138
「ルーシーも鳥さんのりたい!」
ルーシーがキラキラした瞳でヒッポグリフを見つめる。
「るーしー、自分デ飛ベルジャナイデスカ」
「もう、ジャックはわかってないなー。鳥さんにのってとびたいの!おーい!こっち、こっちー!」
ルーシーが手を振ると、降下してくるヒッポグリフの騎手も手を振り返した。
あれは……ジゼルさんか。
ということは、その後ろはカインさんだな。
ヒッポグリフは大きく翼をはためかせながら着地した。
僕は巻き起こった砂ぼこりに顔を背けながら、ヒッポグリフの背の二人に尋ねた。
「どうしたんです、二人とも?」
「見回りが終わった途端、カイン殿がゴブリン集落を見ると言い出して聞かなくてな……後ろから手綱を横取りしようとするんだよ?まったく!」
「悪い、悪い」
口を尖らせるジゼルさんに対し、謝りつつも悪びれる様子のないカインさん。
カインさんはジゼルさんより先にヒッポグリフから飛び降り、集落を見た。
「へええ!これが噂のゴブリン集落か!」
そして門に近づき、興味深そうに観察し始めた。
ゴブリンソルジャー達が身構えるが、ジルベルが手で制し武器を下げさせた。
そんなゴブリン達の様子も気にせず集落の中を覗いていたカインさんが、急に疑問の声を上げた。
「んん?おいおい、避難が全然進んでないじゃないか。どうする気なんだ、ノエル?」
「ええと、日暮れまでに説得して、夜半までになんとか避難が終われば、と」
「何を悠長なことを言っているんだ、ノエル君?」
今度はジゼルさんが疑問をぶつけてきた。
「何を、と言われても……説得が難しくて」
「そうじゃなくてだな……」
「見た方が早い。あれを見ろ、ノエル」
カインさんに言われて西を見る。
彼の指差すあれは、目映い西の空にあるらしい。
「あれってどれです?眩しくて」
「よく見ろ、あれだ」
目を細めつつ慣らしていくと、上空に点が見えた。
少し離れて、点がもう一つ。
動いているから鳥――いや、ヒッポグリフか!
「あれって……もしかして!?」
「ギルドマスターとエレノアだ。つまりあの真下にドラゴンゾンビがいる」
「ソッ、ソンナ!!」
ジャックが外れそうなほど顎骨を下げる。
「もうあんなところまで!?これじゃ間に合わないっ!」
カミュさんに聞いてたよりずいぶん早い。
計算ミス?それとも移動速度が速まった?いや、そんなことはもう、どうでもいい。どうやって避難させれば……。
ジャックが今度は西の空を指差しつつ、説得にあたる。が、やはりジルベルは首を縦に振らない。
そうしている間にも時間が過ぎ、二つの点がハッキリと視認できるまでに近づいてきた。
やがて足下から伝わってくる、規則的な地響き。
不味い。
「ノエル。わかっているだろうが、ここで戦うのは愚策だぞ」
「はい、わかってます……」
上空にいるギルマスを含めたここにいる戦力でも、できるのはせいぜい足止め程度だろう。
その足止めも、命がけの足止めだ。
命をかけるなら、ドラゴンゾンビを倒すときにすべきだ。今じゃない。
「ジャック」
僕の問いかけに、ジャックは首を横に振った。
「無理デス、のえるサン」
「……子供だけでも転移させないか聞いてみて」
「……ワカリマシタ」
それからまたジェスチャーで何かを伝えるジャック。
彼は子供のゴブリンを指し示したりしながらジェスチャーを続け、そして肩甲骨をガクリと落とした。
「……子供達ガ人間ノ村ニ避難シテ、生キテイケルトハ思エナイ。ソレナラバ運命ヲ共ニスル、ト」
「そうか……説得は諦めよう」
たぶん、ジルベルは間違っていない。
間違っていないからこそ説得が困難なのだ。
ジルベルはジャックの背骨を申し訳なさそうにポンと叩き、それからゴブリンソルジャー達に何事か命令した。
すると集落の中からもゴブリンソルジャーがわらわらと出てきて、ジルベルの前に隊列を組んだ。
総勢40体くらいか。
彼らは強い。
それは以前の冒険でよく知っている。
だが、それでもドラゴンゾンビには敵わないことは明らかだ。
地響きは大きくなり、その足音も聞こえてきた。
ズシン、ズシンと心まで圧せられるような音。
ジゼルさんがヒッポグリフの側に寄り、僕を見た。
「ノエル君、我々は上空へ逃れるつもりだが……早まった真似をする気ではないな?」
「……はい。いよいよとなれば『テレポート』します」
「ならばいい」
そう言ってジゼルさんは、地響きに怯えるヒッポグリフの首を撫でた。
「……のえるサン、私ハ残リタイデス」
「だめだ。ルーシーに『マッドハンド』で拘束させてでも連れてくよ」
「……」
ジャックは納得こそしていないようだが、反論しなかった。
不吉な雰囲気に、集落が慌ただしくなる。
ジルベルが諫めるが、混乱は集落じゅうに広がっていく。
その混乱は、風が運んできた腐臭によりさらに大きくなった。
ジルベルは騒ぎを収めるのを諦め、ゴブリンソルジャーに号令を発す。即座にゴブリンソルジャー達は隊列の間隔を広げ、迎え撃つ陣形をとった。
「見えたぞ」
カインさんの声に前方を見る。
ゴツゴツとした背中が林の遥か上に見えた。
ドラゴンゾンビは林を挟んだ向こうの荒れ地を移動しているようだ。
血か体液か、体の表面がぬめりを伴って西日を反射していた。
「何という大きさだ……」
奴を初めて見るジゼルさんが、唖然とする。
それはジルベルも同じようで、ポカンと口を開けていた。
「ソウダ!のえるサン!」
「何?」
「『ミスト』デ隠レマショウ!のえるサントるーしーナラ、集落ゴト隠セマスヨネ!?」
「それはできそうだけど……意味ないよ」
「何故デス!?」
「ゾンビ系はそもそも視力がほとんどない。獲物は生体感知で見つけるんだ」
「生体感知……隠レテモ意味ナイ、ト」
「うん。まあ、でもゾンビ系って鈍いからね」
「ッ!気ヅカズニ通リ過ギルカモシレナイデスネ!」
「ノエル、希望を持たせるような言い方はよせ」
いつの間にか隣にいたカインさんが僕を叱る。
「ジャック、冒険者のよく言う台詞にこんなのがある。《ルーキーはゾンビから五十歩離れて石投げろ》ってな」
「五十歩?石?何デスカ、ソレ?」
「ゾンビはおよそ五十歩距離をとれば、こちらに気づかない。つまりその距離から投石でもしていれば安全に倒せるわけだ。ルーキーはそのくらい慎重に戦えって意味だな。逆に言えば、半径五十歩以内だと生体感知に引っかかるということでも表している」
「ナラバ気ヅカレナイノデハ!五十歩ドコロカ何百歩モ離レテマスヨ!?」
「ゾンビ本人の歩幅で、だ。奴の歩幅の大きさはわかるな?」
「アア……ソウカ」
「おそらくもう、生体感知の範囲内だ。そして奴が欲する人間と亜人間の肉がこちらには百以上ある。あとはいつ、奴がこちらに進行方向を変えるかだ」
もうできることはないのか。
せめて、逃げるときは分散しろとゴブリン達に助言すべきか。
それとも、強引にジルベルとともに転移してしまおうか。
『テレポート』の詠唱はどのタイミングで始めるべきか。
いっそ、本当にこのまま通り過ぎてはくれないだろうか。
そんなふうにグルグルと考えを巡らせながら、僕はゆっくりと東へ進むドラゴンゾンビを見ていた。





