112
「じゃあ、ルーシーの声を合図に突っ込むよ?」
僕の囁き声に、スケルトンズが揃って頷く。
曲がり角からミノタウロス達をこっそりと観察する。
「ブモッ」
「ンモオオー」
七匹の牛顔の亜人達は、棍棒や斧などそれぞれに得物を持っている。何やら雑談しているようで、牛のような声が辺りに響く。
そんな中、ミノタウロス達の立つ真上の天井に、ルーシーの頭がヒョコッと生えた。
僕達のいる場所から壁の中を通って、あそこまで移動したのだ。
「……ァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
完全に油断している所に、真上から『嘆きの声』が放たれる。
驚いて武器を取り落とす者。
頭を抱えて座り込む者。
錯乱して、何故か壁に体当たりする者。
効果は覿面だ。
「グモッ!ブモオォ!」
だが一匹だけ、冷静さを失わないミノタウロスがいた。そいつは顔を真っ赤にして天井を睨み、斧を振りかぶる。
それを見たルーシーは、慌てて頭を引っ込めた。その直後、つい今までルーシーの頭があった場所に、ミノタウロスの投げた斧が突き刺さる。
「ブモ……」
ミノタウロスはルーシーを見失い、周囲を忙しく見回すが。
もう、遅い。
「ウリィィィィイ」
マリウスがマントを翻し、魔剣を振るう。
ガツ、ボン、ボンッと、まるで爆発するような音と共に、肉を抉られたミノタウロスが倒れていく。
『嘆きの声』に耐えたミノタウロスも、自分の胸に穿たれた大穴を呆然と見つめ、そのままゆっくりと倒れた。
「御無礼致シマス」
すぐ後ろからジェロームが追走し、生き残ったミノタウロスの首を手際よく刎ねていく。
最後のミノタウロスの眉間にリオの投げナイフが突き刺さり、戦闘が終わった。
「俺ッチ、ナニモシテネエ!」
ドミニクが不満げに言う。
「私モデスヨ。ダイタイ、アノ二人ニ追イツクダケデ一苦労デスカラ」
ドミニクを励ますジャック。
「大丈夫。僕だって何にもしてない」
事実、『バレット』を撃つ暇さえなかった。
「ルーシーは?」
壁からひょっこりと顔を出したルーシーが尋ねる。
「ルーシーは大活躍だったよ!」
「エエ、素晴ラシイ仕事振リデシタ!」
「むふー!ほめられたー!」
ルーシーがクルクルと、きりもみしながら飛び回る。
「皆様、オ疲レ様デシタ。上手ク事ガ運ビマシタネ」
ジェロームが装束のほこりを手で払いながら戻ってきた。しかし。
「フンッ!オ前ラハ楽シメタダロウヨ!」
すっかり不機嫌になったドミニクは、そっぽを向いてしまった。
「……次はドミニクの出番も作る?」
「そうだニャあ……」
僕とリオは、明後日の方向を向くドミニクを見て、ため息をついた。
その後も、ミノタウロスを蹴散らしながら岩屋を進む。
先程のように多数が群がっていることはなく、ほとんどはマリウスとジェロームの先制攻撃で蹴散らした。たまにドミニクにも任せているのだが、彼の機嫌は直らない。
そして、十三階への階段手前までやって来た。
「ノエル、あのデカい奴」
「わかった」
階段前に十匹以上のミノタウロスが屯している中で、一回り大きな個体を鑑定した。
「……名前付き。【岩砕きのブ=レ】」
「やっぱり名前付きニャ……ついてないニャ」
リオが口をへの字に曲げる。
すると、マリウスがドミニクをジロリと見た。
「ど、ど、どみにく。オ前ガ殺レ」
「アンッ?……知ルカヨ」
「イ、イ、イツマデ拗ネテヤガル?メメメメ女々シイ奴ダナァァァ」
「ア゛ア゛ッ?死ニテエナカ?」
ドミニクがマリウスのマントの襟口を掴む。
もう死んでますよ?とは、とても言える雰囲気ではない。
「ウジウジウジウジ……虫カ?ウジ虫カァ?」
「テメェッ!!」
「オッ、オッ、弟ヨ。エエエ獲物取ラレテ拗ネル山賊ナド、イルイルイナイ?イルイルカ?」
「グムウ」
「サ、サ、山賊ナラバ、憂サハ殺シデ晴ラセ」
「アア、殺ッテヤルヨ!」
「ソ、ソレデイイ。ツユツユ露払イハシテヤル」
そう言うや否や、マリウスはゆらりと傾いたかと思うと地を這うように低く走り出した。
「待て、マリウ……ジェローム!」
「オ任セヲ、旦那様」
ジェロームが、単身斬り込んだマリウスの後を追う。
「ゥゥ……リィィィィイ!!」
低い姿勢のまま、群れの足元に滑り込んだマリウスが、ぐるりと回転しながら横薙ぎに魔剣を払う。
一瞬で膝から下を消し飛ばされた数匹が、驚愕の表情を浮かべて崩れる。
残ったミノタウロスが、得物を振り上げマリウスに殺到するが、
「御無礼!」
追いついたジェロームがサーベルを振るうと、得物を持った腕が幾つも宙を舞った。
突然の襲撃と、それに対応できずバタバタと倒れていく取り巻きに、ブ=レが怒りの声を上げる。
「ブモ゛オォォオ!!」
「オ前ノ相手ハ俺ッチダ!」
ドミニクが大斧を振りかざして名前付きに挑む。ブ=レもまた、鉄の棍棒を振りかざしてドミニクを迎え撃った。
「グモオッ!」
「オラアッ!」
ガギィィン!と硬い音と共に、激しい火花が散る。ぎりぎりと鍔迫り合いをする二人。
「……なんだか似てるニャ、あの二人」
「ソウデスネ。体格、モトイ骨格トイイ、得物ノ大キサトイイ、牛ノ角トイイ」
リオの言葉にジャックも賛同する。
「むー、どっちがドミニク?」
ルーシーに至っては判別できていないようだ。
「ノエル、ドミニクも鑑定してみるニャ」
「なんで?」
「これだけ似てればドミニクも名前付きな気がするニャ」
「ふむ、わかった」
僕はドミニクを鑑定した。
「あー、名前付きだ。【甲冑割りのドミニク】」
「ドコトナク二ツ名マデ似テマス。面白イデスネエ」
「種族が違っても他人の空似ってあるんだニャあ」
そうこう話しているうちに、取り巻きの方は片付いたようだ。
皆殺しにされた仲間を想ってか、はたまたその不甲斐なさ故にか。ブ=レは激昂し、滅茶苦茶に棍棒を振り回した。壁や床までも削りながらの乱れうちだ。
ドミニクも全ては捌ききれず、一撃、二撃と打撃を受けて後退った。
それを見たブ=レは馬が前掻きするように地面を引っ掻き、角を向けて突進する。
しかし、対するドミニクは避けようともしない。ブ=レの突進を見定めると、同じように前屈みになり兜の角を向けた。
ガチン!と大きな音と共に、互いの角が組み合う。ギリッ、ギリッ、と角を軋ませながら、力比べが続く。
「ブモッ、ブモッ」
鼻息荒く、ブ=レが押し込む。
「ウグゥ」
じりじりと下がるドミニク。
だが、次の瞬間。
「……ッ、ヌガアアア!」
僅かに体を沈めたドミニクは、気合いの声と共にブ=レを角でかち上げた。
かち上げられたブ=レは、天井で背を強かに打ち、無様に墜落した。
「ブ……グモッ」
「オラアッ!」
そこへ容赦なく振り下ろされるドミニクの大斧。
似た者対決はドミニクの勝利で幕を閉じた。
階段を降りて十三階。
暑さは更に増し、汗が止めどなく流れてくる。
「リオ……」
「ん、わかってるニャ。この先に休憩ポイントがあるから、そこで休憩するニャ」
そう言うリオの額にも、前髪が張り付いていた。
「オイオイ、モット先ニ行コウゼ?」
先程の戦いで満足したのか、機嫌の良いドミニクが急かしてくる。
「君らはいいさ。疲れないし、汗さえかかないし……悪いけど、僕とリオは休まないと」
「仕方ネエナア」
しばらく歩くと、リオが言っていた休憩場所に着いた。
それは岩屋の中にあって、場違いなレンガ造りの壁。床から天井まで繋ぐ壁は、所々に覗き窓があった。
「リオ、ここは?」
「砦跡ニャ」
「へえ、ここが。これって誰が作ったの?やっぱりミノタウロス?」
「んニャ。ミノタウロスはレンガ積んだりしないニャ。多分、大昔の人間ニャ」
「ふーん」
リオに続いて壁沿いを歩いていると、壁が崩れている場所があった。
「ここから入るニャ。中は少し涼しいし、飲み水もあるはずニャ」
崩れた壁を跨ぐと、ひんやりとした空気が汗を冷やした。
「ん……最近、誰か使ったみたいニャ」
リオの視線の先には黒く汚れた焚き火の跡があった。
「皆、ここを休憩に使うんだね」
「そうニャ。だから、くれぐれも注意するニャ。いきなり襲われてもいいように、ニャ」
「御心配ハ御尤モデスガ。冒険者ダッテ悪人バカリデハナイノデハ?」
ジェロームが正論を口にした。だが、リオはため息をついて答える。
「アタイらの方が悪人にしか見えないニャ」
言われて、このパーティを改めて見る。
司祭一人、盗賊一人、スケルトン四体、ゴースト一体。
きっと悪いネクロマンサーとその一味にしか見えないだろうな。





