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 結婚式から二週間が経った。

 初夏の気持ちのいい季節は一瞬で過ぎ去り、夏の盛りを迎えている。


「ちょっと遅くなっちゃったね」


 ギルドを出ると、すでに日は暮れていた。

 日中の暑さは影を潜め、大通りに涼しい風が吹く。


「夏ノ夜ッテ、イイデスヨネ」


 ジャックが心地よさげに夜空を見上げる。

 満点の星空だ。


「うん」


 僕も夜空に目をやりながら、昼間のことを思い出す。


「あのさあ、ジャック。ああいうの止めてくれない?」

「ン?何ノコトデス?」


 ジャックはまるでわからない、といった顔を僕に向ける。


「ほら、暑い暑いって汗を拭うでしょ。汗かかない癖にさ」

「アア、ソノコトデスカ……つっこンデクレタラ止メマスヨ?」

「あんまり暑いとツッコむのも億劫なんだよ。なのにチラチラ見ながら、何度も何度も汗を拭うじゃん」

「ソコハつっこミマショウヨ」

「やだよ、こっちは本当に汗だくなんだから」


 大通りを歩き、中央広場まで来たとき。突然、ルーシーが十字架から飛び出した。


「お歌がきこえる!」


 そのまま、ふよふよと中央広場に面した飲食店に飛んでいく。


「るーしー、勝手ニ行ッチャ駄目デスヨ!」


 ジャックが小走りで後を追う。僕もその後を追うと、ルーシーは店の窓に張り付き、中を窺っていた。


「ああ、ほんとだ。歌が聞こえるね」


 飲食店の名は〈ハンターズ・ダイナー〉。

 酒と軽食を出す店で、とにかく料理のサイズが大きいことで有名だ。


「入ってみる?」


 ルーシーに尋ねると、彼女はコクコクと頷いた。

 扉をくぐると、店内は昼間のような熱気に包まれていた。店の中ほどまで歩いて、声の主に気づく。


 吟遊詩人だ。

 彼は壁際でリュートを奏でながら歌っていた。

 テーブル席が埋まっているようなので、入り口側のカウンターに腰かける。大半の客が冒険者のようだ。

 流れるリュートの音色も、吟遊詩人の声色も、どこか物悲しい。テーブルのお婆さんなどは、目頭を押さえながら聞いている。

 ポロン、と弦が鳴り、一瞬の静寂。

 その後に店じゅうから拍手が巻き起こった。


「ありがとうございます」


 帽子を取って、お辞儀をする吟遊詩人。彼の前に置かれた楽器ケースに、様々な色のコインが投げ込まれる。

 お辞儀のあと、吟遊詩人が胸元まである茶色い長髪をかき上げると、女性客から黄色い声が上がった。


「お歌、じょうずだねー!」


 ルーシーが興奮気味に話す。

 僕も賛同しようと口を開きかけると、ガチャン!と何かが割れる音がした。

 見れば、吟遊詩人の近くにビンの破片が散乱している。それを投げたらしい、盗賊風の中年の男が叫んだ。


「辛気くせえ歌、歌うんじゃねえ!酒が不味くならあ!」


 男はだいぶ酔っているようで、立ち上がったそばからふらついている。


「あんた、止めとけ」

「うう、うるせえっ!」


 周りの客が止めるのも聞かず、男は腕を振り回す。見かねた店主が、腕まくりして男に向かって歩き始めたとき。

 どろどろどろ、と不気味な音が響いた。


「申し訳ない、退屈させてしまいましたか。ご存知ですか?吟遊詩人は語り手でもあるのです。こんな暑い日の夜は……」


 そう言うと、声色を変えて語り出した。


「私のように独り放浪する旅人は、その土地、その土地の人の助けなくしては、旅が立ち行きません。

 これは、そんな旅先で一夜の宿を求めたときの話……」


 静かな語り口調に、どこからかゴクリと唾を飲む音が聞こえた。気を利かせた店主が、店の照明を落とす。

 賑やかな飲食店は、あっという間に真夏の怪談会場と化した。



「……私は驚いて飛び退きました。すると、お婆さんは人懐っこい笑顔のまま、こう言ったのです」


 吟遊詩人は少し間を取って、ボソリと呟いた。


「あと少しだったのに」


 件の中年盗賊が、ブルッと体を震わせた。


「ヒイィィ」

「怖ええ!」

「恐ろしい話だねえ……」


 客達は、口々に感想を漏らす。ちなみに最初の悲鳴はジャックだ。


「詩人さん、もう一つ頼むぜ!」


 女性連れの男性が、強がりなのか興味からなのか、怪談をリクエストする。

 客の反応に満足げだった吟遊詩人は、少し困った顔をした。


「実は私、この手の話をあまり持っていないのです。どなたか代わりに話しませんか?効果音は出せますよ?」


 吟遊詩人が立ち上がり、客を見渡す。

 客達も、それぞれがそれぞれの顔を見回した。そして、どこかで見覚えのある革鎧の女剣士が、僕を見て叫んだ。


「司祭さん!アンデッド連れてんだ、何か怖い話あるだろう?」


 一斉に客の目が僕に向かう。

 困っていると、吟遊詩人が笑顔で手招きした。


「むう、怖い話ねえ。あんまり怖い思いをしたことがないような……」

「幽霊トカ怖カッタラ、あんでっどヲ何体モ雇用シナイデスシネエ」


 僕とジャックが相談していると、ルーシーがふわっと僕の側を離れた。


「ルーシーがやる!」


 僕とジャックが止める間もなく、ルーシーが吟遊詩人の前までふよふよと飛んでいく。


「ゴーストの嬢ちゃんか」

「大丈夫か?上手く話せなくて泣いちまうんじゃねえか?」

「いやいや。ある意味、本職でしょ」


 吟遊詩人の座っていた椅子に腰かけたルーシーは、ざわつく客をよそにポツリ、ポツリと語り出した。


「ルーシーね、おうちに住んでるの。おうちもノエルもジャックもサニーも、みーんな大好き!……だけど、きらいなものがあるの」


 静かに語るルーシーに、客達から笑い声が消える。幽霊が語る怪談は、雰囲気抜群だ。


「それはね、がいこつの頭なの。いっつも、いーっつも、テーブルにおいてあるの」


 吟遊詩人のリュートが不協和音を奏でる。


「ルーシーね、いやだからすてるの。でもね、すててもすてても、またテーブルのうえにあるの」


 ルーシーは暗い表情で続ける。


「へんだなー、おかしいなー、っておもってね、おうちの外までもっていってすてたの。あー、よかった、っておもって寝たの。でもね……」


 ルーシーは眉間に皺を寄せた。


「おきたら、またテーブルのうえにあったの!おしまい!」


 客達は予想より怖かったようで、静まり返っている。

 そんな中、ジャックがガタガタと震えていた。


「るーしーデシタカ……」

「どうした?ジャック。そんなに怖かった?」


 ジャックは首を振った。


「アレ、私ノ貯金箱ノコトデス」

「ああ、骸骨型の!」

「ごみ箱ニ入ッテタリ、庭先ニ落チテタリ。オカシイト思ッテマシタ……」

「まあまあ。また今度、言って聞かせようよ」


 拍手の中、意気揚々と引き上げてくるルーシーに、僕とジャックも拍手を送った。

 拍手が収まったところで、吟遊詩人がリュートを手に、立ち上がる。


「ルーシーちゃん、楽しませてくれてありがとう!では、今宵は最後にこの曲を」


 吟遊詩人の奏でる勇壮な旋律は、冒険者なら誰もが知っている曲だ。その名も《我らこそ冒険者》

 お馴染みの前奏に、ダイナー中の冒険者がテーブルを叩き、足を踏み鳴らす――


 紙切れと化すお宝の地図

 次があるさと(ともがら)の声

 (さかずき)傾けて、高らかに歌う

 それこそが冒険

 我らこそ冒険者


 久しく帰らぬ我が故郷

 二度と見られぬ懐かしき顔

 老馬のたてがみを背に、雲の行方を追う

 それこそが冒険

 我らこそ冒険者


 痛み消えぬ我が(かいな)

 傷に(まみ)れた愛しき鎧

 それでも剣を持ち、迷宮へ潜る

 それこそが冒険

 我らこそ冒険者


「「冒険者!!」」


 冒険者達が一斉に上げた声が、ダイナーの壁を越えて夜空に響き渡った。

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