ロングコート博士の宇宙の真理
真夏の夜。ジメジメした湿気で体中に嫌な汗が出るこの時間に、一人の女子大生が歩いていた。
早く家に帰りたいと言った感じで、人気が無く、薄暗い道を走る彼女。
「ハァ・・・ハァ・・・そこのお嬢さん・・・」
そんな彼女を呼び止める、一人の男がいた。
彼女が止まったのを確認し、電柱の陰にから出て来た彼は、こんな蒸し暑い夜なのにくるぶしまで届きそうな、白衣の様な長いロングコートを着ていた。
荒い息をつきながら近づく彼を、一瞬にして変態だと確信した彼女。身の危険を察知し、その場を走り去ろうとしたが、金縛りに会ったかのように体が動かない。
「い・・・いや・・・!」
嫌がる彼女を無視し、ロングコートの男はフラフラと揺れながら彼女の前まで来た。
そして、コートのボタンに手をかけて・・・
「宇宙の真理を知るがいい!」
思いっきり前を広げた。
『ロングコート博士』っていう都市伝説知っている?
真夏の夜、人気が無い道に現れて、宇宙の真理を見せて来るって言う変態なのだけど・・・ただの変態と違って、『ロングコート博士』は本当に宇宙の真理を見せて来るらしい。
実際、博士に会った人は全員、博士に出会った事以外は何も覚えていないって言う話があるし、
財布とかも無事。体に変な事はされていない。
ロングコートの中の真実は分からない。けど、宇宙の真理ってどういう物かは正直気になる。
まぁ気になったって会える訳じゃあないのですけどね。
「宇宙の真理を知るがいい!」
そう言ってロングコート博士は、ロングコートの前を思いっきり開き、それを見た女子高生は、口から泡を吹きながら気絶した。
「・・・彼女でも無理だったか」
ロングコート博士はそう呟くと、倒れた彼女の介抱を始めた。
しばらくして、介抱は終了。女子高生はすやすやと気持ちよさそうに寝ており、それを見届けた博士はその場を去ろうとした。
「無駄な事はやめたまえ、博士。あなたがどんなに頑張っても、人間は変わらない」
それを呼び止めたのは、夜が具現化したかのような、漆黒のロングコートを着た、体全体が暗い男だった。
その男を見た博士は感情を押し殺し、冷めた声で言う。
「やってみないと分からないだろう?私は変わると信じている」
「いや、無理だ。」
だが男は首を振って博士の言葉を否定した。その顔は、完全に諦めが入っていた。
「無理な物は無理だよ博士。私達が宇宙の真理を理解しても、他の人が理解できるものではない。たとえ、あなたが宇宙の真理を強制的に理解させる発明品を作ってもね・・・」
男はそれだけ言って、何かを言いかけた博士を置いて、闇に溶けるかのように消え去った。
「分かっているさ・・・だけど、何もせずには居られないのだよ」
悔しそうに呟き、博士は先の見えない夜道を歩きだした。
宇宙の真理なんて理解しなければよかった。今は強くそう思う。
だけど真理は現実と同じだ。知れば無視など出来ず、知らん振りなど出来ない。
だから私は、あんな酷い未来を変えようと躍起になっていた。が、彼が言った通りだった。人は変わらなかった。
私がどれだけ教鞭を振るっても、分かりやすく言っても、最終的に強制的に真理を理解させようとも・・・人は変わらなかった。
変わると思った。変わると信じていた。その微かな期待が潰された時、私の体は動くのを止めた、
だからこれが最後の手記となるだろう。なので、最後に一言だけ書かせて貰う。
人間よ、変わってくれ。
―――――とある博士の手記より抜粋