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僕達は迷いの回廊をひと塊になって進む。
先頭は今まで通りリオだが、そのすぐ後ろには僕が続いた。
「ノエル、鑑定さぼってないニャ?」
「うん……たまに休憩させてね?」
「わかってるニャ」
僕は鑑定を乱れうちしながら歩いている。もちろん、見えないモンスター対策だ。
「あ、それウォーリー」
「よし、お前ら退かすニャ」
「「ウーイ!」」
スケルトンズとルーシーが壁を蹴っている間に、僕とリオは地図を確認する。
「順調だね」
「だニャ。アンシーンストーカーも、あれ以来出てこないニャ」
最初のウォーリーを退かして通路に入ると、すぐにアンシーンストーカーに襲われた。奴は最後尾にいたドミニクを背後からブスッと刺したのだが、残念ながら相手はスケルトン。
ドミニクは自分を刺した見えざる腕を掴み、逆の手に持った大斧で両断した。
見えないのに両断したとわかるのは、死ぬと同時にアンシーンストーカーの体が姿を現したからだ。
その姿は不気味の一言。人型で、十歳くらいの子供の大きさ。全身がぬめりのある灰色で、腕の先が刃物のように尖っていた。
中でも一番不気味だったのはその顔で、目も耳も鼻も髪もなく、ただ大きな口からギザギザの歯が覗いていた。
「もう出てこないで欲しいよ。気持ち悪い……」
その姿を思い出して、僕は身震いする。
「そんなこと言ってると、また出てくるニャ」
クスリと笑いながら、リオはコンパスと地図を見比べた。
「ずいぶん慎重だね」
「ん?何がニャ?」
「ほら、何度もコンパス見てるから」
リオは「ああ」と納得がいったように呟いた。
彼女は普段、コンパスなど使わない。今回の冒険でも、岩屋までは一度も使っていなかった。
「ノエル、コンパス持ってるニャ?」
「うん?一応、カバンに入れてるけど」
「じゃあ見てみるニャ」
「うん?見ればいいの?」
僕はカバンの底の方に眠っていたコンパスを取り出した。
「……あれっ?壊れたのかな?」
コンパスの針は、狂ったかのようにグルグル回っている。
「壊れてニャい、それが普通ニャ。迷いの回廊は方向を狂わす何かがあるニャ。アタイも方向感覚が狂うから、こうやってマメに確認してるんニャ」
「んん?でもコンパス見てもしょうがないんじゃ……あれ?」
リオのコンパスを覗き込むと、その針はピタリと方角を指し示していた。
「これは〈デュメの羅針盤〉ニャ」
少し得意気な顔で、リオは説明する。
「マジックアイテムニャ。普通のコンパスと違って階段の方向を指すニャ。下りてきた時は次の下り階段を。上ってきたときは次の上り階段を。迷いの回廊でも問題なく使えるニャ」
「へええ!いいなあ……高かった?」
「かニャり」
「だろうねえ」
マジックアイテムは総じて高額だ。僕の〈霧竜のローブ〉は材料持ち込みとエーリクの厚意でタダで手に入れた。だが、普通に購入していたら年収が吹っ飛ぶどころでは済まないだろう。
「旦那様、奥様。作業終了致シマシタ」
ジェロームが、直立不動の姿勢で報告した。
雑談している内に、ウォーリーが片付いたようだ。
「ジェローム、奥様はやめるニャ」
「シカシ奥様」
「アタイは独身ニャ」
「ナレド奥様」
「何故やめないニャ!」
「主ガ二人イテ男女ナノデスカラ、旦那様、奥様ガ正シイカト愚考致シマス」
「アタイとノエルは結婚してないニャ」
「存ジテオリマス」
「御嬢様とかリオ嬢とかでいいんじゃニャいか?」
「失礼ナガラ、奥様ハソノヨウナオ歳デハアリマセン」
「うぐっ……それはわかってるニャ」
「デハ奥様デ」
「はあ、もういいニャ……この件はまた帰ってから話し合うニャ」
「ハイ、奥様」
ジェロームの返事に肩を落としたリオは、すぐに立ち直り僕達を見回した。
「よし!十四階もあと少し!お前ら!気を引き締めて行くニャ!」
「「ウーイ!」」
威勢のいい返事と共に、僕達は移動を再開した。
「あのさあ、ジャック」
「何デス?」
「さっきから気になってたんだけど、その返事なに?」
「コレデスカ?すけるとんずノ了解ノ合図デス。皆デ決メマシタ」
「うーい!」
「ゴ覧ノ通リ、るーしーモ気ニ入ッテマス」
「そっか。まあいいけど」
何だか山賊っぽくなってしまったスケルトンズを連れて、十四階を進む。
騙し絵の判別や壁蹴りにも慣れてきて、スムーズに移動できている。
「あっ、またとかげさん!」
「種族ヒュージカメレオン。ルーシー、無闇に近づいちゃ駄目だよ?」
「ごめんなさーい」
「ヒュージカメレオンも襲ってくることはないから大丈夫ニャ」
「じゃあ、けっていい?」
「何で蹴るんニャ……壁とは違うニャ」
「るーしー、壁以外ハ蹴ッチャ駄目デス」
「うーい!」
家に帰って壁をひたすら蹴り始めたらどうしよう……などと考えていたら、早くも下り階段が見えてきた。
「順調、順調!次が目的の階層ニャ!」
「迷わずにここまで来れたね」
僕とリオが笑い合っていると、ゴホン、と大きな咳払いが聞こえた。
「ワリィ、問題発生ダ」
ドミニクが珍しく、申し訳なさそうに話す。
「問題?どうしたニャ?」
「兄貴ガイネエ」
「あっ……」
「いつの間に……」
魔剣を背負ったスケルトンの姿が、忽然と消えていた。
「ドミニク、最後尾だったよね?気づかなかった?」
僕の問いかけに、ドミニクは頭を掻く。
「アア。最近、じる婆サンニ気配ノ消シ方ヲ習ッテルヨウデナ。イツノ間ニヤラ消エヤガル」
「ジルさん直伝か……」
「とにかく探すニャ」
階段を目前にしながら、今来た通路を引き返す。
「最後に見たのはどの辺り?」
戻りながらドミニクに問うが、彼は首を傾げる。
「ウウム……ドコ、ダロウナア」
そして、ポン、と手を打った。
「最後ノ壁蹴リニハイタナ」
「アア、イマシタネ。げらげら笑イナガラ蹴ッテマシタ」
と、ジャックも肯定する。
「と、なると……この辺か」
周囲を見回すが、マリウスの姿は見えない。
「絶対離れるニャって言ったのに……迷いの回廊ではぐれると面倒なんニャ……」
そう言うリオの尻尾は、激しく左右に動いている。相当イライラしているようだ。
「ドウシマス?手分ケシテ探スワケニモ……」
「いかないね」
そんなことをすれば、二重遭難になるリスクが高い。捜索人が尋ね人になるだけだろう。
「みーつけた!」
何故か遠くから聞こえるルーシーの声に、皆がそちらを向く。そこにはルーシーの下半身だけが壁から突き出ていた。どうやら、頭だけ壁の向こうに抜けているようだ。
「見ツケタッテ、まりうすサンヲ?」
「うん!」
「デカシタ!嬢チャン!」
ドミニクが手を叩いて喜ぶ。
「でもね、ふたりいるよ?」
想定外の答えに、僕達は固まった。
リオが緊張した声で問いかける。
「……誰か、他にいるんニャ?」
冒険者か?だとしたら不味い。マリウスは、相手からすれば凶悪な名前付きスケルトンにしか見えないだろう。いや、まあ事実、そうなのだけれども。
しかし、ルーシーは頭の代わりにお尻を振った。
「んーん、マリウスがふたりいる」
「ハア?」
「どういうこと?」
僕達が首を傾げている中、リオだけは原因に思い当たったようだ。
「まさか……出たのかニャ!?」
僕達は、すぐさまマリウスの元へ向かった。
ルーシーのように壁抜けなどできないので、地図を頼りに迂回して、ようやく辿り着いたのだが。
「ウシャシャシャシャ!」
「ウシャシャシャシャ!」
マリウスが二人、向き合っていた。
まるで鏡合わせのように。
揃って宙を見上げ、下品な笑い声を上げている。
「……やっぱり。ドッペルゲンガー、ニャ」
リオが呟いた。
「もしかして、影法師ってやつ?」
僕の言葉に、リオは青い顔で頷く。
「迷いの回廊に、極々稀に出現するレアモンスターだニャ……自分のドッペルゲンガーを見た者は、精神に異常をきたすと言われているニャ」
「見ただけで!?そんな……」
「ナント、恐ロシイ……」
ジャックは口に手を入れて震える。
「ダケドヨ」
ドミニクが腕組みして、言った。
「兄貴ハ元々いかレテルゾ?」
「……身も蓋もないことを言うね」
「それもそうニャ。マリウスは多少おかしくなった所で大差はないニャ」
「トリアエズ助ケマショウヨ」
「助けいるのかニャ?ノエル、どっちが本物ニャ?」
「あ、ちょっと待って」
僕は両方のマリウスを鑑定した。
「手前のが本物。奥のがドッペルゲンガー」
「了解ニャ。おい、手前のマリウス!先を急ぐから、さっさと偽物を倒すニャ!」
手前のマリウスは、こちらを振り返ってゲラゲラ笑った。
「デモ、コイツオモシレ、イヒッ、イヒッヒィーッ!」
すると、偽マリウスも笑う。
「オマエハ、ウォ、ウォレ俺俺ダロウ?俺ガオモシレ、エヒャヒャ!」
「ジャア俺ガオマエノ俺俺ガウォレデオマエ……ウォォ、ワカラネェ」
急に頭を抱えた本物マリウス。だが。
「兄貴ハ兄貴ダ」
ドミニクがぶっきらぼうに言う。
マリウスはドミニクの方をじいっと見て、それから正面に向き直った。
「ソウダ。俺ハ俺ダァァ。ウリィィィ!」
マリウスは大股で踏み込み、大食いを振り抜いた。
「エキャマッ!?ギイィィィィ……」
偽マリウスは、甲高い悲鳴を響かせ、ドロドロに崩れ落ちた。
とりあえず、リオの奥様問題の言い訳を入れてみました。
今後修正の可能性アリ。





