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 ダイナーで大騒ぎした、次の日。

 いつものようにギルドへ赴くと、扉を開くなりマギーさんが僕を呼び止めた。


「僕に指名依頼、ですか?」


 顔面蒼白のマギーさんが頷く。心なしか、少し痩せたように見える。


「お願いノエル君!サクッと解決しちゃって!」

「それは依頼内容によりますが……」

「これよ」


 マギーさんが依頼書を僕に手渡す。

 《私の遺品を探して。よく覚えていないけど綺麗な箱だったと思うわ。たぶん私の家にあるから。 依頼主ララ》


「んん?私の、遺品?」

「ええ」

「からかってるんですか?それとも……」


 僕とマギーさんの視線が、隣にいたジャックへ向かった。


「ヘッ?私デスカ?」


 ジャックが自分を指差し、戸惑う。


「ええ。その依頼主はアンデッドなの。ゴーストね」


 マギーさんは両手のひらを組んで、そこに額を乗せた。


「毎晩、毎晩、私の枕元に立つのよ……飛び起きたら依頼書の文が壁じゅうに……」

「アラマア」

「大変ですね」

「軽い!反応が軽過ぎるわ!何でそんなに落ち着いてるのよ!」

「そう言われても。僕の家なんかずーっと毎晩出てるわけで」

「そう、それもそうね、ごめんなさい。取り乱したわ」


 そう言ってマギーさんは、一つ息を吐く。


「枕元に立つゴーストはね、顔見知りの冒険者なの。長く見ないと思ってたけど、亡くなっていたのね……」

「ソノごーすとハ、何故のえるサンヲ指名シタノデスカ?」


 すると暗い顔のマギーさんは首を振った。


「ううん、彼女は喋らないから。ノエル君への指名依頼にしたのは私。報酬も私が出すわ」

「どうして僕を?」


 マギーさんは乾いた笑みを浮かべた。


「ゴーストの依頼なんて馬鹿げた話、あなた以外誰も受けてくれないわ」



 とりあえず、依頼は受けることにした。

 マギーさんには世話になっているし、ゴーストの依頼というのにも少々興味があった。

 まずは情報だ、とギルドや酒場を中心に聞き込みを行う。案外簡単に情報は集まり、このララという冒険者の半生がわかってきた。


「孤児院出身。魔法使イ。冒険者ニナルガ、持病ニヨリぱーてぃヲ組メナクナッタ。ナンダカのえるサンニ似テマスネ」

「この人の場合、パーティ自体を組めなくなっているからね。僕よりずっと悲惨だ」


 何でも走ることさえ困難になり、初期パーティを離れてからはずっとソロだったようだ。安宿で寝泊まりし、簡単な依頼や代筆のバイトなんかで糊口をしのいでいたらしい。


「シカシ、ドウシマス?宿ハ引キ払ワレタ後デシタシ」

「うん……他に家っていうと、孤児院かな?」

「えうりっく司祭ノトコロデスネ。行ッテミマスカ」

「うん」


 レイロアの孤児院は、教会の敷地内にある。

 かつてノンダール病を治療した救護院と、教会を挟んだ反対側だ。


「おや、ノエル殿。結婚式は大成功だったようですね」

「ええ、お陰さまで。その節は祭服までお貸し頂き、ありがとうございました」

「いえいえ。破門も解かれて教会を避ける理由はなくなったのですから、いつでもいらっしゃって下さいね」

「そうですね、そうします」

「それで、ご用件は?」


 僕はララという冒険者のこと。

 彼女がこの孤児院の出身らしいこと。

 彼女の遺品を探していることを説明した。


「残念ながら、孤児院を出た子の所有物というのはありません。元々、孤児の所有物というのが少ないですし、出るときに全て持って行くことになっています」

「そうですか……」

「アノ、のえるサン」

「ん?」

「思ッタノデスガ、孤児院ヤ仮宿ヲ《私の家》ト表現シマスカネ?」

「うーん、する人もいるんじゃない?」

「コノ場合、生家ノコトデハナイノデショウカ」

「ああ、そうか。なるほどね」

「ふむ、調べてみましょうか。孤児の名簿に出身地なども記載されていますので」

「お願いできますか?」

「ええ。ではこちらへ」


 僕は教会の事務室へと向かうエウリック司祭のあとを追う。ジャックは、教会内部はやはり居心地が悪いとのことで、門の前に待機することになった。


「年齢などはわかりますか?」

「生きていたら二十代中頃だそうです」


 エウリック司祭が名簿らしき物をペラペラとめくる。


「ふむ、ふむ。ああ……この子か。覚えています」

「本当ですか?」

「ええ。西方出身で、腐り(やまい)を患っておりました。それでも明るさを失わない、とても良い子でしたよ」

「西方……ですか」

「西方のヒドファン村です。おわかりでしょうが、ご判断はくれぐれも慎重に」


 エウリック司祭が念を押すように言う。


「……はい。わかっております」


 エウリック司祭にお礼を言って、教会を出る。門の前でジャックが歩み寄ってきた。


「出身地、ワカリマセンデシタカ」

「いや、わかったよ」

「エッ?ナラ、ドウシテソンナ暗イ顔ヲ?」

「西方だったんだ」


 僕の言葉に、ジャックが首を傾げる。


「レイロアから西へ行く冒険者は、まずいない。もちろん市民もだけど」

「ソウイエバ私達モ、西ヘ行ッタコトアリマセンネ。理由ガアルノデスカ?」

「ジャックは知らないか、【腐り王】の影響だよ。僕も生まれる前の話だから、直接は知らないけど」


 僕は前に読んだ新聞記事を、ジャックに話し始めた。


 ――腐り王の侵攻

 永らく人の住まわぬ未開の地であったレイロアの西方に、開拓村が次々と生まれ始めたのは二昔ほど前のことだ。

 未だ見ぬ地に夢を見た人々は、大挙して西へ向かった。やがては新天地と称され、西方は大きく発展するのだと誰もが疑わなかった。

 しかし。

 あの忌まわしき怪物が産声を上げた。

 それは西方の奥の奥、美しい泉であった。

 第一目撃者は、近隣の集落の青年。彼は泉の側で一匹の小さなマタンゴを見かけた。

 これ程小さければ害はないだろうと、青年はマタンゴを見逃した。それが厄災の始まりであった。

 次の日、青年が泉を訪れると、泉の水は腐り、異臭を放っていた。

 そこからは早かった。

 産まれたばかりの腐り王は、赤子が乳を飲むが如く、貪欲に腐敗を広げた。

 青年の集落はあっという間に腐り果て、全ての腐敗が腐り王の苗床となった。

 腐り王は苗床から新たに産まれる眷族を従え、更に腐敗を広げた。

 腐敗は拡大の一途を辿った。

 森も川も山も。

 草木も人間もモンスターさえも。

 腐敗は津波のように全てを飲み込んでいった。

 そして、腐敗が広がると共に、腐り王の体は巨大化していった。

 やがて西方のほとんどの村や集落を飲み干し、腐り王は迷宮都市レイロアの目前までやって来た。

 その体躯は、レイロアのどこからでも、西を見やれば見えてしまう巨大さ。城壁の遥か上から覗く腐り王の醜悪な顔に、ショック死する市民さえいた。

 だがレイロア側も、ただ手をこまねいているわけではなかった。名だたる冒険者達をレイロアへ集めていたのだ。

 特に【灰塵のミカエラ】の存在は大きかった。

 他の冒険者達が命を張って稼いだ時間で、彼女は神話級魔法を紡いだ。その紅蓮の炎は、まるで病巣を焼灼するように腐敗を焼き払っていった。

 腐り王とその眷族も、この魔法には太刀打ちできず、その短い一生を終えた。

 しかし、西方の不幸はそれで終わらなかった。

 腐り王は死んでも腐敗の山は残ったのだ。

 火の魔法使いを中心とした焼却部隊が組織され、西方各地を回った。レイロア冒険者ギルドから腐敗駆逐宣言が出されたのは、それから十年後のことだ。

 更に十年が過ぎ、腐り王の侵攻より今年で二十年。

 長い月日が経ち、腐敗が消えたとわかった今でも、人々の心に腐り王の恐怖は根強く残る。

 西方は、今もなお未開の地であり続けている。


 出典 レイロアタイムズ~特集・腐り王の侵攻~


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