第三十四話 爺との邂逅
「俺がここに来た理由を知りたい、だって?」
学校から生徒専用の宿舎へと帰る道の途中、俺はマリーと話しながら歩いていた。
色々と話したいことがありそうな顔をしていたので待っていたら、そんなことを聞かれたのだ。
ここに来た理由……ねぇ。
マリーはやけに神妙な顔をしているが大体わかりそうなものじゃないか。俺が求めるものなんてそう多くはない。
「強くなりたいからだよ」
それがまず第一。
俺の目的の為にはもっと強くなる必要がある。
強さの可能性が広がるならもう少し時間を使ってもいい。そういう思いに至っただけだ。
もう一つ、ミライの軌跡を知りたい、というのもあるがこれはさすがに言葉にしなかった。
「そっか。ちょっとだけあたしを追いかけてきたのかと思っちゃった。教室も同じだったし……」
「それはないな」
「はっきりと否定されたっ。傷つく!」
「肯定したらお前も困ることになるだろうが……。だが教室が同じなのは偶然じゃないかもしれんな」
マリーはその言葉に首を傾げる。偶然じゃないって一体どういうこと?とその顔が物語っていた。
そのことを説明するには、まずは俺がこの学校についた時のことを話さなければならない。
幸い宿舎まではまだ距離がある。
時間潰しがてら話すのも悪くないだろう。
帝都グラフィールまでの道のりは徒歩で行くには遠く、自然と俺は馬車を利用することになった。
人がたくさん集まる帝都を目的地とする馬車は多くて、探すのに困ることはなかった。
しかし俺の見た目はやはり目立つ。
いらぬトラブルを抱えない為に目深にフードを被った格好で行く事にした。
怪しい格好をした俺を訝しむ御者もいたが金を少し多めに積めば事足りた。
この金はアリエスから餞別として受け取ったものだ。子供が持つにしては大金といえる金が入った袋をポンッと渡してきたのだ。
文無しの俺にとってはなくてはならないもの。思う所はあるが素直に受け取る。
いずれ返すつもりであり無駄遣いはしたくなかったが、これは必要経費と思っておこう。
そうして何事も起こることなく俺は帝都へと辿り着いた。
中に入る為には通行証なるものを提示しなければならなく、俺は事前にアリエスから渡されていた通行証を見せる。
必要になると金と一緒に渡されていたのだ。
帝都、と大仰に言うぐらいに重要な拠点なのだろう。関所は兵士も多く、厳重で時間もかかるみたいだ。
俺の隣では何やら商人風の男が苛々と足を踏み鳴らして通行証のチェックを待っていたから、俺もそうなるだろうと思っていた。
なのにあっさりと通されてしまう。拍子抜けするぐらいだった。
顔パスで遊園地でも通っているような感覚である。
こんなもの用意できるとは、一体あの女は何者なんだと改めて思ったものだった。
帝都に入った最初の印象は華やか、だろうか。
俺の故郷リヒテンと比べると文化が進んでいるのは当然だと思っていたが、どこもかしくもちゃんと舗装された道路を見ると少しだけ感動する。
建物だって立派なもので木材をそのまま壁にするわけでもなく、白や赤、茶色の塗装などを綺麗に施している建築物ばかりだ。
それだけで景観が色鮮やかに見えるものだった。
活気はそれこそ比較するのが申し訳無い程にあって、人の声が届いていない場所などないのではないかと思うぐらいだ。
行き交う人々の顔も明るく、人間と問わず亜人種もその中に混じっては交流を深めているようだ。
人は些細な見た目の違いだけでも差別するものだが、ここではそういうことは無縁なのだろうか。
たくさんの種族がいる中、俺と同じ種族だけは見当たらなかった。エルフは珍しいのかもしれない。
街中はそんなものだ。観察は一応してみたがあまり興味はない。
俺は未練なく視線を切ると目的の場所へと足を運ぶ。外れにあって辿り着くには少々の時間はかかったが迷うことはなかった。
遠めからでも俺にはわかっていたからだ。
特殊な眼があるからこそわかる透明な結界のようなもの。それがドーム状に覆っているあの場所はどうあっても目に付いてしまう。
特別学区に居を構える魔術学校グリエント。そこが俺の目指す場所だった。
(……自分で言うのも何だが、よくこんな風貌の奴通したな)
学校の前、セキュリティの為に建てられたであろう建物の中にいた警備員に、俺は紹介状を見せた。
アポなし、しかもフードで全身を覆っている怪しげな人物。俺ならこんな奴来たらさっさと叩き出すがな。
警備員は奇異な目を向けるものの、紹介状を確認するとすぐにでもゲートを開けてくれたのだった。
アリエスは校長に会えばいいと言っていたが、さてどうするか。
あてもなく探すにはここは広い。まさか警備員に案内して貰う訳には行かないだろう。
敷地内に足を踏み入れたはいいが、判断に迷っていた俺の前に一人の女性が現れる。
秘書のような格好をしたハイヒールの女はコツコツと靴音を鳴らし近づいてくる。
そして傍に寄ったかと思うと最初に切り出した言葉は、こちらです、だった。
それっきり先に歩いてしまうのだからさすがに驚く。愛想のかけらもない女だな、おい。
自分のことを棚にあげながらそんなことを思う俺だった。
「この先になります」
右手にあった建物の中を進み、最上階の奥まった部屋の前で足を止め、女性はそんなことを言った。
扉の前に佇んでいる、ということはこの先は一人で行けということだろう。
案内してもらって助かったのは事実なので、頭を少し下げて軽い礼をする。
その際、何かこの女性から強い視線を感じたと思ったのが、頭を上げて見ても普通だった。
まぁ再三言うが未だに俺フードのまんまだしな……いいかげんとってもいいんだが、ここまできたら皿まで、だ。
女性はそれっきり興味をなくしたように立ち去った。
扉を前にして二つノックをする。
すると、どうぞ、としわがれた老人の声が扉の向こうから聞こえてきたのだった。
頭の中でどんな人物なのか想像しながら、俺はドアノブを回した。
扉の向こう側には、どう見ても偉そうな態度を勘違いしたような格好でふんぞり返っている白髪の老人がいたのだった。
黒いソファに限界まで両手を広げ、無理やり背もたれの上の方に乗せていた。
足は組まれているものの上半身の限界が伝わっているのか、ぷるぷると震えていた。
まさかコレが校長だとは信じたくないが、現実というのはいつも非情である。
「わしがグリエント魔術学校の長にして唯一のアークウィザード、シェイム・フリードリヒ、じゃっ!!」
事前にセリフでも用意してきたかのようにキメキメで、芝居がかった言い方だった。
おまけにバチコーンとウインクまでかましやがってすでにもう帰りたくなってきた。
そう言えばアリエスが校長の話をする時だけ苦い顔をしていたような気がする。
こういうことは事前に言っておきやがれ、あの野郎……。
「さぁさぁ、いつまでも立っていないでそこに座るのじゃよ」
と言いながら、何故か対面のソファではなく、この爺が普段執務で使っているような机の方を指し示す。
冗談か?それにしては意地の悪い笑みをしている気がする。
俺は構うことなくそのまま爺の言うとおりに机の方に歩いていき、どかっと音を立てて備え付けの立派な椅子に座った。
なるほど、さすが校長の座る椅子ということか。ふかふかで肌触りのよい材質のものを使っているらしい。
「まさか本当に座るとはのう。普通の人ならば戸惑うだけだというのに。面白いのぅ」
「ありがたく使わせてもらう。座り心地はいいみたいだしな」
この爺相手に敬語など不要だろう。
その言い様からして俺を試そうとしていたのだ。気に入らない。
逆に俺が試してやろうじゃないか。こんな生意気な口をきく小僧相手にどう対応するのか。
「別にわしはそれでもいいんじゃが、そこはわしが毎日お尻を暖めている場所じゃよ。照れるのー」
「…………」
無言で席を立つ。この爺、ただの爺じゃねぇ。
ド変態だ。ホンモノだ。夜中に出会いたくない畜生のナンバーワンだ。
本気で照れているようで赤らめている顔が気色悪い。
ぞわぞわと体が泡立つのを止められなかったが、あくまで平静を装いつつ立ち上がり、対面にあるソファに改めて腰を落ち着かせる。
「まぁこちらの方が話しやすいかの。して、そのフードはいつまで被っておるのかの?」
言われてずっとフードをしたままだったのに気付く。
確かにいつまでも顔を隠したままだと話しにくいだろう。相手にも失礼だろうしな。
この爺相手に顔を晒すのは抵抗がないとは言えないが、それでも俺はフードを取り去った。
久しぶりに顔に直接空気があたる感覚が気持ちいい。
爺は俺の顔を見ると、ほぅ、と一つため息をついて何か呟いた。
「……なるほどのぅ。あの子とそっくりの顔立ちじゃの……」
「今、何か言ったか?」
「いや、ただの独り言じゃよ。それより、確か君はミコトと言ったかの?」
「ああ、ちなみに男だ」
「ほっほっ。それはわかっておるよ。その容姿だと仕方ないかもしれんが、よく間違えられるのかの。
して、ミコトよ。もう一つ確認したいことがある。手を出してもらっていいかの?」
俺は無言で手を差し出した。大体何をするかは察しがついていたから。
予想と違わず、爺は手を取りながら速やかに魔術を唱えた。対象のステータスを探るアナライズという魔術を。
おそらく、事前にアリエスから何かしら連絡を受けていたのだろう。
だから俺のことも知っているはず。手紙の内容だけでは信じられず、直接自分で確かめようとしているのだ。
「……ほぉ。確かに嬢ちゃんが言うだけのことはあるの。能力値が半端ではない。特にMPなぞ竜族クラスかの?」
「竜族なんているのか?」
「おるよ。表舞台から消えてしまって久しい種族じゃがの。ふむ……これを偽装するにはちと難しいかのー」
ファンタジーの代名詞といえる竜の登場に興味が湧かないでもないが、今は偽装というのが気になる。
その言葉に顔を上げて爺を見るが、当の本人は悩む顔をしているだけで答えてくれる様子はない。
まぁ大方、アリエスかこの爺かは知らんが他人に見られたらまずいと思ったのかもしれない。
今まで相手にしてきた奴らが強すぎて、俺は自分が強いだなんて一度も思ったことがない。
だからステータスを見た相手にすごいだとか、ありえないとか言われても実感できなかった。
しかしここでは違う。
歳の近い連中の中では俺は異様なのだと知っておかなければならない。
面倒だとは思うが、人付き合いもうまくこなしていかなければいけないな。
幸い俺は見た目だけはいいんだ。せいぜい利用させてもらうとしよう。
そんな腹黒いことを考えていた俺に、爺は唐突に顔を上げて俺を見た。
なんだか嫌な予感がする。
予感は的中し、ひどく面白そうな顔をしながらこの爺はとんでもないことを言うのだった。
「お主、Lv1になってみんかの?」