否した。


「ただし。試験は降りてもらう。飲めないなら君をロープで縛ってでも脱出する」


 一瞬、躊躇したジェドだったが、すぐに頷いた。


「良かった。改めてよろしく」


 今度は僕の方から手を伸ばし、ジェドの手を握った。

 そんな僕とジェドを見ながら、ジャックがふと疑問を呟いた。


「トコロデ【王家の誇り】ッテ?」

「そういや、そんなこと言ってたね」


 するとジェドが少し恥ずかしそうに言った。


「……俺達のパーティ名だよ」

「ウワァ、王族丸出シ」

「ほっといてくれ!」


 ジャックとジェドの掛け合いに、僕は少しホッとした。それはハルヴァーも同じようで、くだらない言い合いをする二人を穏やかな目で眺めていた。


「それで。これからどうする、ノエル殿?」


 ハルヴァーの問いに、予定を練り直す。


「どちらにしても一旦『リープ』でギルドに……それもジェドを地上に送らないとなると、二度手間なんだよなあ」


 僕が頭を悩ませていると、人の気配を感じた。

 遠くに話し声がする。

 声の方に目を向けていると、やがて歩いてくる集団が視界に入った。

 ジャックやハルヴァーもそれに気づき、遅れてジェドも視線を向ける。

 相手は六人。

 男ばかりのようだ。

 こちらへ気づき、真っ直ぐ向かってくる。

 この休憩ポイントで休むつもりだろうか?

 近づくにつれ、彼らの様子がわかってきた。

 髪から髭までボサボサに伸ばしっぱなしだったり、骸骨柄の眼帯をしていたり、下卑た笑みを浮かべていたり。怪しげなズタ袋を背負った大男までいる。

 一言で表すなら、柄が悪い。

 全員が僕達より年上だが、年齢層に幅がある。

 二十代半ばから四十代くらいまで。

 身につける装備品はジェド達のものほど高級品ではないが、使い込まれたしっかりしたものだ。

 こういう類いのベテラン冒険者は、ある意味モンスターよりたちが悪い。

 だが……んんっ?


「ジェド様、お下がりを」


 ハルヴァーは、緊張した声色でジェドに指示する。

 ジェドは一瞬躊躇ったが、素直にハルヴァーの後ろへと下がった。

 先頭を歩く男が、ギラついた目で僕達を観察する。

 前髪が後退し横髪は伸ばしっぱなしのその男は、大胆に距離を詰めてきた。


「いい装備だな?置いてけ」


 男は端的に目的を告げ、僕達を見据える。

 ハルヴァーがこっそりと僕に耳打ちした。


「こやつらできる(・・・)。すぐ『リープ』とやらの準備を」


 しかし僕はそれに答えず、つい心の声の方が漏れてしまった。


「うーん、ナイスタイミング」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版『骨姫ロザリー 1 死者の力を引き継ぐ最強少女、正体を隠して魔導学園に入学する』        5月25日発売!                 
↓↓販売ページへ飛びます↓↓ 表紙絵
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ