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命令を受けた赤屍鬼は、離れて停まる馬車に乗り込み、移動を始めた。
「行かせては不味いな」
カインさんがボソリと言った。
だが僕達を通さないとでも言うように、再び横一列に並ぶ黒騎士。
黒騎士はまたもや常歩でこちらへと動き出した。
「これを凌いで追っ手を放つ。ジゼル、ヒッポグリフを呼べるか?」
カインさんは頭上を旋回する二頭のヒッポグリフを見つめて言った。
「……テオドール」
「はっ。私のヒッポグリフを呼びます」
テオドールさんが空に向かって手を大きく振ると、一頭だけが降下を始めた。
「よし。エレノア、赤いの倒せるか?」
カインさんの問いに一瞬迷ったエレノアさんだったが、力強く頷いた。
「はいっ!次こそは必ず!」
「いい返事だ。では追っ手はテオドールとエレノア。二人とも、何としても馬車を止めろ」
「はっ!」
「はいっ!」
そして僕達は眼前に迫る黒騎士を睨む。
相変わらずの迫力だが、三度目ともなると目も慣れてきた。
結界の中で衝撃音に耐え、黒騎士が過ぎ去ると結界が消えた。同時に、降下してきたヒッポグリフに二人が飛び乗る。
「ジゼル様、ご武運を!」
「皆さん、ご無事で!」
「お前らもな!」
「テオドールも気をつけて行け!」
「エレノアさんも!」
「無事ニ済ミマスカネ……」
「ばいばーい!」
二人の励ましに、残る僕達はそれぞれに返答する。
二人を乗せたヒッポグリフは、馬車の行った方角へと飛び去っていった。
「さあて、問題はこっちだ。ジゼル、あの……『イージス』だったか?あれはまた使えるのか?」
カインさんの問いに、ジゼルさんが頷く。
「もう一度使うことはできる。だがあれは維持にも魔力を消費するので、突撃に耐えられるのはあと二、三回だろう」
「ふむ……ではあと一回だけ、頼む」
「一回でいいのか?」
「ああ。お前に魔力切れで倒れられたら敵わん」
「そうだな。わかった」
今度は僕を見たカインさん。
「ノエル、あのドラゴンゾンビにアッパー食らわせた魔法は使えるか?」
「使えます。でも……あれは的が大きいから当てられた面もあります。あの速度で動く黒騎士に当てられるかどうか……」
「突撃中を狙え。動きが直線的だし、走り出したら止まれんハズだ」
「はあ」
少し、いやかなり自信がない。
あの魔法自体、一度しか使ったことがない。
僕の自信なさげな様子を見て取ったカインさんは、僕の胸を拳の裏で軽く叩いた。
「大丈夫だ。もう一度、結界内から突撃を見るチャンスがある。穴が開くほど見ろ。そして次に生かせ」
「はいっ!」
そして四度目の突撃が始まる。
今度は縦列突撃だ。
「ルーシーもよく見てて。後で『タイタンフィスト』使うからね」
「ん、わかった!」
ルーシーとともに、地鳴りを響かせ迫り来る黒騎士を、目を逸らさずに観察する。
タイミングをみて、ジゼルさんが再び『イージス』を唱え、結界を張った。
結界の上を笑い声と衝撃音が通り過ぎていく。
「あの魔法を当てるなら、縦列の方がいいが……よし!次も縦列だ!」
馬首を返す黒騎士を見て、カインさんがグッと拳を握った。
「ジゼル、結界を解け!」
「わかった!」
カインさんが屈んだまま『レーヴァテイン』唱えた。その熱量はとてつもなく、カインさん越しに僕の肌をジリジリと焼く。
だが、集中を乱してはならない。
そんな僕の心を見透かしたように、カインさんが振り返った。
「ノエル。頼むぞ」
「はいっ!」
結界が消え去り、五度目の突撃が始まる。
さすがに目は慣れた。
タイミングも計った。
あとは焦らず、怖れずできるかだ。
常歩……速歩、駆足。
すぐにもう一段、速度が上がるハズだ。
……ここだ!
意識の底で繋がったルーシーと、合成魔法を紡ぐ。
「「地脈の奥深きに眠る太古の巨人よ!大地に仇なす者共に、汝の拳を突き上げよ!『タイタンフィスト』!!」」
縦列突撃のちょうど真ん中に魔法陣が現れる。
そこから突き上げられた巨大な拳が、黒騎士達を空へと打ち上げた。
宙を舞う黒騎士は五、六……八騎。
さすがに全ての黒騎士は無理だったか!
焦りを覚え立ち上がりそうになるが、カインさんが大声で言った。
「上出来だ!あとは任せろ!」
迫ってくるのは中央の黒騎士と、そのすぐ後ろに続く二騎の黒騎士。そして間を置いて最後尾の二騎。
カインさんは迫ってきた中央の黒騎士の、槍を持つ逆側に飛び上がり、一閃。そしてその黒騎士を足場に、続く二騎の首を横薙ぎに切断した。
三騎は僕達を通り過ぎ、ずいぶん離れたところで崩れ落ちた。
カインさんは、残る最後尾の二騎にこちらから向かって行き、同じく首を刎ねる。
「タイミング覚えちまえばこんなもんか……っと、ジゼル、ジャック!掃除を手伝え!」
カインさんの指示に、二人は『タイタンフィスト』を食らった黒騎士に向かう。
黒騎士達は地面に叩きつけられ、ヨロヨロと立ち上がるところを三人に倒されていった。
「……しぶとい。君達は実にしぶとい」
ヒューゴが、まるで僕達を賞賛するかのように言った。
「さあ、こっちのターンだ」
紅く脈打つ剣を手に、カインさんがニヤリと笑う。
「いやいや、君達のターンなんて来ないよ?」
「うるせえ。地獄に落ちろ」
カインさんが一歩一歩、間合いを詰める。
「……地獄?ここだよ、それは。この世界こそが地獄だ」
カインさんを睨みつけながら、ヒューゴは信じられない量の魔力を練った。
「ハッ、ハッ……奴の魔力は底なしか!?」
自分は魔力切れが近いのであろうジゼルさんが、肩で息をしながら忌ま忌ましそうにヒューゴを睨みつける。
「させるかよ!」
カインさんが駆け出し、ヒューゴに迫る。
敵を間合いに捉え、『レーヴァテイン』を振りかざすが。
「『セメタリーシールド』!」
詠唱なしで唱えた死霊術に、無数に散らばった白骨が呼応し、ヒューゴの壁となる。
カインさんの一撃をもってしても、その壁は崩しきれなかった。
この無数の白骨は『スケルトンタイド』の残骸だ。
「死者を操り、それを倒されてもさらに再利用できる。死霊術って素晴らしいだろう?」
壁の向こうで目を細めるヒューゴ。
カインさんは何度も壁を攻撃するが、その度に新たな骨が壁を再生する。
それを見て、ヒューゴはゆっくりと詠唱を始めた。
「謂れ無き罪を背負い、限り無き苦痛を味わった魔女達よ!復讐の夜は来たれり!背徳の豚どもに、魔女が与える鉄槌を!『ヴァルプルギスナイト』!」





