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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第三十八話 演者

 中級魔術、エアハンマー。

破壊力に乏しいと言われる風の魔術の中では攻撃に特化。

空気を極限にまで圧縮し、物理的な破壊力を帯びるまでに昇華させた魔術だ。

 たかが空気と侮ることなかれ。使い手がその気になれば岩だろうと壁だろうと粉々に粉砕することも可能だ。

人間の頭などトマトのようにぷちっと潰せるだろう。

ただ威力が高い反面、射程距離が短い。その分、使いまわしがしやすいというメリットもあるが。

文字通りハンマーのように振り回し、中距離から近距離にかけてよく使われる魔術である。

 そんな魔術を二十センチの少女、シルフィードは躊躇いもなくクロイツに向けて放つ。

クロイツはシルフィードの姿が見えず、しかもエアハンマーは空気を圧縮しているだけであり目視できない。

不可視の一撃は完全なる奇襲となり、無防備な頭に降り注がれる。

止める間もなかった俺はその一部始終をばっちりと見る事になった。


 「ぶべら!?」


 後頭部をエアハンマーで強打され、油断していたクロイツは勢い良く床とキスをする。

強かに顔面を床に叩きつけられたと同時に貴族にあるまじき声をあげながら。

あれは痛い。

頭を打ち付けられ、更に鼻も床に綺麗に激突してしまっている。下手すりゃ鼻が折れてるな……。

さすがにシルフィードも魔術の威力は最低限に抑えたのか、死んではいないようだが。

ぴくぴくと体が震えているし、大丈夫だろう。たぶん。


 「…………」


 そんなことよりもこの空気をどうにかして欲しい。

教室中はしーんと静まり返り、誰一人物音さえ立てない。

隣の教室から聞こえてくるざわめきが殊更耳に響くぐらいに。

 沈黙に満たされた教室で、皆の視線を集めているのは床で寝転がっているクロイツ。そして俺。

生徒たちはあまりの急展開に事態をうまく飲み込めていない様子。

しかし他の奴らが平常心を取り戻したらこれ、完全に俺がしたと思われるよな。

冤罪だ……。

そこの空中にぱたぱたと浮かび上がり、やってやったのです、と鼻息荒くドヤ顔をしている精霊が真犯人なのだ。

殴りかかろうとしていた俺が何を、と思わないでもないがそれはそれ。

クロイツの無様な姿を見て多少の溜飲が下がったのは事実だが、とばっちりもいい所である。

まさか俺にしか見えないのにこいつが勝手にやったんです、と釈明するわけにもいくまい。


 「シュトラウセ様!?」


 いち早く我に返ったのはクロイツの取り巻きの一人だった。

奴の名前を呼ぶと倒れ込んでいるクロイツの元まで走る。

それを皮切りに他の取り巻きも遅れながらも後に続いた。


 「し、死んでる……」

 「ばかやろう!気絶しているだけだよ!保健室に運ぶぞっ。お前は足を持て!」


 コントさながらの軽快なトークを織り交ぜて、取り巻きAがクロイツを抱き起こす。

その時、クロイツの顔がこちらにちらりと見えた。

気絶しているのだろう、白目を剥いていて顔の半分は鼻血で真っ赤に染まっていた。

く、ククク……更に色男になったじゃねぇか、おい?

思わず笑いそうになるのを必死に噛み殺した。俺もその顔面をぶん殴ってやろうと思っていただけに爽快だった。

この手で直接やれなかったのは残念だが、まぁよしとする。

 取り巻きたちは早々にクロイツを運んでいく。

意識が未だに戻らないのだろう。数人に体を抱えられても起きる様子はない。

取り巻きたちは何か俺に言いたそうな視線を向けながらも、結局何もすることなく立ち去る。

クロイツ以上の実力者がいないのか、はたまたクロイツの安否を優先したのか。

どちらにせよ向かってこないというのなら見送るだけだ。


 (さて……シルフィード。何か言いたいことはあるか?)


 クロイツたちがいなくなったのなら次は尋問のお時間だ。

全く、早々に約束を破りやがって腹立たしい事この上ない。

とった行動の是非はさておき、事前に言っておいたはず。鞄の中で大人しくしていろ、と。

静かな怒りを滲ませて頭の中で訊ねる。こういう時に声に出さなくていいのは便利だ。

契約者と繋がっている精霊ができる一種のテレパシーが成せる業である。


 『あんな人、やられて当然なのです!簡単に他人を傷つけて、心無い言葉を投げつける優しさのない人なのですっ』


 怒っているのは俺もなんだが、シルフィードの怒りも相当なようだ。

俺の様子さえ見えておらず、散らかった教室中を見渡しロイドと呼ばれた男子生徒を悲痛な表情で眺めている。

濡れたままでいたその生徒に何処からかタオルを持ってきたのはマリーだった。

未だに身動きがとれていない生徒もたくさんいるというのに、動じない奴だな。

 それはともかく、シルフィードにはそのように見えていたらしい。

なるほど、この状況は確かにひどい。誰もそのことに気付いていないという点ではまさしく喜劇だろう。

何が喜劇かだって?そんなものは決まっている。あいつは……。

俺がそのことを教えようかと思っていたのを先んじて、シルフィードは体ごとこちらに振り返った。


 『ミライのことも……馬鹿にしたのですっ』


 そんなことを悔し涙さえ浮かべて言ったのだった。

シルフィードの姿は誰にも見えず、言葉さえも時間をかけて通じ合った者でないと話せない。

例外は俺だけなのだが、だからといってすぐさま実力行使に移るだなんて物騒な精霊である。

大人しそうで清純な外見をしている割には、少女の中身はかなり過激だ。

 いや、それだけじゃない、か。

あまりに感情が高ぶって制御を振り切ってしまったから、目の前の相手をそのままにしておくことは出来なかった。

その感情は俺の怒りと同等か、もしくはそれ以上。

シルフィードと同調できる俺だからこそ、その感情の大きさがわかってしまった。

 だから少しだけ、ほんの少しだけ。ミライの為に怒ってくれることを嬉しいと思ってしまった。

そんなことをこいつに言えるはずもないが。

毒気が抜かれたのか怒りは収まったが、不満は燻るように残る。


 (……ッチ。後始末は全部俺にのっかかってくるってのに)

 『でも我慢できなかったのです。ごめんなさい』

 (謝るなら行動を起こす前に俺に話せ)

 『そ、それは難しいのです……。さっきだって頭がかーっとなっていつの間にかやってしまっていたのです……』


 こえーな、おい。キレて魔術ぶっ放すとか危険極まりないだろ。

俺の場合はキレているが、高速思考のおかげで冷静沈着に対象を速やかにぶちのめせるから問題はないな、うん。

 しかしこのままだとまた同じことが起きそうだ。

仕方ない。多少は妥協することにしよう。俺はこいつと一緒に進むことを選んだのだから。


 (いいか。次同じような状況になったとしたら、手柄を独り占めしようとするな)

 『……?それはどういう意味なのです?』

 (決まっているだろ。やるなら俺も一緒にやるってことだ)


 ニヤっと唇の端を上げて笑う。

これならお互いに気持ちの整理もつきやすい。

連携術士の固有スキル、コンボの練習にもなるだろうという打算もあるにはあったが。

回復魔術があるこの世界なら多少の傷はすぐに治せるだろうしなぁ……クロイツで試せなかったのはおしい。

そんな黒い考えを頭で巡らせていたら、感極まったかのようにシルフィードは震えて、そして、


 『ミコトー!!』

 「待てい」

 『ふぎゅっ』


 飛び掛ってきたシルフィードを直前で手を前にして防ぐ。

変な声をあげた後、何で邪魔するのです?とでも言うかのような顔で見上げてきているシルフィード。

そういうのはノーサンキューだ。必要以上の馴れ合いはいらない。

それでも俺の手を押しのけようとするあたり根性が座っている奴である。

 予想だにしない行動に思わず声を出してしまったが、特に気にかけている奴はいないようだ。

いや、一人だけこっちを見ている奴がいた。

マリーだ。手当てを終えたのかすでに立ち上がり、疑いの目をこちらに向けている。

他の生徒もようやく平常心を取り戻してざわざわと騒ぎ始める。

 そんな時、教室のドアががちゃりと音を立てて開いた。

現れたのはライラック、と呼ばれる教師だった。美人だがいやに目力がある女性で、俺のことを目の敵にしている節がある。

教師というよりは男の不良のような口ぶりで、俺たちをじろりと睨みつける。


 「騒がしいぞガキども。私のありがたい授業の前で何をピーチクわめいている。……ん?」


 ライラックが目線を向けた先にはクロイツが倒れていた場所だった。

そこには血の跡がべったりと残っていて、一目で何か起こっていたということを物語っている。

椅子や机は生徒たちが戻していたので問題はなく、そういえばいつの間にかロイドという生徒がいなくなっていた。

 血の跡の傍には俺の姿があり、必然的にライラックの視線が次に移ったのは俺だった。

あ、これやべーわ。

……と思った時にはすでに遅く、彼女の猛禽類を彷彿とさせる笑顔が俺を射抜いていた。

捕食対象となった俺はその後猛獣の餌よろしく、ライラックに連行されるのだった。




 「この学校の先生は何処かおかしいな……」


 そんなことを呟きながら俺は職員室の帰り道を歩いていた。

廊下には人気はなく、とても静かだった。授業中なのだから当たり前なのだが。

 事のあらましを聞かれるために俺は連れられたわけだが、有無を言わせず引き摺られたのはきっと俺だったからだろう。

まぁ犯人というか、真実を知っているのは間違いないのだから正解といっては正解なのだが。

それに俺から話した方が何かと都合がいい。他の生徒が変なことを吹き込む可能性もあるのだから。

 たった一つの嘘を除いて俺はライラックに全てを話した。

嘘とは勿論シルフィードのことである。実の所、あの爺にもシルフィードのことは教えていない。

精霊と契約しているなどと言っても仕方ないと思ったからだ。どうせシルフィードは俺以外には見えないのだから隠し通せるだろう、とも思っていた。

甘い考えであったのはまさに思い知ったことではあるが、幸い未だに誰にもばれてはいない。

そのことに注意しつつ、ライラックに説明していたわけであるが……。


 「ほう、赤の生徒をお前が倒した、と。それは……面白い。いいぞ、もっとやれ」


 と、楽しそうに教師であるライラックが言ったのだから驚きである。

教師も対立を煽るなどこの学校はどこまでいっても実力主義なのか、と思ったものだった。

 それとライラックは俺が実力を隠していたと思っていたらしい。

どうしてそう思ったのかはわからないが、目の敵にされたのはどうやらそれが原因みたいだ。

強さは周りに知らしめるからこそ意味がある、と言っていた。

つまり力を隠している俺が気に入らなかった、ということだ。

クロイツをぶっ飛ばしたことが強さの証明になったということだな。

倒したのは俺じゃなくてシルフィードだが、強さを隠しているのは本当だ。感が鋭い女である。


 さてこれからどうしようか。

ライラックは自習させることに決めたようで時間は余っている。

お咎めは特になんともなかった。あんなことをいう教師である。ライラックからは何もなかった。

しかし赤の方から何かしらあるかもしれない、と彼女は言っていた。

何をしてこようが返り討ちにするだけだ。俺からは何もしない。

シルフィードが代わりにやったのだから、あの件はあれでなしにする。

まぁあの貴族は絶対に収まりがつくはずがないんだが……。

 とりあえず教室に戻ろうと曲がり角を曲がったら廊下の端の方に人影が見えた。

授業中なのだから体調が悪くなったかでもしたか、と思ったがそいつの姿は見覚えがあった。

いつの間にか教室から姿を消したはずのロイドという生徒だった。


 俺は身近の誰もいない教室に入る。

何やらロイドから話があるようで、おどおどとしながらも神妙な顔でついて来て欲しい、と頼まれたのだ。

なるほど、何を言われるかは大体見当がつく。

こうまで早く動いてくるとは思わなかったが、誘いに乗ることにした。


 「それで話というのは何ですか?」

 「あ、あの……そ、その……」


 口ごもりながらも話が先に進まないのは聞いているだけでも苛々するものだ。

あの貴族がいじめていたのはこういう所に理由があるのだろうな、と察することができた。

以前の自分を省みるに、ロイドの特徴は俺と結構似ている。

自分に自信がなく、何を喋っていいのかわからない。一生懸命喋ったとしても空回りする。そんなところだ。

辛抱強く待つと、ロイドは目を逸らしながらも本題を口にした。


 「助けてくれて、その、あ、ありがとう……とても、嬉しかった」

 「どういたしまして」


 品行方正にしながらも笑顔で応える。

マリーには不評な笑顔ではあるが他の人には概ね好評らしく、ロイドという生徒もそれは変わらないようだ。

明らかにほっとしたような顔をして、それから一大決心でもしたかのように顔を引き締める。

そして初めて俺の方に視線を合わせたかと思うと、さっきよりしっかりとした声でこういったのだ。


 「あ、あの!僕と……友達になってくれませんか!」


 俺とロイド以外誰もいない教室にその決意を込めた声は響く。

ロイドは言葉を発したらなけなしの勇気がなくなってしまったのか、目を閉じてしまっていた。

おそらく助けてしまった恩もあるし、強い人に味方になってもらったら守ってくれるとそう思ったのかもしれない。

友達としての動機としては不純かもしれないが、そこから変化していくことだってあるのだろう。

転入初日の人当たりの良さを買ったのかもしれない。

あぁ、そうだな。俺がその通りの人物だったらこの台本も演じていたのかもしれない。

 だってそうだろう。これはあまりにあけすけでわかりやすすぎる展開だ。

まるでマンガのようで。まるで誰かの理想のようで。

用意されていた喜劇に俺は笑った。あまりに出来が良くて、素の自分で笑った。


 「ははは。あはははは」

 「え、え……み、ミコトさん……?」

 「あはは……本当、面白いなぁ。………………それで、お前、誰だよ?」


 覗き込むのは瞳。誰も嘘をつけない瞳のその奥。

赤の生徒、クロイツにひどいいじめを受けていたロイドという少年は。

髪を引きちぎられた時も、水の魔術でびしょ濡れになった時も、虫以下の扱いをされた時も。

片時としてその瞳の中には怯えや不安、恐怖といったものがかけらもなかった。

演じているのは俺だけじゃない。

このロイドという奴もそうだと俺は最初からわかっていたのだから。

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