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「うわっ!リオ、危ない!」
「ん?これのことかニャ?」
そう言ってリオは落とし穴の上に飛び乗った。
……ん?穴に飛び乗る?
「これも騙し絵ニャ」
そう言って、リオは落とし穴の上でジャンプしてみせる。
「床ニマデ……」
恐る恐る騙し絵を覗き込むジャック。
「多分、騙し絵ギツネの巣穴が近いニャ。ま、気にせず進むニャ」
「うう。これ、ほんとに絵だよね?」
僕は壁を頼りに、何とか偽落とし穴ゾーンを通り抜けた。
それからは十四階同様、快調に進んだ。
途中、ジャックが騙し絵と思い込んで本物の落とし穴に落ちたりはしたが、さして問題とはならなかった。そして僕達は何の問題もなく、十六階への下り階段まで辿り着いた。
いや、辿り着いてしまった。
「おかしいニャ……」
リオが地図を見直す。
「通リ過ギテシマッタヨウデスナ」
「わかってるニャ!ちょっと待つニャ!」
ジェロームの言葉に、リオが声を荒げた。
今回の冒険の目的は、新店舗スペースの確認。事前に決めていた場所は、十五階の最短ルート沿いにあるはずなのだ。
「ノエル、見落としたニャ?」
「いや、ちゃんと鑑定してたよ?」
ルート沿いに進めば、左側に店舗スペースへの通路が出てくる。その為、僕は左側の壁を念入りに鑑定しながら進んできた。念を入れすぎて、目がしぱしぱするほどだ。
「……一旦戻るニャ。ここからなら、そう遠くないはずニャ」
新店舗スペースは、十六階で行き詰まった冒険者がすぐ駆け込めるように、下り階段近くの場所を選んでいた。
「仕方ないね」
「ヤレヤレ」
僕達はもう一度通路を確認する為に、下り階段に背を向けた。
そのとき。
先頭のリオの動きがピタリと止まった。
「ドウシタ、店長?」
問いかけたドミニクを、リオは手で制する。
「……争う物音。戦闘音ニャ。近づいて……その階段ニャ!」
僕達は一斉に振り返った。
じっと階段を見つめていると、僕達の耳にも激しい物音が聞こえ始めた。何やら怒鳴り声も聞こえる。
「隠れるニャ!」
リオの指示に、全員が一斉に身を隠す。
壁に隠れて様子を見ていると、階段の下から魔法使いらしき青年がふらつきながら上がってきた。青年が息を切らして座り込む間に、盗賊の女性、僧侶の少年と、次々に階段を上がってくる。
最後に戦士らしき男女二人が姿を見せた。
男性の方は怪我をしているようで、女性が肩を貸している。
僧侶の少年が駆け寄って治療を始めるが、すぐに回復するような怪我ではない。
「僕も手を貸すべきかな?」
小声でリオに聞く。
「待つニャ。戦闘で気が立ってる所にアタイらを見たらどうなるかわからないニャ。時間をおくニャ」
僕は後ろに身を隠す面々を確認した。
僕を不思議そうに見つめる、四体のスケルトンと一体のゴースト。
「……それが良さそうだね」
「それに、まだ戦闘は終わってないようニャ」
リオが顎で下り階段を指し示す。まだ何者かが上ってくる気配があるようだ。
ほどなく、階段を上る物音がはっきりと聞こえ始めた。それは先程まで聞こえていたような、武器や鎧が鳴る音ではない。ギリィッ、ギリィッ、と硝子に爪を立てるような不快な音。それが複数聞こえる。
「ギョエッ、ギョエッ」
薄気味悪い声と共に、階段から覗く醜悪な顔。
「あれって……」
人型。
赤黒い皮膚。
額から生えたひょろ長い二本の角。
背中から見えるコウモリのような羽。
「レッサーデーモン、ニャ」
リオは忌々しそうに呟いた。
「エヒャッヒャッヒャッ」
「ケケッ!ケケケケッ!」
階段を上ってきたレッサーデーモンは、その数、五匹。長い腕をだらりと垂らし、嗤うように冒険者達を威嚇する。
「助マショウ!」
ジャックが立ち上がろうとするが、リオが押しとどめた。
「他パーティの戦闘への介入はとても危険ニャ。ギリギリまで待つニャ。」
リオはそう言って唇を噛んだ。
こういう状況判断はリオに任せるべきだろう。とはいえ、僕には既にギリギリの状況に見える。
「もう、駄目だわ……」
「ううっ、どこまで、えぐっ、追ってくるんだよっ!ぐうっ」
女盗賊は諦めの表情。魔法使いの青年に至っては、泣き顔を隠そうともしない。
「まだ……ッ!諦めるな!」
治療を受けていた男性の戦士が、僧侶の少年を後ろへ追いやる。
「アーロン……」
アーロンと呼ばれたその戦士は、呼んだ女戦士の肩から腕を離し、武器を構えた。
「隠れ穴まで逃げようよぉ」
僧侶の少年が、か細い声で言った。
「駄目だ、ッ逃げ切れない……ゼエッ、せめて数を減らさなければ……!」
「アーロン、来るわ!」
レッサーデーモン達は爪先立ちでステップを踏むと、トリッキーな動きで戦士二人に迫る。
「くっ、ハアッ!」
「ギョッギョッギョッ!」
「おらっ!」
「やるしか……ないっ!」
覚悟を決めたのか、女盗賊が戦列に加わる。
「ふっ、ふっ!ニコラスっ!あなたも援護してよ!」
女盗賊がニコラスと呼んだ魔法使いは、頭を抱えたまま、うずくまって震えていた。それを見た女盗賊はため息をつく。
「ゲッゲッ……『ファイヤーボール』!」
「うぐっ!」
レッサーデーモンの放った火の玉が、女戦士の肩口に当たる。
「ホントニ魔法使ウノデスネ……」
ジャックの呟きにリオが頷く。
「レッサーデーモンが使えるのは初級魔法だけニャ。でも、奴らは魔法協力が可能ニャ」
「魔法協力ッテ?」
「精霊種やデーモン種なんかが同時に同じ魔法を使うことニャ。威力が段違いになるニャ。使用頻度はそう高くニャいけど注意が必要ニャ」
ジャックがハッとして、僕を見る。言いたいことはわかるので、僕は頷きで返した。
恐らく、魔法協力とは合唱魔法のことだろう。精霊やデーモンは、それぞれがそれぞれのファミリア状態なのだろうか?厄介な話だ。
「マルコ、回復を!……マルコ!?」
戦闘に動きがあった。
マルコと呼ばれる僧侶の少年が、全く動かない。恐怖に精神をやられたのだろうか?
「ここまでニャ」
リオがスクッと立ち上がった。
「割って入る?」
「ん。一応、口上を述べるニャ。お前らもついて来るニャ」
ようやく出番か、とでも言うようにスケルトンズも立ち上がる。
戦闘へ近づいて行くと、魔法使いがこっちに走ってきた。一人、逃げ出したようだ。
「うわああっ、死にたくねぇ!死にたくねぇよおおおっ!?」
僕達を見て固まった魔法使いは、へなへなと座り込んだ。
「……挟み撃ち。死んだ。ははっ、死んだぁ」
彼にとっては、前門のデーモン、後門のスケルトンという状況なのだろう。
そんな魔法使いの横をリオは大股で通り抜けた。
そして、すうーっと胸を膨らませると、大声で口上を叫んだ。
「苦戦中とお見受けする!これよりBランク、黒猫のリオが介入する!よろしいニャ!?」
突然の大声と居並ぶスケルトンズに、呆気に取られる冒険者達。だがリーダーと思われるアーロンだけは、素早く状況を理解した。
「頼、むッ!」
リオは大きく頷き、二本のシミターを抜いた。
「心得た!お前ら、アタイに続くニャッ!!」
大声一番、リオは先陣を切って突っ込む。
「ウリィィィ」
「突撃ー!」
「イザ、参ル!」
「ウオラアァァ!」
呼応したスケルトンズが、リオの後を追う。
「ルーシー!」
「ん!」
ぴょん、と肩に乗ったルーシーと、それぞれに魔法を紡ぐ。
「『ばれっと』!『ばれっと』!」
「天上に響くは楽神の竪琴!爪弾く音色は瞬きて、邪を払う光芒とならん!『スターライト』……行けッ!」
ルーシーの二丁『バレット』に続き、五つの光球が尾を引いてレッサーデーモンに着弾する。
「ギョエッ!?」
「グギイッ」
大ダメージとはいかなかったが、足止めには成功した。この僅かな時間でも、リオとスケルトンズなら間合いを詰めることができる。
接近戦ならこちらに分がある……と思ったが、レッサーデーモンもなかなかしぶとい。奇妙で予想のつかない動きで、スケルトンズを翻弄していた。
僕は怪我人を『ヒール』で治療しながらも、レッサーデーモンの誘うような動きに目を奪われていた。
特に、意味もなく動く頭。くねくねと首を捻りながら、どこを見ているのかわからない瞳。その瞳は真っ赤で、光ってい……





