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思考進化の連携術士  作者: 楪(物草コウ)
第二章 少年期 魔術学校編 『繋げる者』
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第三十三話 放課後の再会

 あれからつつがなく自己紹介は終わり、担任と入れ替わり例の教師が教壇に立って授業は始まった。

マリーは授業中も上の空でミコトのことが気になって仕方なかった。

教室の空気もどこか浮ついていて、噂の転入生に視線が集まっていたのは言うまでもない。

 彼の席はマリーとは反対の窓側。どうやってもコミュニケーションは取りにくい。

ノートの切れ端を飛ばそうものなら、弾丸チョークが愚か者を打ち抜くので手紙という手段も取れない。

休み時間までは抜け駆けはなし、と生徒の間でアイコンタクトを取っていた。

妙な所で結託する少年少女たちだった。


 それでも生徒の間では鬼と影で噂されている教師……ライラックはその空気が気に入らないのか不満顔だった。

いや、不満顔というのも優しい表現か。いつもの三割増しは機嫌が悪く、視線は軽く人を怯ませるぐらいにはどぎつい。

教師が生徒に向ける目ではないが、教師陣の中でもライラックは優秀な方でしかも美人。

美人の迫力ある顔というものはそれはもう怖ろしく、逆らえる者は誰一人いない。

あのエロ校長であるシェイムでさえ手を出すのを躊躇しているらしい。

 そんな鋼鉄の女教師ライラックは、この空気の原因であるミコトにいきなり指名をして問題を出した。

転入したてのミコト。しかも授業の内容は一ヶ月も先もいっているのに容赦のない仕打ち。

彼の実力を測ろうとでもいうのだろうか。教室内に静かに緊張が走る。


 「答えは二十五ですね」


 しかしミコトは悩む素振りさえ見せずあっさりと正解を導き出した。

これには生徒たちも、おお……、と感嘆の声を洩らす。

ライラックに至っても一瞬驚いた顔を見せる。すぐに鉄面皮に戻したが。

アテが外れたことに鼻を鳴らしながら授業を再開する。あの態度を見ればやつあたりという意味合いもあったかもしれない。

 そんな様子を見ていたマリーは更に疑惑を深める。あれはやはり偽者ではないのか、と。

マリーにはあの問題がさっぱりわからなかった。なのにミコトが軽く解けたのはおかしい!という理由に基づいてだ。

つまりはミコトのことを低く見ているということであり、本人が聞けば青筋の一つでも立とうものだった。

横目で人当たりのいい顔をしている偽者の顔を見ながら、マリーは監視を続けることにしたのだった。


 休み時間になり、ライラックが教室から立ち去ると熾烈な争奪戦が始まった。

男女問わず殺到したのはミコトの席である。

誰それ構わず質問に次ぐ質問を飛ばし一気に騒然とする教室の中、マリーは傍観を決め込んでいた。

彼女の友達であるキーラも参戦することはしなかったようだ。

押しつ押されつつある戦場を見て、すごいねぇ、と言いながらマリーの近くの席に座りこむ。

一挙手一投足でさえ見逃さぬと細められた目であちらを見ていたマリーには、それに答える余裕さえなかった。

 視線先のミコトは嫌がる顔さえ見せずに律儀にその全てに答えているようだ。

あの小屋で過ごしていた時には滅多に見せなかった笑顔を振りまいている。

確かにそれは魅力的で、ミコトが柔らかく微笑んだらああなるんだろうなぁ、とマリーは思っていた。

思わず他の皆と同じように呆けてしまいそうになっていたマリーは、頭を振ってその考えを追い出す。

ちょうどそのタイミングである女生徒が声を張り上げた。


 「あの!……ミコト……くん?ミコトちゃん?って、性別はどっち何ですか……?」


 思い切って声に出したのだろうが、最初の勢いは最後まで続かず後になると声が尻窄みとなった。

性別を訊ねるなど失礼な話だが、他の生徒たちもそれが気になっていたのか口を挟む者はいなかった。

皆の視線が再び集中する中、ミコトは苦笑しながら自分の下半身に着ているズボンを引っ張った。


 「ご覧の通り私は男ですよ」


 その返事が返ってくるや否や、女子たちは黄色い声を上げる。

反対に男子はがっかりする様子を見せている者が多数だったが、一部の者は本当かよ、と未だに納得していない者もいた。

それだけ誤解されやすい容姿をしているから仕方ないと言えば仕方ない話ではある。

とはいえ、それだけでは少年少女たちの興味は薄れなかったのか、質問タイムはまだまだ続きそうだった。

結局授業の鐘がなるまで終わることはなかった。


 それからの休み時間もミコトの周りに人込みが消えることはなかった。

人当たりのよい対応に、話を振ればこちらをちゃんと向いてくれて柔らかな笑顔をくれる。

それだけでも女子などは目の中にハートマークを浮かべるものだった。

それにただ受け答えするだけではなく、時にはミコトから話し出し思いがけない話題を提供することもあった。

魔術の知識にも深い所があるのか、男女問わず感心する場面もあったらしい。

 一躍にしてこの教室の人気者になったミコト。

この教室内だけに留まらず、噂を聞きつけたのか他のクラスが廊下から覗いてくる者も多くいた。

ミコトくん観賞班なるものまで設立され、他クラスが無遠慮に覗くのを取り締まっていたともいう。


 全く、このクラスはミコトが来てから一気にどこかおかしくなった、とマリーは廊下を歩きながら思っていた。

以上のことはキーラから後に聞きだしたことだった。

マリーは例の宿題を終わらせることが出来なくて罰を受け、現場を直接見ることが出来なかった。

休み時間の度に校内を走らせる、という過酷な罰を受けさせられていたのだ。

魔術による監視もあってサボることは出来ず、授業で疲れた体に鞭を打ってマリーは走り続けた。

さすがに昼休みの時だけは免除してもらえたが、ぐったりとしてしまいミコトのことを見ている余裕がなかった。

 そうして放課後になったはいいが、放課後までも地獄が待っているとは思わなかった。

宿題を忘れる常習犯なせいか、マリーはあの先生に目をつけられているみたいだった。

マリーもマリーで忘れなければいい話なのだが、どうにもあの教科は苦手だった。

一生懸命頑張ったとしても間に合わないこともあったのだ。


 「はぁぁぁ……。疲れた」


 ようやくそれを終えてこうして廊下を歩いている、というわけだ。

後は教室に戻ってカバンを取り、帰るだけである。

ため息をついて紙に包まれていたパンを一齧り。そのパンは一体どこからやってきた。

 時刻はすでに夕焼け時であり、校内に残っているものはほとんどいない。

買い食いを注意する先生もいなく、彼女はやりたい放題だった。

オレンジ色の廊下を進みながらパンにぱくつき、マリーは考える。頭の中にあるのはやはり転入生のことであった。

離れて観察した限りではやはり確証なんて得られるはずもなく、限りなく黒い白、といった感じだった。

見た目こそミコトではあるが、性格や立ち振る舞いが全く違うのだから。


 「うーん、でも名前は同じだしなぁ……はぐはぐ」


 いい具合に頭と体が疲労しているマリーはミコトが演じている、という可能性を思い浮かべることが出来なかった。

加えて昼休みも食事抜きで宿題を終わらせようとしていたのだから仕方あるまい。

こうして食堂から買い込んだパン一つでは食いしん坊な彼女にはオヤツ程度にしかならなかった。

そうして自分の教室に辿り着くと、何の気もなしにドアを開いた。

その先にまさか件の転入生がいるとも知らず。


 「よぉ」


 金色の転入生……ミコトは窓側の机の上に腰掛け、夕焼けを背景にしてマリーを見詰めていた。

片手をあげては気軽な声を掛けてきて、ぽかんとして食べかけのパンを口に残していた彼女はすぐに返事をすることが出来なかった。

ミコトは口にパンを咥えているマリーを見て、笑う。

柔らかで人当たりのいい笑顔ではなかった。何処か皮肉げな、斜に構えた笑い方。

そこにいたのは紛れもないミコト。マリーが知っている不遜な表情いつもしていた少年そのものだった。


 「お前……ここに来ても食ってばっかなのかよ」

 「んぐぅ!?」

 「いいから落ち着けって。まずは口の中にあるもの消化しろよ」


 マリーはこくこくっと必死に頷いて喉につまりそうになっていたパンを飲み込む。

笑いながらもミコトは机の上から飛び降りてマリーの傍に寄ると、背中を優しく叩いたのだった。


 「……!!……っぷはぁ!し、死ぬかと思った……」

 「再会した早々に死に掛けるとか物騒すぎんだろ、おい」

 「あぁー……。そのぶっきらぼうな言い方、ミコトだぁ……」

 「……なんでそんなに嬉しそうなんだ」


 気持ち悪そうに若干引いているミコトに、少しだけマリーの心が傷つくがあまり気にならなかった。

何せ一ヶ月ぶりに会ったのである。それもこんなに早く再会するとは思わなかった人物と。


 「えへへ。だって会えるとは思わなかったんだもん。それに話せなかったから……」


 ミコト本人だとは確証を持てなかった。勘違いが勘違いのままで終わって、それが尚更嬉しかった。

そんな言葉を続ける前にミコトはすまなそうに顔を歪める。


 「悪かったな。クラスの奴らが離してくれなくて。お前と話す機会がとれなかった」

 「……ミコトにしては殊勝な態度。やっぱりミコトのそっくりさん?」

 「は?何でそんな話になるんだ」


 マリーは掻い摘んで今日一日中抱いていた思いをミコトに教えた。

その話を聞いた次の瞬間には、少年は明らかに呆れた態度になって白けた目線で彼女を見る。


 「マリーって馬鹿なの?阿呆なの?」

 「ひ、ひどい。でもやっぱりそのひどさがミコトって感じがする!」

 「……お前の俺に対するイメージについては議論の余地がありそうな気がするが、それは置いておくか」


 やるせないため息をつくミコトはそれを紛らわすように髪をかきあげる。

金色の髪が夕日に反射してきらきらと輝き、それとは別の光が彼の耳元あたりにあったのをマリーは目敏く見つけた。

あれは……イヤリング?そんなものミコトはしていなかったはずだけど。

疑問符を頭に浮かべながら、ここに来た理由も、別人のような振る舞いを何故していたのかもマリー的には非常に気になる。

だがミコトの言い様を借りて、それは置いておこう。

まず最初に言うべきことが二人にはあったのだから。


 「久しぶりだな、マリー」

 「うん!ミコト、久しぶり!」


 一ヶ月という時間は二人にとってその言葉を出すまでには長い時であったらしい。

再会の喜びに笑うマリーも、口の端を上げて微妙に笑うミコトも思いは同じだったのだろう。

こうしてグリエント魔術学校にて、二人は再会を果たした。



 だが再会はそれだけではないとこの時ミコトは知らなかった。

今となっては遠い昔になった子供時代。その時に知り合ったある人物とミコトは再び相見えることになる。

因縁のある人物か、はたまた怨敵か。

どちらにせよ、少年はその邂逅によって心に変化を強いられる。

それが良い方向に向かうのか、悪い方向に向かうのか、いずれミコトは嫌でも知る事になるだろう……。

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