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 ほぼ一本道の地下八階を踏破し、下り階段までやってきた。これを下れば太古の森エリアだ。

 僕は立ち止まり、ジェド達に説明した。


「ここを下りて地下九階から十一階が、いよいよ太古の森エリアだ」


 ハルヴァーが地図を確認する。


「三階層にまたがっているのか」

「うん。それだけに広いね」

「ううむ。これは時間を要するな」


 腕組みするハルヴァーをよそに、ジェドは相変わらず女性二人と雑談している。

 本当に合格する気はあるのか?と問いたくなるが、ジェドにやる気を出される方が面倒になりそうなので我慢する。

 今まで通り、ハルヴァーを先頭に僕とジャックが続いて歩く。ここからは探索する必要があるので、しらみ潰しにあたっていく。

 太古の森は、その名の通り奇妙な植物が生い茂っているため、視界が非常に悪い。

 垂れ下がった蔓をくぐり、腰ほどもある草を避けていくと、沼の前に出た。

 うちの庭くらいの広さの沼で、泥々の水面が気味悪く蠢いている。


「おい、司祭」

「……なんです?」


 ジェドの呼びかけに振り向く。

 彼は沼を指差した。


「これは底なし沼か?」

「ある意味、そうですね」

「ある意味?」

「どこまでも沈んでいくってわけじゃなく、下の階層に抜けているんです。そういう意味で底なし(・・・)沼と言えます」

「へえ」


 僕の答えを聞き、ジェドはワンダとデイジーに目配せした。

 すると二人は小走りにジャックに近寄る。


「ヘッ、ヘッ?何デス?」


 戸惑うジャックの両腕に、ワンダとデイジーがそれぞれしがみついた。


「この前はキモいとか言ってゴメンねー?」

「ほんとほんと。そんなこと思ってないからぁ」


 密着してくる二人に、ジャックは目を白黒させる。


「ナッ、ハイ!エッ?」

「そのベルト、カッコいいね?」

「うん、似合ってるぅ」

「ソ、ソウデスカネ?……デヘッ」


 新装備を誉められ、満更でもないジャック。

 そして。


「「えいっ!!」」

「ヘッ!?」


 ワンダとデイジーは息を合わせて、ジャックの背骨を押した。

 その先は底なし沼。


「ちょっと、何を!?」


 慌てる僕をジェドが押さえる。


「ウワァー!アブッ、グヘッ」


 沼に落ちたジャックは、四つん這いの格好で泥に塗れる。どうにか逃れようと足掻くが、泥が手足を捉え離さない。


「ヒィィー!のえるサァーン!ゴブゲブアブ……」

「ジャック!くそっ!」


 ジェドの手を振り払い、僕は沼の縁に駆け寄った。


「掴まれ、ジャック!」


 僕は杖を伸ばした。

 だが、沈みゆくジャックはパニックを起こし、ひたすらバタバタと暴れるだけだ。

 ……もしや、二つ名【土左衛門】が悪さをしているのか?

 暴れる度にジャックの体は沈み、やがて恨めしそうな頭蓋骨がゆっくりと泥に消えた。


「ククッ。見たかよ、あの顔!」


 ジェドが腹を抱えて笑う。


「ひぃぃー!ノエルさーん!あぶあぶあぶ……」

「うふふ。もう、止めてよワンダぁ」


 ジャックの真似をするワンダに、それを見て笑うデイジー。

 僕は三人の笑い声を背中越しに聞きながら、冷静になろうと努めた。

 嫌な連中だが、護衛すべき頼りないパーティなのは間違いない。

 裏依頼だって受けているんだ。

 冷静に、冷静に……。

 まずはジャックを回収しなければ。

 ……こいつらが素直に応じてくれるだろうか?

 だが、ジャックを放っておくなんてできない。

 でも……。

 そこまで考えて、怒りが収まらない自分に気がついた。

 ああ、無理なんだな。

 これは理屈じゃないんだ。

 僕は考えるのをやめ、感情のままに行動することにした。

 そうと決めたら、まずは。

 僕は三人を睨みつつ、柔軟体操を始めた。


「おい、司祭?……ククッ。見ろよ、こいつも頭おかしいぜ」

「ええっ?」

「何で体操してるのぉ?」


 僕は三人を無視しつつ、柔軟体操を続ける。

 屈伸……肩回し……体を伸ばして……。

 そして最後に深呼吸。

 準備を終えた僕は、底なし沼に向かって思いきりジャンプした。


「やだっ、ちょっと!」

「きゃあっ!」


 ワンダとデイジーが悲鳴に近い声を上げる。


「ノエル殿っ!」


 黙って見ていたハルヴァーが、血相を変えて走り寄る。そして鞘に入れた剣を僕へ向けて差し出すが、僕は手を伸ばさず首を横に振った。


「何してんだよ、お前?」


 ジェドが眉をピクピクさせながら問う。


「ジャックの後を追います」

「馬鹿か!?しつけの悪い使い魔に教育してやっただけだろうが!」


 ジェドが声を荒げるが、これも無視だ。

 ハルヴァーがジェドを押し退け、僕に叫ぶ。


「ノエル殿ッ!下層につながっているのなら、スケルトンのジャック殿は死にはしない!早く上がってこられよ!」


 押し退けられたジェドが茶化すように言う。


「いや、もう死んでるけどな」

「ほんとだ、うける!」

「ジェド様、さすがぁ!」


 三人はこれまでのようなやり取りをするが、声色に焦りが混じっている。

 僕の脚は全て泥に消え、あとは上半身を残すのみとなった。

 ここにきて、ジェドは焦りを隠さなくなった。


「司祭!いいから早く上がってこい!」


 僕は黙ってジェドを睨む。


「おい!聞いてるのか!」

「ノエル殿!」


 悲痛な顔で僕を見るハルヴァーに、僕は静かに語った。


「……確かにジャックは僕の使い魔に違いない。でも下僕じゃないんだ。相棒であり、家族なんだよ。最初にパーティに誘われたときに断った理由、ハルヴァーはわかってるよね?相棒を馬鹿にされたからだよ。落ちても死なないだろうとか、そういう話じゃあ、ないんだ」


 言い切ると同時に、僕の顔は泥に沈んだ。



 僕はカバンの口を、自分の鼻と口を覆うように当てた。魔法を詠唱する空間を作るためだ。

 ジャックの「後を追う」とは言ったが、死に殉じるとかそういう意味ではない。純粋に、ジャックの後を追っかける、という意味だ。

 もちろん死ぬつもりなんてない。

 この沼が下層に抜けているのは多くの冒険者が確認していることで、実際に落ちてみた人までいるので間違いない。

 泥の深さは階段の高低差くらいだろう。

 このまま沈んでいても、じきに下の階層に落ちる。

 だが、この緩やかな速度では窒息してしまうかもしれない。

 そこで……。


「『ウォーターベール!』」


 大量の水が発生し、僕の周りの泥が緩くなる。

 手を動かせるようになったので、下へ向けてもう一回。


「『ウォーターベール!』」


 はっきりと沈下速度が早まる。

 ダメ押しにもう一回。


「『ウォーターベール!』」


 もはや泥水と化した泥の中を、僕はズルズル落ちていく。そして、ふいに足下の感覚がなくなった。


「ぷはっ!……あうっ!?痛うう!」


 息継ぎと同時に落下した僕は、床にお尻を痛打した。


「の、のえるサン!?」


 泥だらけで四つん這いのジャックが、僕を信じられないという顔で見ていた。


「ナンデ……?」

「そりゃ、ジャックの後を追ってきたんだよ。いたた……」


 ジャックは四つん這いのまま、シャカシャカッ!と怖ろしい速度で近寄ってきた。


「何テ無茶ヲ!」


 ジャックが僕の泥を払いつつ、叱る。


「下に抜けることは知ってたからさ。しかし、ここに抜けるのか。ショートカットに使えるね……いや、ダメか」


 見れば、服だけでなくカバンまでびしょ濡れだ。

 僕とジャックは、泥んこ遊びした子供のような格好になっていた。


「ハァ……帰ッテカラノ洗濯ガ憂鬱デス。洗濯ノ魔法トカ、存在シナイノデスカネエ」

「あるよ」

「ウソッ」

「『クリーン』の魔法。無属性魔法だね」

「覚エテクダサイヨー!毎日ノ洗濯ッテ、結構大変ナノデスヨ?」

「そう言われても、ね。見たことないんだよ、『クリーン』の魔法石」

「アー、れあナンデスカ?」

「レイロアのダンジョンからは出ないって聞くね。っと、そうだ」


 僕は十字架をトントン、と叩いた。


「るーしー呼ブノデスネ」

「うん。彼らもいないし」


 今回の試験では、ルーシーを呼び出さないことをジャックと前もって決めていた。

 それは、ジャックのようにルーシーまで馬鹿にされるのが怖かったからだ。もし馬鹿にされれば、僕もジャックも彼らを置き去りにして帰ってしまうだろう。


「アレ?」

「出てこないな」


 僕は十字架に語りかけた。


「どうしたの、ルーシー?お腹でも痛い?」


 すると、ぷうっと頬を膨らませたルーシーが、十字架から顔だけ出した。


「おなかいたくないもん!ふたりばっかり!ルーシーのけものにして!」


 そして十字架の中に引っ込んでしまった。


「アー、ソウイウコトデスカ」


 良かれと思っての行動だったが、裏目に出たようだ。


「ルーシー、違うんだ」


 僕が言い訳しようと呼びかけるが、ルーシーは取り合わない。再びにゅっと顔だけ出して、不満を叫んだ。


「ルーシーも!パーティくむって!いったのにいー!!」


 地下十階に、おかんむりのルーシーの声が響き渡った。

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