159
地下十一階。
ティレックス出現地帯から少し離れた場所。
僕達はジェドが目覚めるまで休憩することにした。
ここは太古の森エリアにしては視界も良く、そのわりに倒木の下など隠れる場所も豊富で、休むにはうってつけだ。実際、以前に別の冒険者が火起こしした跡もあった。
僕とジャックとハルヴァーはその焚き火の跡を囲むように座り、ハルヴァーの後ろにはジェドがこちらに背を向けて、寝息を立てている。ルーシーは僕の頭頂部に頬を置いて、うつらうつらしていた。
「それで……何があったの?」
僕はジェドの背中を眺めながら、そう尋ねた。
「ジェド様が宝箱の捜索をご命令されてな。ノエル殿、ジャック殿の無事を確認するのが先だと進言したのだが、お聞き入れ頂けなかった……すまん」
そう言って、ハルヴァーは申し訳なさそうに頭を垂れた。
まあ、ジェドが僕達を見捨てるのは想定内だ。
それにしても、「命令」に「進言」か。ハルヴァーとジェドの関係が透けて見えるな。
「ジェド様は、どうせ宝箱を隠すなら深いところに隠すはず、とおっしゃってな。十階をとばして十一階へ向かうことになった」
ハルヴァーの説明によると、ジェド一行は太古の森の最深部十一階に直行したらしい。
闇雲に歩き回ってようやく発見したのは、いかにも宝箱が隠されていそうな怪しい横穴。宝箱の存在を確信したジェドが駆け出し、お供の三人も続く。
そのまま突き当たりの小部屋に飛び込むと、床から壁、天井までビッシリと虫系モンスターが蠢いていた。
彼らが突っ込んだのは、いわゆるモンスターハウス。大量のモンスターが密集する小部屋は、冒険者が最も警戒すべき天然の罠だ。
ちなみに、太古の森に限ってはモンスターハウスに突っ込むことを「日陰の石を持ち上げる」と表現する。虫系モンスターが多いことがその理由だ。
四人は逃げ出した。
ハルヴァーは殿で追っ手を抑え、ようやく横穴から転げ出た。しかしそこでハルヴァーが見たのは、バラバラの方向に走り去る三人の背中だった。
小さくなっていく三人の背中から、ハルヴァーはジェドの背中を選んだ。
やっとの思いで追いつくと、ジェドはティレックスの真ん前で震えていた。そして負傷したジェドを背負っての戦闘中に僕達が来て、難を逃れたわけだ。
「オ二人ノ関係ッテ、何ダカ主従関係ミタイデスネエ」
と、ジャックが呟く。
彼も僕と同じことを思ったらしい。
ハルヴァーは否定も肯定もせず、ただ黙っていた。
どう答えるべきか迷っているようだったが、その迷いを振り払うように頭を振った。
「……護衛を引き受けてくれたノエル殿には、話しておくべきか」
「……っ!何故それを……」
僕は思わず立ち上がる。が、すぐに違和感に気づいた。
「ん?引き受けてくれた?」
ハルヴァーは静かに頷く。
「私が頼んだのだ。身分を明かし、ジェド様の身に万が一のことがないようにと。ギルドマスターはパーティに護衛をつけることを約束してくれた。もちろん秘密裏に、な。」
「そうだったのか」
「黙っていてすまない。ジェド様達は知らないのだ。それで、ジェド様の素性だが……」
ハルヴァーは姿勢を正し、力強い声で言った。
「ジェド様は……ジェラルド様は、アシュフォルディア王国第十三王子。ジェラルド=アシュフォルド=アイオン王子殿下であられる」
「オッ!?」
「王子様!?」
僕とジャックはつい、大きな声を上げてしまった。
どこぞの貴族様と想像していたが、その上をゆく王族様だったわけだ。
王子様なんて物語の中でしか知らない。
僕はジェドの背中を凝視した。これが王子様か……ジャックも、腰を浮かせてジェドの顔を覗きこんでいる。
アシュフォルディア王国とは、レイロアから遠く西北に位置する国のことだ。通称、聖王国。
「聖」王国なんて呼ばれるのは、その始祖が聖王アシュフォルドである、と伝わっていることに由来する。
聖王アシュフォルドは、僕の信ずる聖アシュフォルド教の信仰対象と同一人物。
その伝説の数々はさながら神話のようで、本当に実在した人物なのか、創作ではないのか、今も伝説を手がかりに研究が続いている。
「しかし、何故王子様が冒険者なんかに?」
僕がそう問うと、ハルヴァーはジェドの背中をチラリと見て、呟くように言った。
「お可哀想な方なのだ」
そう言ったあと、ハルヴァーの瞳が想いを巡らすように細かく振れる。
「……ジェド様のお母上は王宮に仕える召使であった。その低い身分のため、ジェド様母子は王宮内で浮いた存在だった。ジェド様がまだ幼い頃にお母上がお亡くなりになると、ジェド様のお立場はますます微妙なものとなった。王妃様が後見人となり最低限のお立場は守られたが、ジェド様にとって王宮は針のむしろであったのだろう。自室にこもられてばかりだった」
ジャックが腕を組んでしきりに頷く。
「王子様デモ色々アルノデスネエ。世ノ中厳シイモノデス」
「そんな日々を過ごされていたジェド様だったが、齢十五となられたときだ。何と、冒険者になると宣言された。どうも自室にこもっている間中、冒険譚を読みふけっておられた影響らしい。……王族、それも王の子が冒険者になるなど、馬鹿げたことだ。だが、その馬鹿げたことが認められた」
「ムウ……」
ジャックが短く唸る。
血筋だけでなく、第十三王子というのもあるだろうな。王にとって替えが利く、いや替えは足りてるってとこか。
「冒険者ニナッタ経緯ハワカリマシタガ……何デマタ、ワザワザれいろあヘ?聖王国トヤラニモ冒険者ぎるどハアルノデショウ?」
「それは、私が進言したからだ」
ハルヴァーはグッと唇を噛み締めた。
「ジェド様は自分を見下す王族を見返そうと、躍起になられた。だが、彼らの目は変わらなかった。むしろ「仮にも王族が野蛮な冒険者など」と陰口を叩かれる始末だ」
「マア、ソウナルデショウネエ」
「そこでランクを上げることになった。Sランク冒険者ともなれば、冒険者の地位の低い王国であっても一目置かれる存在だからな」
僕はハルヴァーの言葉に引っ掛かった。
「冒険者の地位が、低い?」
「ああ。王国において冒険者は便利屋のようなものだ――っと、すまぬノエル殿。他意はない」
「いや、大丈夫。それより便利屋のようなもの、っていうのは?」
「王国で冒険者に回ってくる依頼はお使い程度のものばかりなのだ。冒険者ギルド自体も規模が小さい。王国軍が存在するからな」
「王国軍……兵隊サンガイルト、ぎるどガ小サクナルノデスカ?」
ジャックが首を捻るが、ハルヴァーは「そうだ」とだけ答えた。
王国軍が存在するとギルドが小さくなる?
軍隊に人を取られて冒険者のなり手が減るってことか?……いや、減るのは仕事か!
「わかった!レイロアでは冒険者が担う治安維持やモンスター討伐を、王国では軍が受け持つわけだ」
「ナルホド!ソレデハ冒険者ノ仕事ガ減ッチャイマスネ」
納得するジャックに、ハルヴァーが更につけ加える。
「それどころか、軍は迷宮探索までやるぞ。迷宮からは貴重なアイテムが出るからな。軍が探索し、アイテムは王に献上される。迷宮探索の許可は冒険者にはまず、下りない」
「ウワア……」
「迷宮探索できない冒険者って……」
依頼は王国軍のおこぼれみたいなものばかりだろうし、迷宮にも潜れない。そりゃあ、冒険者の地位も低くなるな。
「……話を戻そう。私達のパーティは駆け出しの頃から他の冒険者に一目置かれていた。それはそうだ、王子がいるパーティなのだからな。面と向かって逆らう者など一人もいない。最初のランクアップ試験が思いの外、簡単だったのも不味かった。ジェド様は次第にギルドの主のごとく、傲慢に振る舞われるようになった。私がいくら諌めても、聞く耳を持たれなかった」
「調子ニ乗ッチャッタワケデスネ」
ハルヴァーは眉間に皺を寄せて頷いた。
「私は危機感を持った。我々のパーティに傲慢になれるほどの余裕はない」
「それでも、それなりに依頼はこなしてきたわけでしょう?試験受けるのに依頼ポイント必要なのだし」
僕がそう聞くと、ハルヴァーは首を横に振った。
「お使い程度の依頼の中でも、とりわけ楽なものばかりだ。ギルド側が王族相手に何かあってはいけないと、そういう依頼しか回さなかった」
「あー、なるほど」
「ぎるどノ責任ニサレソウデスモンネエ」
「ランクこそ上がれど、実力と経験が伴っていないのは明らか。私とて、腕に自信はあっても冒険者としての立ち回りには不安も多い。もし、次に受けた依頼が実際は難易度の高いものであったら?もし、情報にない強力なモンスターに突然出会したら?……そのとき、私はジェド様を守れない」
最後の方は絞り出すような声だった。彼にとって、認めがたいことなのだろう。
「そこで私はジェド様に、レイロアでランクアップ試験を受けるべきだと進言した。迷宮都市として名高いレイロアでランクを上げれば、王族の見る目も変わるだろう、とな。王子としての影響力の届かないこの地なら、必ず困難に直面する。それで冒険に対する認識を改めてくださればよし。過酷な状況に音を上げ、冒険者を辞めるのもまたよし。そんな腹積もりだった」
そしてその「困難」への保険が、ギルドへの要請というわけか。レイロアにとっては迷惑な話だ。
「事情はわかった。……気になったんだけど、ハルヴァーってジェドに仕える家来か何か?」
僕が尋ねると、ハルヴァーは胸を張って答えた。
「そうだ。……厳密には、王妃様に仕える騎士だが。ジェド様が冒険者になられたとき、御身を守るよう王妃様より御命令を受けた」
「デハ、アノ女性二人モ貴族様カ何カデスカ?」
ジャックはそう尋ねて、両腕を擦る。
デイジーとワンダにしがみつかれた感触が忘れられないらしい。そのあと無情にも突き落とされたっていうのに。
「いや、あの二人は元々冒険者だ。いつの間にやらパーティに入っていた」
「イツノ間ニヤラッテ……」
「ジェド様が王子であることは王国の冒険者の間で知られていたからな。ジェド様といれば、少なくとも金には困らない」
すると、ジャックがジェドの背中を眺めながらポツリと言った。
「……確カニ。可哀想デスネ、彼」
その含みのある言い方に、僕とハルヴァーの目がジャックに集まる。
「……オ金ニ寄ッテキタ女性二人ト、冒険者ヲ辞メサセタイはるゔぁーサン。ぱーてぃヲ組ンデイテモ、本当ノ仲間ガイナイ。一人キリデス」
「どうしても辞めさせたいというわけでは……いや、同じことか」
ハルヴァーの眉間の皺が深くなる。
本当の仲間、か。
「パーティ組んでても、便利屋の僕と変わらないね」
僕がそう漏らすと、ジャックが慌てて手のひらを横に振った。
「イヤイヤ。のえるサンニハ大切ナ仲間ガイルデショウ?」
「……そうだった」
「ワカレバイイノデス」
「僕にはルーシーがいた!」
すると僕の頭の上で船を漕いでいたルーシーが、ガバッと跳ね起きた。
「ん!ノエルにはルーシーがいるよ!」
そう言って、首に手を回してじゃれついてくる。
「チョットチョット。他ニモイマスヨネ?」
ジャックが自分を指差し、迫ってくる。
「……そうだ、サニーもいた!」
「オーイ」
「黒猫堂の皆も!」
「チョットォー!」
僕達のふざけた様子に、ハルヴァーの眉間刻まれた皺がいつの間にか消えていた。





