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「さて……ノエル、聞いての通りだ。【天駆ける剣】のサポートを依頼したい。順序が逆になってすまん。だが、どうか受けてほしい」
そう言って、ギルマスが頭を下げる。
「あ、頭を上げてください、ギルドマスター。僕は『テレポート』だけをやればいいのですか?」
ギルマスは頭を上げて付け加えた。
「可能ならば厄災の鑑定も頼みたい。それ以外は何もしなくていい。道中の戦闘行為なども一切しなくていい。【天駆ける剣】がいるからな」
僕は他の冒険者のような西方への怖れはない。
一度行って、この目で見ているから。
厄災というのが何なのかわからないが、レイロアを滅ぼすというくらいだから相当ヤバいものなのだろう。
だが、先程ギルマスが言ってたように【天駆ける剣】はレイロアのトップパーティ。道中のモンスターも、厄災への対処も、全て任せてしまえばいい。
「わかりました……いいかな、ジャック?」
「エエ。戦闘ニ参加シナイナラバ、問題ナイカト」
「そうだね。引き受けます、ギルドマスター」
「すまん。恩に着る」
礼を言うギルマスの横で、ナスターシャさんがカードを並べ始めた。賭け事で使う奴ではない。たしか、占いに使われるタロットカードとかいう奴だ。
どうも僕を占っているらしい。
「……真の厄災は闇に溶けた心。そなたらは苦難を強いられるであろう。だが諦めてはならぬ。闇に寄り添う復讐の女神は、最後の最後にそなたらに微笑む」
「はあ」
良いのか悪いのかわからない占い結果に、僕は気の抜けた返事を漏らした。
その後、マギーさんが依頼書を作成した。
僕への直接依頼という形になるようだ。依頼内容は、
《【天駆ける剣】の西方調査のサポートを依頼する。サポート内容は『テレポート』での前述パーティの輸送及び鑑定スキルによる厄災の見極めとし、戦闘行為は含まない。 依頼主アラン=シェリンガム》
報酬は三万二千。
直接依頼としても、かなりの額だ。
直接依頼の報酬額は、依頼を受ける冒険者のランクと依頼の難度・緊急性により算定される。
今回は特別に【天駆ける剣】のパーティ扱いで、緊急性が高いということで高額報酬となった。
移動と鑑定だけでこの報酬額……もしかしてサポート専門で生活できてしまうんじゃないか?
まさしく「便利屋」になってしまうな。
僕は軽い足取りでギルドを出て、すぐお隣の酒場へと入った。
立地条件の良さとリーズナブルな価格で、常に賑わう〈最後の50シェル〉。
今日もたくさんの客がいたが、いつもとは雰囲気が違っていた。
普段顔を見せない超有名パーティの来店に、店じゅうが沸き立っていたのだ。
あちこちから聞こえる【天駆ける剣】を噂する声。
彼らを見る好奇の視線。
当の【天駆ける剣】はそんな周りの様子を気にすることもなく、中央のテーブルでくつろいでいた。
「おろっ?ノエルにジャック、久しぶり!ビシッ!」
後ろから呼び止められて、そちらを振り向く。
そこにいたのは語尾が特徴的な彼女。
狩人のトリーネだ。
「二人も【天駆ける剣】を見に来たの?オーラヤバいよね、超ヤバい。ああ~、キマイラ討伐した話とか聞きたいよー!……でもなんでポーリの旦那が一緒にいるんだろ。友達なのかな?ハテサテ?」
興奮しているのか、早口で捲し立てるトリーネ。
どうやらポーリさんが【天駆ける剣】の一員だとは思ってもいないようだ。
そうなってしまうのは何となくわかる。
ポーリさんって妙に親近感が湧くというか、あんまり強そうじゃないというか……いや、Aランクだし間違いなく強いのだが。
「見ニ来タ?……フフン」
ジャックはトリーネを鼻で笑い、【天駆ける剣】のくつろぐテーブルへと歩を進めた。
「おえっ?……やめなよジャック!【炎剣のカイン】がいるんだよ?消し炭にされちゃうよ!火葬まったなしだよ!ドキドキ」
ジャックはそんなトリーネに背中越しに手を振って歩いていき、【天駆ける剣】のテーブルの空いた椅子にドスンと腰かけた。
「うわわ!どうするのノエル?ワクワク」
相変わらず心の声が漏れているトリーネはともかく、周囲の客達もどうなるのかと興味津々な様子だ。
対して【天駆ける剣】の面々は、ジャックの態度にキョトンとしている……ポーリさんだけはため息をついているが。
仕方なく、僕もそのテーブルへと向かった。
もう空いた椅子がないので、ジャックの後ろに立ち、後ろ手に組んだ。
「……この短い間に立場が入れ替わったのか?」
カインさんの質問に、ジャックはニヤッと笑い頷く。
「ウゲッ」
僕が頭蓋骨に拳骨を落とすと、ジャックは頭頂部を押さえ振り向いた。
僕が冷たく睨むと、彼は渋々立ち上がった。
「すいません、とんだ失礼を」
ジャックと入れ替わり、椅子に座る。
「ポーリから大体のことは聞いたが、一応自己紹介してくれるか?」
「はい。司祭のノエルです。彼は使い魔のジャック。もう一人、ゴーストの使い魔がいます」
「ふっ、まるでネクロマンサーだな」
「よく言われます」
「ククッ、だろうな。今度はこっちの紹介を……っと、司祭ならもう俺達を鑑定しているのか?」
「いえ、失礼にあたるので普段は鑑定しません」
正直にいえば、【五ツ星】との冒険のときに一度鑑定しているのだが。
「せっかくだ。鑑定してみせてくれよ」
そう言って、イタズラっぽく笑うカインさん。
「皆さんがよろしければ……構いませんが」
「いいよな?」
カインさんが見回すと、全員が頷いた。
「わかりました。えー、まず魔剣士、【炎剣のカイン】さん」
すると、カインさんは胸に手を当ててお辞儀した。
「次は魔法戦士、【迅雷のポーリ】さん」
ポーリさんもうやうやしくお辞儀する。
僕に紹介するために僕が紹介するという、奇妙な形の自己紹介が続く。
次はとりわけ大柄な男。
顎髭を生やし黒い金属の全身鎧を着ていて、とても迫力がある風貌だ。
「剣士、【豪剣のヴァーツラフ】さん」
ヴァーツラフさんは恐い顔ににんまりと笑みを浮かべて頷いた。
最後は眼鏡の知的な感じの男。
整えられた髪と手入れされた銀色の鎧から、きちんとした性格なのだろうと察せられた。
「神殿騎士、【救済者カミュ】さん」
カミュさんは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに丁寧にお辞儀した。
「……クククッ。ニヤケたヴァーツラフも、驚いたカミュも久々に見たぜ。なあ、ポーリ」
「ああ、珍しいものを見た」
カインさんとポーリさんがおかしそうに笑う。
「ふんっ!」
「私達の反応を見たくて鑑定をせがんだわけですか。悪趣味な」
ヴァーツラフさんとカミュさんは苦い顔をしている。
そして僕とジャックはよく意味がわからず首を捻る。
それを見たポーリさんが僕達に教えてくれた。
「つまりだな。誰もがそう呼ぶカインを除いて、自分の二つ名なんて普通は知らないのさ。ヴァーツラフは自分の二つ名が嬉しくてついニヤケて、カミュは自分の二つ名が意外で驚いたってわけだ」
「はあ~、なるほど」
僕は鑑定スキルを持つがゆえに当たり前になっていたが。普通は自分の二つ名なんて知らないのだ。
思えば僕だって自分の二つ名には驚いた。
「そこいくと、ポーリは案の定というか、そのまんまな二つ名だよな!」
「ほっとけ!!」
ポーリさんが顔を真っ赤にして怒鳴ると、皆が声を出して笑った。
そして、僕の中でポーリさんが【予想通りの男】の二つ名を得た。
割烹にて書影を公開しました。





