第三十五話 強さを追い求める者たち
「何を言っているのかさっぱりわからないんだが……」
「ほっほっ。言葉通りの意味じゃよ」
そう言いつつ、笑いながら爺は席を立った。
机の方へと歩くと何か小さな箱のようなものを引き出しから取り出した。
その場で爺は俺に見やすい角度で箱を開ける。
中に入っていたのは黒い宝石が付けられたイヤリング。目を凝らしてみれば宝石の内側の方に魔力が凝縮されているのが見えた。
「魔道具か」
「ご明察じゃの。これは吸生のイヤリングと呼ばれる物でな。古代遺物級のアイテムなんじゃ」
「それがさっき言っていたことと関係あるのか?」
「察しが良くて助かるの。然り、これを装備することによって対象のLvを強制的に1にするのじゃ。
例えLvが100だろうが関係なしにの。なかなかえぐかろう?」
とんでもないマイナス効果のアイテムじゃねぇか……。
Lvが下がるということは能力もそれ相応に下がるのは間違いないだろう。
下手したらスキルが使えなくなる可能性だってある。
……忌々しい思い出だが、あの仮面の男と同じ戦法を使われたらどんな相手だろうと無力化できるだろう。
「俺にそれを着けろって言うのか?」
「そうじゃの。実の所、ミコトのステータスを偽装することは出来るのじゃ。
しかし、唯一のアークウィザードにして至高の魔術師のわしでも全て、というのは難しいの」
「…………」
「……唯一のアークウィザードにして至高の……」
「それはちゃんと聞こえてた!なんで二回言うんだよっ」
「反応してくれないんじゃもん」
ワンパンでいいからかましてぇ……。爺の語尾にもん、は想像を絶するイライラを引き起こすな。
落ち着け、爺のペースにはまると話が絶対に進まなくなる。
とりあえず全部の話を聞こう。殴るのはその後だ。
それからどうにか我慢しながら話を聞く。
話を整理すると、俺のステータスを全てごまかすのは難しいらしい。
本来、偽装の魔術は一部分だけを対象にするもので、多項目を偽装しようと思えば重ねがけをしなくてはならない。
手間はかかるがそれ自体は可能みたいだった。
しかし少しでも魔術に心得がある者から見れば、魔術を重ねがけした者に違和感を感じる。
魔道具とてそれは同じこと。
これはスキルなどなくても感覚的にわかるものらしい。
おかげで隠したかったのはずなのに、結果として目立つ形となってしまう。
しかもここは魔術学校グリエント。ばれるのは火を見るより明らかだろう。
「このイヤリングは古代遺物ということもあって、並の魔術師にはどんな魔術がかけられているのかもわからない。
後は逆転の発想じゃな。まさかそれが自分を弱くするものだとは思わない。だからステータスを見られても気付くことはない。完璧じゃろ」
「ご高説賜っている所すまないんだが、そこまでする理由が俺にはない」
確かにステータスを見られて騒がれるのは面倒だ。余計な奴らに目をつけられるかもしれない。
だからと言ってせっかく手に入れた強さを放棄するのは個人的に許せない。
要はメリットがデメリットに勝っていない、というだけの話。
「まぁそれだけでこれを着けろと言っているのではないんじゃよ、ミコト。これはの、可能性を広げるアイテムなんじゃ」
「可能性?」
「そうじゃ。実はもう一つこのイヤリングには効果があっての。それは成長促進という特殊能力。
装着者のLvを1に固定するが、その間に獲得した経験値などを倍増させるのじゃ」
半端ないデメリットがある代わりにそれ相応のメリットもあったのか。
所謂、強制ギブスみたいなものを想像すればわかりやすいかもしれない。
「なるほどな……ちなみにそのイヤリングはいつでも着け外し出来るのか?」
「出来るぞい。ただし、この宝玉が黒から白に変わらぬ間に外すと効力はなくなるのじゃ。なかなかシビアじゃの」
「宝玉の色が変わる条件は?」
「吸生の名の如く、装着者の成長エネルギーを溜めて熟成するものじゃから時間経過だけでもいけるぞい。
かなりの時間はかかるがの。後は魔物を倒せば早くなるの。ただLvアップはせんぞい。Lvは1で固定されるの」
Lvはずっと1で固定。しかも一度でも外せば倍増した効果がなくなって無駄になってしまうのか。なんとも世知辛い。
しかし、俺にとっては魅力的なアイテムかもしれない。
一時的に弱くなったとしても倍の早さで強くなれるのなら我慢できる。
もしかしたらINTの問題も解決するかもしれない。
どうせ外すことは出来るのだ。時間を無駄にしてしまうかもしれないが、それでも、と俺は考えてしまう。
……だがこれは俺にあまりにうますぎる話ではないか?
予め用意していたかのような条件だ。
(こいつ……ただの変態エロ爺と決め付けるのは早計だな。食えない爺だ)
「な、なんじゃ?そんなに見詰められると……わし……わし……」
「おい爺。一発殴らせろ。後その装備よこせ」
「暴力の後の略奪!まさに非道の極みっ。わし、そういうのもいける口じゃよ!」
これ演技してるんだよな?
そう思わないとやってられないと思いながら、そうしてシェイム・フリードリヒとの最初の対談は幕を閉じたのだった。
「…………と、そういうわけだ」
「え……校長先生ってそんなキャラだったの?すごくショック……」
一人の少女の幻想をぶち壊した帰り道。俺はマリーにおおよそのことを話した。
爺のことなどはごまかしの効かない様に念入りに、マリーにとっては衝撃だっただろうが毒牙にかかる前に教えておかなければ。
「って、もしかして皆に愛想が良かったのも自分に都合がいいようにしたかっただけ!?」
「ん?ちゃんと聞いてなかったのか」
「え、あ、そうだよね。いくらミコトでもそこまでは……」
「まぁぼかすように言ってた俺も悪いな。他人は利用するもの。これが俺の信条だ」
「そこまでひどかった!?もしかして、あたしもそれに入ってる……?」
「…………」
「なんで皆に向けてた時のような天使の笑顔を今あたしに向けてるの!?」
「冗談だよ、冗談。マリーはボーダーの一歩手前ぐらいか、はみ出しているぐらいだから」
「う、ううー。ミコトがあたしをいじめる……」
涙目のマリーに俺は笑いかけては宥めていた。心の中では別のことを考えながら。
(ぶっちゃけた話、俺の中でマリーは微妙な立ち位置だけどな……)
信用するか否かで言えば、最初っからそれは勘定に入れない。
誰であろうと信じられる人なんてもういないのだから。
さりとて、他人だから利用するというのも少し違う。
彼女は俺と同じく強さを求める者だ。それはあの魔物退治の時に本物なのだと理解できた。
強さを求める理由こそ違うものの、求めるものは同じ。
同志、という言葉が一番あっているかもしれない。
ふと、俺は思い出したことを口にした。
「そういや、マリーって何も言わずに小屋から出て行ったよな?」
「あー……えーと、それは」
少しヤキモキしたのを俺は覚えている。これは別にいじめているわけではなく、純粋に俺が聞きたかったことだ。
言い淀んでいたマリーは逡巡しながらもおずおずと声を出した。
「あそこはとても居心地が良くて、師匠がいて、ミコトがいてさ。ずっといたいと思ったよ。
でもそれじゃダメなんだ。あたしはもっと、もっと強くなりたい。誰にも負けない……どんな理不尽も跳ね除ける強い人に」
その言葉に彼女の原点がある気がした。
俺は消えることのない復讐心から。ならばマリーは?
彼女は遠くを見ながら拳をぎゅっと握っていた。
その先に何を見ているのか、俺にはわからなかった。
ただ、彼女のその顔には黒い影は見当たらない。それだけがわかって、何故だか俺はほっとしていた。
「だから……師匠やミコトと顔を会わせたら決意が鈍ると思ったんだ。……ごめんね、さよならも言わなくて」
「いや、別に謝罪の言葉が聞きたかったわけじゃない。でもマリーの思っていることが聞けてよかった」
「そう、かな。うん、でもミコトがそう言うならいいんだろうね」
曖昧にマリーは笑う。俺は俺で自分らしくない言葉を言った気がして気まずかった。
そんな時、いつの間にか辿り着いていたのか宿舎が目と鼻の先に見えてきた。
思わず胸を撫で下ろしてしまう。
このままでいたらきっとお互い何も喋れなくなって、どうしていいかわからなくなっていただろうから。
「あれが俺の泊まる所だ」
「へぇー。学校に近くていいね。あたしはもうちょっと先の所なんだよ。あっちはあっちで市場に近くて便利なんだけどね」
「俺は近さで選んだからな。それじゃマリー」
「あ、うん」
俺はそれだけ言うと宿舎の入り口まで小走りをする。
この宿舎は俺の他にも生徒が泊まっている。二人で帰っている姿など見られたら面倒なことになるだろう。
魔術を学んでいるとはいえ、所詮はガキの集まり。囃し立てられるのは目に見えている。
帰り道はずっと一緒だったので今更な気はするがな……。
そんな俺の心情なんて知らずにマリーの声が後ろからかかった。大声で、とても元気な声で。
「ミコトー!また明日ねっ!」
振り返ればぶんぶんと手を振っているマリー。思わずがっくりとしてしまう。
それでも依然と手を振り続ける彼女に俺も一度だけ手を振った。
さすがに声を上げるのは勘弁して欲しい。
ぶっきらぼうな対応だというのに、マリーは笑顔でそれを受け取る。
夕日の中のその笑顔は一段と輝いている気がした。