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「あ゛~う゛~」
「ウルサイデスヨ、のえるサン」
迷惑そうな顔のジャックが、僕にコップを手渡す。
「あだま痛いんだよう」
僕はそう呻くように言って、コップの水を口に含んだ。
「調子ニ乗ッテ飲ミ過ギルカラデスヨ」
「そう、言われでも~。う゛~」
僕を苦しめているのは、人生初の二日酔いだ。
ワーラットと戦った翌朝、ララさんやルパート兄妹のご両親、地下から見つけた遺体のお葬式を挙げた。
そのあとすぐ転移で帰ろうかとも思ったのだが、モヒカンに帰りも寄っていけと誘われたのだ。
護衛してもらっておいて現地でサヨナラというのも悪い気がして、モヒカンの集落へと戻ることになった。そして前回に輪をかけてのドンチャン騒ぎ。
その翌日に、モヒカンに聞いた人間の村を覗き、転移で帰ってきたのが昨日の夕刻。
それから冒険の打ち上げとパーティのお別れ会を兼ねて、またもやドンチャン騒ぎ。
どうも吟遊詩人がいると、場が盛り上がり過ぎるきらいがあるようだ。
「ぎるど行クンデショウ?ソロソロ起キマショウヨ」
「……ギルド?マギーさんには昨日報告じだじゃん。行がないよう」
僕はそう言ってベッドへ突っ伏す。
昨日の打ち上げの前に、マギーさんにことの顛末を報告したのだ。
レオナールの推測も合わせて話すと、彼女は人目も憚らず泣いた。僕達が西方に旅立ってから、ずっと思い詰めていたようだった。
「イヤイヤ。昨日りおサント約束シテタジャナイデスカ。明日、ぎるど集合トカ何トカ」
「……ぞう言えば」
昨日の打ち上げに、偶然居合わせたリオが飛び入り参加してきたのは覚えている。
そのあと、何か熱弁していたような……
「だめだ、思い出ぜない」
突っ伏したまま言うと、ジャックが諭すように言った。
「行ケバワカリマスカラ。二日酔イクライデ約束ヲ破ッテハイケマセン」
「行ぎだぐない」
「肩貸シマスカラ」
「う゛~」
結局ジャックに押し負けて、ギルドへ行くこととなった。
頭を動かさないよう、のっそり、のっそりと身支度している内に、少しだけマシになってきた。
家を出て、ギルドへの道をノロノロと歩いていると、妙な歩き方のリオを見つけた。
同じくギルドへ向かうのであろうリオは、体を右に傾けて、尻尾だけ左にピーンと立てて歩いていた。
「リオ、おはよう」
「オハヨウゴザイマス」
リオは右に傾いたまま振り返った。
「ん、ノエルにジャック。おはようさんニャ」
「それ、なんなの?」
「どれニャ?」
「右に傾いてるでしょ?」
リオは「ああ」と納得したように呟いて、自分の体を眺めた。
「自然と右に傾くニャ。尻尾でどうにかバランス取ってるニャ。二日酔いだと、よくこうなるニャ」
ずいぶん変わった二日酔いの症状だな。
「じゃ、ギルドに行くニャ」
「あのさ、何でギルド行くんだっけ?」
「ニャッ!?覚えてないのかニャ?」
「うん。どうやって帰ったかさえ、覚えてない」
「私ガ背負ッテ帰ッタノデスヨ……」
「そうなの?……ごめん、ジャック」
そんな僕を見て、リオは呆れたように言った。
「ギルドには地図を買いに行くニャ」
「地図?どこの?」
「まあ、あとで説明し直すニャ。とにかく行くニャ」
そうして右に傾くリオと一緒にギルドを訪れた。受付カウンターの奥にある購買所へと向かう。
「十四階と十五階の最新版を頼むニャ」
「はい、三百二十シェルになります」
リオは男性のギルド職員に代金を手渡して、地図を受け取った。
「アノ……二人共、地図クライ持ッテマスヨネ?」
ジャックが不思議そうに尋ねる。
「ん、持ってるけどね。ダンジョンの地図は、冒険者の持ち帰る情報で常に更新されるんだ」
「最新版を持ってるかどうかは冒険の成功率に関わるニャ。ケチって古い地図を使い続けるのは二流冒険者ニャ」
「ソウイウモノデスカ」
「そういうもんニャ。さあ、二号店で作戦会議ニャ」
地図を懐にしまったリオは、右に傾きながら出口へ向かった。
「さて、ノエル。思い出したかニャ?」
ギルドの真向かいにある、黒猫堂二号店。その一番奥のテーブルに座ったリオが、対面に座る僕に問いかけた。
「十四階と十五階に用があるってことだよね?僕はそこまで潜ったことないなあ」
そんな僕の様子に、リオはガックリと肩を落とす。
「ほんとに覚えてないニャ……」
「ごめん……」
「仕方ない、一から説明するニャ」
再び僕を見たリオの目に、強い光が宿る。
「えー、この度!黒猫堂は三号店を出すことにしたニャッ!!」
「ええっ!?」
「ナント!?」
この目には見覚えがあった。
黒猫堂を立て直そうとしたときや、赤ローブ事件で苦難に喘ぐよそ者冒険者を救おうとしたときに見た、決意の目。
「アタイの黒猫堂を始めた動機、覚えているかニャ?」
「もちろん。冒険者を救いたい、リオなりの真心だったね」
「その通りニャ!アタイはその為に黒猫堂をやってるニャ!でも……」
リオは目を伏せて口ごもる。
「……でも、ほんとに救えてるのかニャ?」
「救エテイルデショウ?助カッタト言ウ人達ハ大勢イルヨウデスシ」
「うん。僕も便利で助かるって、よく言われるよ?」
「それニャ!!」
リオがテーブルをバンッ、と叩いた。
「アタイは冒険者の命を救いたいニャ!行きがけに買い物できるとか、帰りにお茶できるとか、そういう便利さを求めてるんじゃないニャ!」
一気に捲し立てたリオが、ふうっと息を吐く。
「アタイが目指しているのは、命を救ってくれた、あの恩人のような存在なのニャ……」
「シカシ」
リオの熱の入りように、ジャックは言いづらそうに話し始めた。
「シカシ、命ノ救イ方ッテ、色々アルト思ウノデス。行キガケニ買イ物デキルノモ、間接的ニ命ヲ救ッテイルト思イマスヨ?」
「帰りのお茶だって人助けになってると思う。冒険の帰りって、気を抜いて急いで帰る人が多いからね。一息入れて気持ちを入れ直すのは大事だよ」
「ムム……」
僕達の反論を受けて、リオは唸った。
「……全く救えていないとは、アタイも思ってないニャ。時々、怪我をした初心者パーティが駆け込んでくることもあるし。でも、でも」
リオは、少し口籠ったあと、続きを話した。
「でも、助けは下の階層こそ必要ニャ。今、黒猫堂がある五階は、なんだかんだ他の冒険者も通ったりするニャ。でも、下に行けば行くほどそうではなくなるニャ」
「ソレハソウデショウネエ」
何となく言いたいことはわかった。十四階と十五階の地図を買ったわけだから……
「地図を買ったあたりに、黒猫堂三号店を出店しようというわけだね」
「そうニャ!」
「う~ん……」
正直、乗り気はしない。僕は、潜ったことさえない階層だ。上手く店舗スペースを見つけても、維持をするのが大変なのは目に見えている。だが。
じっ、と僕を見て答えを待つリオの眼差しには、相変わらず決意の光が宿っていた。
一年かそこらの付き合いでしかないが、僕にはわかる。こうなったらもう、彼女は折れない。
「まずは店舗スペースを探すだけだよ?それから赤字にならないか調べて、その上で出店を決める。探索もしっかり準備してからね」
僕の言葉に、リオは飛び上がって喜んだ。
「それでこそ共同経営者ニャ!!」





