102
「ララの出身地が、西方!?」
驚いて立ち上がるマギーさん。
「ええ、ヒドファンという開拓村だそうです」
マギーさんは立ち上がったまま、動かない。
集めた情報を報告しに来たのだが、ここまで驚かれるとは思わなかった。
「顔見知リト言ッテマシタガ……モシカシテ、カナリ仲良カッタノデスカ?」
「……ええ、そうね。仲良かった方だと思うわ。出身地さえ知らなかったけど」
椅子に座ったマギーさんが、自嘲気味に話す。
「パーティが組めなくなったときも、よく相談に乗ったわ。西方出身ということは、あれは腐り病だったのね」
「エウリック司祭はそう言ってました」
「そう。ごめんね、こんな依頼出して……ほんとはね、私が自分で調べることもできたと思うの。でもね、怖かった。枕元に立つララも、ララの力になれず死なせてしまったと認めるのも」
唇を噛むマギーさんの瞳から、涙が零れる。
「ごめんね。こんな依頼出して。取り下げておくわね」
マギーさんは、グイッと涙を袖で拭いて告げた。
「いや、行きますよ?西方」
「えっ!?」
マギーさんが再び驚いて立ち上がる。
「駄目よ、駄目っ!西方に行く冒険者なんて一人もいないのよ?何があるかわからないわ!」
「それは知ってますが……わからないってだけ、ですよね?危険があると決まったわけじゃない」
「それはそうだけど……」
マギーさんは、思案しながらゆっくりと座った。
「でも、でも。もし【腐り王】の眷族でも残っていたら!」
「それこそ行くべきでしょう?僕なら情報を持ち帰ることができますし」
「……僕なら?」
小首を傾げるマギーさんに、ジャックが補足する。
「のえるサンニハ【てれぽーと】ガアリマスノデ」
「あっ、あの!?伝説の転移魔法!?」
マギーさんが三度、驚いて立ち上がる。
「いや、別に伝説ではないと思いますけど。ジャックと相談したんです。行ける所まで行って、危険を感じたら転移しようと」
「そう……わかったわ。でも、これだけは約束して。慎重に慎重を重ねて動いて。どうせ【テレポート】は【リープ】と同じで詠唱が長いんでしょう?詠唱中に全滅とか笑えないわ」
マギーさんの忠告に、僕とジャックは大きく頷いた。
「で、ですね。西方に行くにあたってお願いがあるのですが」
「何かしら?」
「まず、西方の地図が欲しいです」
「それはすぐに用意できるわ。二十年前の物でいいのよね?」
「はい、それで。そしてもう一つ。パーティ募集をかけたいのです」
これにはマギーさんは難色を示した。
「西方は厳しいわ。特にベテランは【腐り王】の侵攻がトラウマになってるから。怖いもの知らずのルーキーしか集まらないと思うわよ?」
「それでもいいです。募集に【テレポート】があることを記載して下さい」
「わかったわ。目的地はヒドファン村ね?」
「はい」
「期待はしないでね?一人も集まらないのが普通だと思うから」
「ええ、わかってます。では、お願いします」
僕とジャックが出口へ向かって歩くと、マギーさんが背中から声をかけた。
「ノエル君!」
「はい?」
僕が振り向くと、マギーさんは深々と頭を下げた。
「ありがとう」
ジャックとの相談の結果、三日待って集まらなければ僕達だけで出発しようということになっていた。
だが予想に反して、次の日には応募者の報せが届いた。
「物好キッテイルモノデスネエ」
「僕達も、その物好きだけどね」
「確カニ」
軽口を叩きながらギルドの扉を開ける。
受付カウンターの前には三人の冒険者。その中の一人は、見覚えのある人物だった。
「ノエル君、この三人が応募者よ」
「また会いましたね、司祭さま」
そう言いながら手を差し出すのは、あの吟遊詩人だ。
「お久し振りです、吟遊詩人さん。どうしてこの募集に?」
僕は差し出された手を握り、尋ねた。
「吟遊詩人の性ですね。行ったことのない土地を見てみたい、それだけです」
そう言って、とても良い笑顔を浮かべた。
続いて、戦士風の男性が自己紹介を始める。
「俺達は兄妹だ。俺が戦士のルパート。こっちが妹で僧侶のポーラだ」
揃って明るい金髪の二人は、兄の方は僕と同じくらいの年頃、妹の方は駆け出しくらいの年頃だった。
「よろしく。司祭のノエルです。二人はどうして西方に?」
「俺達の故郷がヒドファン村なんだ」
「ん?故郷?」
二人の年齢なら、生まれたのは【腐り王】の侵攻の後のはずだ。僕が首を捻っていると、ポーラが兄の言葉に付け足した。
「正確には、私達の両親の故郷です。死んだ両親が、故郷に帰りたいと口癖のように言ってまして。いつか遺灰を故郷に撒いてやりたいと思ってました。今回、ヒドファン村が目的地と聞いて、即決したわけです。以上です」
ポーラがペコリと頭を下げる。
「そういうことだ」
ルパートはうんうんと頷いている。
大雑把な兄、真面目な妹といった所か。
「えー、今回は西方行きということで、長旅が予想されますが……準備はできていますか?」
僕の問いかけに、三人は大きく頷いた。
「では、行きましょう!」
僕達は食料だけ買い足して、西門から出発した。
西門はほとんど使われることがない。せいぜい、北門が混んでいるときくらいだ。
実際、手持ち無沙汰に立っていた西門の門番は、酷く驚いていた。
人の住まない西方へ向かう馬車など当然なく、徒歩での移動となる。
必要となる大量の食料と飲み水は、ポーターたるジャックが背負子に背負う。昔ならグチグチと文句を垂れる荷物量だが、労せず歩いている。日頃の訓練の成果だろうか。
「今日はこの辺りで野宿しましょうか」
僕の声に、皆一斉に荷物を下ろす。
「特に問題はなかったな。モンスターも出なかったし」
ルパートが火を起こしながら言った。
「そうだね。しかしまだ西方の入り口だから」
「そうですよ、兄さん。油断は禁物です」
妹の注意に、ルパートはばつが悪そうに火打ち石を叩く。
やがて火が着き、辺りをオレンジ色の光が照らした。
「たき火だー」
ルーシーが暖色の明かりの中を楽しそうに舞う。
吟遊詩人は手頃な石に腰かけ、リュートを取り出した。奏でる曲は、どこかノスタルジックな曲調だ。
「ソウ言エバ、吟遊詩人サンノオ名前ヲ伺ッテマセンガ」
吟遊詩人は演奏止め、僕達を見回した。
「おや、とんだご無礼を。私はレオナールと申します。どうぞご贔屓に」
そう言って帽子をとって、優雅に一礼した。
そんなレオナールに熱い眼差しを向けるポーラを、ルパートが肘で突っつく。
「それで、今どの辺なんだ?」
ルパートの問いに、僕は地図を取り出した。広げた地図を、揺らめく明かりが照らす。
「この辺りだね」
僕が指し示すのは、西方地図の右端に近い場所だ。
「まだ、そんなとこか」
ルパートが眉を潜める。
順調に行けば、ヒドファン村まであと四日といった所だろうか。
「この、赤いバツ印は何でしょう?」
ポーラが指差すのは現在地と反対側、つまりは西方地図の左端だ。
「それは〈始まりの泉〉です」
レオナールが静かに告げた。
その意味を悟り、ポーラは俯く。
僕達はここが西方なのだと再確認させられ、静まり返った。
焚き火の音だけが、パチパチと夜の闇に響いていた。





