書きかけの物語が僕を呼ぶとき
僕は趣味で小説を書いている。プロになろうなんて大それた野心を持ったことは一度もない。
そんな才能もないし、自分が今得ている収入を作家として得るのがどれほど大変なことかよくわかっているからだ。それに僕はもう若くもない。
くだらないエキスキューズはこれくらいにして、それでも僕が小説を書く理由はお話を紡ぐことが好きなのだ。
自分の中にあるイメージや記憶の襞に落ち込んだ断片をすくい上げ、形にすることに我を忘れて没頭する。
果たされなかった思いや、踏み切れなかった勇気に命と解釈を与えることで、平凡で少々の忍耐を必要とする日常を生きる気力を得る。
僕にとって小説を書くことは、声にできない言葉を誰かに向かって叫ぶことなのだ。
好きでやってるだけならこっそりと自分一人で楽しめば良い、わざわざネット上に晒す必要もないのだけれど、やっぱり自分の創ったものを人に読んでほしいという気持ちがある。
「面白かったです」
「続きが楽しみです」
半分くらいはお世辞と分かっていてもやっぱり嬉しい。自分の子供のお遊戯を他の子の親から褒められているような心地で頬が緩む。
しかし、どうしようもないくらい書く気が失せるときがある。
それはほんとうに面白い小説に出会ったときだ。才能の差に愕然とするとかそんなことではない。
世の中にはこんな面白いものを書く人がいるんだから、僕が拙い小説を書かなくても読者の側に徹した方がいいんじゃないかという考えが頭をもたげるのだ。
そうなると一文字も打てない日が何日も続く。無理してキーボードを前にしてもまったくやる気が起きない。あれほど楽しかった書くことが、苦行でしかなくなる。
でもきっと僕はまた書き始めるに違いない。
書きかけの物語が尻込みする僕のケツを蹴っ飛ばす。
「凹んでないで、そろそろ始めてくれ。お前の小説なんてだれも読んじゃいないが、少なくとも俺はお前を必要としてるんだぜ」