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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第三十九話 喜劇の正体

 俺の自前の体質……と言っていいかわからないが、一つ特徴的なものがある。

視線を敏感に感じ取ることが出来る、というものだ。

いじめられた末に自然と身に付いたもので自慢できるものではないが。

敵意は言うに及ばず、妙な視線というのも俺にはわかってしまう。

 妙な視線、それはロイドがずっと俺に向けていたものだ。

転入した初日から、こいつは俺のことを他の生徒とは違う異質な瞳で見ていた。

好意的な感情や興味に突き動かされて俺を見る視線の中、ロイドは感情のない瞳で俺を観察していたのだ。

まるで物を見定めるような瞳で、さも何の特徴もない生徒の一人であるかのように振舞いながら。

 自分の本性をひた隠すのは何も悪いことではない。人との付き合いを円滑に進めるためには必要なことだ。

俺だってやっていることなのだから。

そう、俺も別にロイドのことは特に気にしてはいなかった。

クロイツがクラスにやってきてロイドのことをいじめ始めるまでは。


 「誰って……僕はロイドだよ。君と同じクラスの……」

 「そういうことを俺は知りたいわけじゃない。わかるだろう?」


 本来の自分の言葉に戻して、俺はロイドに促す。

お前も自分を見せろ、と。


 「ミコトさん、ぼ、僕が何かしたのなら謝るから……ごめんなさい」

 「お前の目」

 「……え?」

 「知ってたか?お前の目、嘘をついてねぇんだよ。演技は完璧でも目だけは違う。

  クロイツにどんな事をされても、その目だけはずっと薙いだ海のように静かで動じていなかった」


 だから気になった。

クロイツにいじめられながらも、その目はあくまで平静。

最初からいじめられることなんて予定調和に過ぎず、本命は別にあるかのように。

そしてロイドはその間、ずっと俺のことを見ていたのだ。この局面で俺がどうするのか探るような瞳で。

 その後にわざわざこうやって接触してきたのだ。

まどろっこしい仮面を脱ぎ捨てて話そうじゃないか。

それでも惚けると言うのなら、俺の凶暴な精霊が何をするかわからんぞ?


 『そんな誰それ構わず襲ったりしないのですっ!』


 と言いつつ、俺の頭の上にいたシルフィードがぷんぷんと怒っている。

さっきまで軽率な行動をしたと反省して静かになっていたのにうるさいやつだな。

どうせ一度は魔術をぶっ放して相手を血塗れにしたんだ。もう一人や二人、血祭りにあげてもかわらんだろ。


 『犯罪者の思考なのです!?』


 ギャーギャーとシルフィードがやかましい声をあげる中、その間をすり抜けるように忍び笑いが聞こえてきた。

意識を前に向けるとにたりと張り付くような笑み。

そこにいじめられるだけだった少年はいない。

粘りつく笑みを零しながらロイドは空いていた机の上に座り、そして両手を机につきながら興味深そうに俺のことを見詰めたのだ。


 「ふふ……よくわかったね?僕のことに気付いたのは君が初めてだよ」

 「それがお前の地か」

 「そう。だから初めましてかな。僕はロイド・マーカス。名前は嘘じゃないよ」

 「ふん。そんなことはどうでもいい。それよりも何故俺のことを見ていた?爺の差し金か?」


 爺……この学校の校長であるシェイム・フリードリヒ。飄々としている変態だが、抜け目がない所がある。

俺に監視をつけていたとしても不思議なことではない。

しかしロイドは首を横に振ると、楽しげに口を更に綻ばせる。


 「いいや。僕が個人的に見ていただけだよ。ふふ、監視されるようなことでもしたのかな?」

 「ッチ。違うならいい。忘れろ。後もう一つ、何であんな芝居をうった」

 「芝居って僕とクロイツくんのことかな。ひどいなぁ、あれは本当にいじめられていたのに」

 「あぁそうだな。クロイツは本気だったかもしれん。だがお前は違うだろう」


 どこの世界にあんな目をしたいじめられっ子がいる。

こいつは故意にいじめられていただけだ。発端が何かは知らんが、自分からそうなるように仕向けたのだろう。


 「うん、さすが僕が目をつけただけはあるね。そのことにも気付いたのか」

 「偉そうに……てめぇ、何様だ?」

 「怒らないでよ。理由はちゃんと教えるからさ」


 癪に障る野郎だ。上から目線なのにも気に入らないが、こいつの感情が一切見えない目も気に入らない。

何を考えているのかもわからず不気味に笑うその姿は、あの仮面の魔術師を思い起こしてしまう。

まだるっこしい会話も相まって苛々としてしまうが、ここで立ち去るわけにもいかない。

俺の気持ちを煽るようにたっぷりと時間をかけてから、ロイドは口を開いた。


 「僕はある目的の為に人探しをしているんだよ。……あれもね、試験のようなものさ。人間観察でもしてる、と言えばいいのかな」


 しかしロイドの口から出た言葉は不可解なものだった。

人探しだとか人間観察だとか、意味がわからない。

何処からかきたスカウトなのか?弱者を演じたのはその場にいた人の人間性を確かめたかったから?

だが優秀な人材を求めるのなら緑などに来ないだろう。黒や赤に忍び込む方が断然にいいはずだ。

 それにこいつはあれが起きる前から俺のことを見ていた。

まさか俺の本当の能力を覗き見る何かを持っている……?

……ダメだ。推測ばかりで何もわからない。


 「お前、何者なんだ?」

 「そう急かなくていいじゃないか。僕たちはクラスメイト。そう、いつだって話せる。いつだって、ね……」


 そう言ったっきりロイドは微かに笑いながら机を飛び降りて、教室から出て行ってしまった。

引きとめようとも思ったが、それで本当のことを話すとは到底思えなかった。


 『何か……気持ちが悪い人なのです』

 「……あぁ、それには同意する」


 ロイド・マーカスという名前に聞き覚えはない。しかし何処かで会ったような気がする。

不気味な笑みを携える感情の読めないクラスメイト。

何が目的かはわからないが、要注意人物なのには変わりない。

全く、これから楽しい学校生活になりそうな予感がしてため息が止まらないな。






 その日の放課後。

授業が終わりクラスメイトとの談笑をこなした俺は、帰り支度を済ませて校門の所まで歩いていた。

ロイドはあの後ちゃんと教室に戻って、普通に授業を受けていた。

時折、視線を感じることもあるが、それほど気にはならない。

俺も俺で多少のいざこざが残っていたのでそちらに構う余裕がなかった。


 「ん?あれは……」


 校門の影に誰かがいるのが見えた。

目を凝らせばすぐに誰だかわかった。待ちぼうけているのか所在なさげに鞄をゆらゆらと動かしている。

そういえば話している内に結構な時間になっていることに今更気付く。

勘違いじゃなければあれは俺を待っているのだと思う。

しかし別に一緒に帰るとは約束していないのだから気に病むことはない、と思ってもその姿を見たら少しだけ胸が疼いた。

だから俺は小走りに駆け寄りながらその人物に声を掛ける。


 「マリー!」

 「あ、ミコト。もう用事は終わったんだ?」

 「用事というか……まぁクラスの奴らと話していただけなんだが」

 「あはは。ミコト、更に人気者になっちゃったもんね」


 マリーが言う通り、俺があれから教室に戻ったら皆の見る目が変わっていた。

好意が羨望にでもなったかのように、やたらと俺を褒め称えてきたのだ。

クロイツが嫌われていた反動だろうか。物凄い高感度のアップだった。

どちらかというと間近で叩きのめした場面を見たのだから、俺は恐れられるかもしれない、と思っていただけに目を丸くしてしまった。

 中には様付けで呼んできたり、キラキラと瞳の中に星でも降っているかのような目で見てくる奴らもいて、勘弁して欲しい。

転入初日こそ物珍しさから人が寄ってくるとは思っていたが……。

今日に至っては俺の机の周りには人の壁が出来て、息苦しさと人の熱気でうまく演技をできた気がしない。


 「あれ、明日にはなくなるよな?」

 「いやぁ……もっとひどくなるんじゃないかな。噂も広まるだろうし」

 「マジか。それは本気と書いてマジなのか」


 死ねる……多少改善したとはいえ、人込みが大嫌いな俺には拷問でしかない。

最終手段としてあいつらまとめて魔術で吹き飛ばすか、と子供の頃と大差ないことを考えていた俺に、マリーはひそひそと小さな声で俺に話しかけてきた。


 「ねぇ、ミコト。もしかしてだけど、あれってあの子がやったの?」


 彼女が言っているのは十中八九、クロイツを叩きのめした時のことだろう。

それをあの子、シルフィードがやったのか、と言っているわけだ。

マリーに関しては、別にシルフィードのことを黙っているつもりはなかったので素直に話す事にした。


 「そうだぞ」

 「わぁほんと?ここにいるの?」

 『いるのですよ!』

 「いるけど話せないぞ。姿も見えんだろうな」


 シルフィードがマリーと会った当初は弱っていたからこそ姿が見えていた。

今は力を万全ではないが取り戻しているので見えなくなっているわけだ。


 「そっか……すごく残念。でもそれっていいことなんだよね?」

 「ん……まぁ力を取り戻しているわけだから、元気になっているということなんだろうな」

 「うん、それなら仕方ないよね。じゃあミコト、伝えてくれる?あの時はありがとう、そして何も言わず出て行ってごめんねって」

 『ミコトっ。この子、いい子なのですよ!純粋さんなのです!』


 ……と、シルフィードの奴は顔だけをこちらに向けて、異様に興奮しながらマリーの頭をぽんぽんと撫でているわけだが。

せっかくマリーが殊勝な態度で言っているわけだから、もうちょっとちゃんと聞いてやれよ。

呆れた顔をする俺にマリーは不思議そうに頭を傾けるが、真実は知らない方がいいだろう。


 「まぁ話すだけなら時間をかければ出来るらしいがな」

 「それは楽しみだなぁ。シルフィードちゃんとお話してみたいっ」

 『しーちゃんと呼んでもいいのですよ』


 なんでこいつこんなに偉そうなんだ、と生意気に胸を張っている精霊を前にして一応マリーに伝えることにする。


 「……しーちゃんって呼んでくれると嬉しいんだと」

 「しーちゃん、よろしくね。改めてあたしはマリーって言うんだよ」

 『よろしくなのですマリー!』

 「よろしくってさ」


 言葉の橋渡し役は結構面倒だが、世話になっているマリーに恩返しという意味でもちゃんとやることにする。

しばらくはこんなことの繰り返しになるだろうが、いつかは本当に直接話すことも出来るだろう。

その時、この精霊とマリーがどんな会話をするのか楽しみでもあり、怖いような気もする。

 お互いの挨拶も終わってさぁ帰ろう、と俺たちは歩き出した。

それに並ぶようにシルフィードがぱたぱたと飛んでくる。

小さな四枚羽を瞬かせシルフィードは俺の耳元で囁くように顔を寄せた。


 『ミコトもしーちゃんと呼んでいいのですよ?』


 誰がそんな名前で呼ぶものか。

得意げな顔をしてご機嫌なシルフィードに頭の中で速攻断る。

シルフィードは断られると思っていたのか、さして気分を害している様子はなかった。

なかったが、代わりにこの精霊は思いついたアイデアを口にした。

愛称で呼ぶのが恥ずかしいのは自分も呼ばれないからだろう、という発想から俺にも愛称をつけようとする。


 『みーちゃんって言うのはどうです?しーちゃん、みーちゃん。語呂も良くて可愛いっ。最高なのです!』

 (その名前で呼んだら頭をはたき倒すからな……)


 ハエ叩きでも作っておくのがいいだろうか。こいつの動き結構速いし、ちょうどいいかもしれない。

二人と一匹の精霊は帰り道でそんな感じの和やかといえる時間を過ごしていくのだった。

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