第三十一話 アークウィザードと試験の顛末
帝都グラフィール。
テラの中でも随一の治安と文化に富み、様々な人が行き交う大都市である。
多くの者がここを訪れるのには理由がある。例えばそれは商売。
帝のお膝元であることから安全が約束されたこの場所では、たくさんの人が住み着いている。
取り分け懐が豊かな者も多く、それだけの理由があれば商人が飛びつくのは道理というもの。
貴族は勿論のこと、皇帝に擦り寄ろうとする抜け目のない者までいるという。
文化の面でもグラフィールは他の都市より抜きん出ているといえるだろう。
職人による工芸品など目を見張るもので、それは一般家庭にさえ普及している。
陶磁器の食器などが普通に並んでいる光景は、外から来た人から見れば驚きに値するものだ。
他の場所ではせいぜいが木製であることから考えれば、生活水準がいかに高いかわかるだろう。
だがそれよりも特筆すべきものがある。帝都には一つの学び舎が存在しているのだ。
名をグリエント。
田舎の町ですら名前程度は誰でも知ってるであろう知名度を誇るこの学校。
その正体は魔術を専門的に学ぶ為の学校である。
最新鋭の設備と優れた教師陣。
実戦を想定した授業の内容は革命的であり、学校が所有するダンジョンで生徒たちの成長を促す方法もとられている。
魔物との戦いは生死をかけたものになるのは当然なのだが、グリエントで死人を出したという記録はない。
校長が世界に一人だけのアークウィザードと名高い人物が席に座していることから、その話は信憑性があるといえるだろう。
魔術の研究にも余念がないこの学校では、毎年のように新たな魔術が生まれている。
研究設備も素晴らしいもので魔術に関連するは大抵が揃っているという話だ。
学園内には大図書館と呼ばれる建物もあり、そこには世界中から集められた書物があるという。
何かを知りたければグリエントの大図書館へ、とは数あるグリエントの名言の一つである。
ただし残念ながら大図書館は学園関係者しか利用できない。推薦でもあれば別らしいが。
まさしく噂にことをかかない学校だった。
その渦中の中心である学校の一室――。
時代を感じさせる立派な机の向こうに一人の人物がいた。
ゆったりと背もたれによりかかりながらキセルのような物を口にくわえて、ヘソの部分にまで伸びた白い髭を撫でる老人。
同じような白髪を頭からも滝の如き無造作に垂れ流している。
糸目と深い皺が刻まれたその顔は英知に溢れる賢者然としていたが……。
不良がかったるそうに机の上に足を乗せている光景を思い出してくれればわかりやすいだろうか。
そのポーズと寸分違わぬ格好をこの老人がしていたから全てはぶち壊しであった。
「あー。かったるいのぅ。何か面白いことでも起きないかのぅ」
事実、本人がその口からかったるいと言ってしまったからもはや修正は不可能というもの。
そう、この人物こそグリエント魔術学校の創始者にして校長であるシェイム・フリードリヒその人であった。
行儀悪く足を乗せてキセルで自分の肩をとんとんと叩く姿は、とても高名な魔術師とは思えない。
そんな部屋の中にノックの音が響き渡った。
だるそうにしていたシェイムは居住まいを正すことなく、これまた脱力気味に声をあげる。
「開いてるぞーい」
ふぁぁ、と大あくびをしながら言うものだから威厳なんてものは欠片も無い。
ノックの主は間もなくして扉の向こうから姿を現した。
理知的な眼鏡に隙を見せないぴっしりとした紺色のスーツを着こなす女性。
眼鏡の奥に隠れたその目も厳格とし、全体的に冷たい印象が漂う女だった。
彼女はシェイムを一瞥してからハイヒールをこつこつと鳴らせて近づく。
そうして手元に忍ばせていた手紙のようなものを机の上に置いたのだった。
「なんじゃそれ」
「校長宛の手紙のようです。差出人は不明ですが」
「ふむ。わしの所にまで持ってきた、ということは魔術による調査はすでに終えているということかの」
「はい。魔術によるトラップはなし。中に金属類のものも見当たりませんでした。紙のような媒体があるだけです」
「誰がこれを持ってきたのじゃ?」
「冒険者のようです。Bランクチームの『杯』と言っていたそうです」
「ほうほう。Bランクの冒険者がのぅ……」
置かれた手紙は確かにフリードリヒへ、と書かれているだけで他には何も記載されていない。
本来、こんなに怪しい手紙などシェイムの元へ来るまでもなく処分されるのだが、メッセンジャーとなった冒険者がBランクとなると話は違う。
冒険者にもステータスと同じようにランクがあり、その中でもBといえば名だたる実力者がひしめくランク帯である。
ランクも冒険者組合いによる査定が必要で、人格があまりに不適切であるものはランクを上げることも出来ない。
人格と実力共に備わっている人物でなければ高ランクへとはなれないのだ。
そんな冒険者が迂闊な依頼を受けるはずもなく、だかしかし、冒険者の中でも高ランクな者たちを運び屋として使っているというのも贅沢というもの。
つまりはそれだけ手紙の中身が重要である可能性がある。
差出人はそれを見越してBランクの冒険者を寄越したのかもしれない。
「面白いのぅ!どれどれ」
シェイムはまるで子供のように目を輝かせて、足を机から床につけながら手紙を手に取った。
その際に探査魔術をさっと奔らせる。事前に調べているとはいえ、シェイムでなければ見破れない魔術がかけられてないとも限らないからだ。
その鮮やかな手際のよさは高名な魔術師の片鱗を見せた。
結果は何も無かったようで安心する間もなくいそいそと封を切るシェイム。
手紙を取り出して興味深く読みふけっている老人を隣にして、女性は何も言わずにその様子を眺めているだけだった。
一分程度の時間が経っただろうか。
沈黙が満ちていた部屋の中、唐突にシェイムの笑い声があがった。
「ほっ!これは何とも。いやはや、まさか嬢ちゃんからの手紙であり、あの子の子供がのぅ!ほっほっ」
「……校長、手紙の内容は何だったのですか?」
「何、昔馴染みからの手紙じゃよ。嬢ちゃんとは久しく会っていないのぅ。あのむっちり健康ボディは健在じゃろうか」
「校長。貴方は栄えあるグリエントの手本となるべき存在なのですから、言動には注意してください」
「ほっほっ。そう妬かんでもライズちゃんのスレンダーボディもわしは大好きじゃよ!」
ライズ、と呼ばれた女性は極寒零度な視線をシェイムに向けるが、応えている様子はない。
糸目をだらしなく下げていやらしい目でライズを見ているその姿はまさしくただのエロ爺である。
「っと、いかんの。ライズちゃん観賞は程ほどにして、事を進めなければならんのぅ」
「観賞もちゃん付けもやめないと程ほどにおしおきしますよ……?」
「そんな人を殺しそうな目で見られると、どんなおしおきか楽しみになって仕方ないんじゃが……」
「…………」
「じょ、冗談じゃよ!だから魔力を高め始める必要はないぞい!?魔術ダメ、絶対!」
「……それで、事を進めるとは一体?」
これ以上かまけていては話が進まないのを悟ったライズは、魔力を抑えながらシェイムにそう訊ねた。
冷や汗をかきながら仕切り直すようにシェイムはこほんと咳をつく。
そして真面目でありながらも何処か楽しそうな顔を作り、ライズへと言葉を投げかける。
「一人、生徒を入学させようと思っていての」
「この時期に、ですか?それはなんとも中途半端ですね」
時期としては入学式が終わってちょうど一ヶ月が経った頃合。
新入生も、新学期を迎えた生徒たちも新たな環境に慣れ始めた頃であろう。
そんな時期に転入してくるのは些か特殊であるといえる。
それにライズはシェイムの態度にも疑問を持っていた。
何せ外面はともかく、実際は子供のような人物である。面白いことが大好きで気に入らないことはスルーを地でいっている。
そんな人物があんなに目を輝かせているということは、ただ知り合いの子供だからという理由だけではないだろう。
自然とライズは件の子供と手紙の内容について興味が出てしまった。
「……その手紙にはそれ以外のことは書かれていないのですか?」
「ンー?ライズは気になるのかの?」
「いえ、何もないならよいのです。失礼します」
シェイムの瞳の中に危ない光が宿ったことを敏感に察知したライズは早々に撤退することに決めた。
どうせしつこく聞いたところで散々からかわれた挙句はぐらかされるだけ。
つまらなそうにしているシェイムの顔を見れば案の定といった所だろう。
それっきりライズは未練も後腐れもなく、その部屋を後にしたのだった。
「ライズちゃんは相変わらずだのー。ほっほっ」
足早に立ち去っていってしまったライズを見送って、もう一度シェイムは手紙に視線を落とした。
手紙の内容はシェイムに嬢ちゃんと呼ばれた彼女らしく簡潔にまとめられており、余計な装飾はない簡素なもの。
文章が三行しかなかったので一見して暗号か、もしくは脅迫文かと思ってしまったものだった。
肝心の内容はある女性の忘れ形見である子供をグリエントに通わせて欲しい、ということ。
そしてその子供のステータスの偽装をして欲しいという。ここにシェイムは大いに関心を寄せる事になった。
さて、シェイムには借りを頑なに作りたくなかった彼女からの頼み。
手紙の内容も老人の知的好奇心を刺激するには十分。
この時点でシェイムはどんな手を使ってもその子供をこの学校に入れることを決めていた。
例え魔術が一切使えない者であろうと最早関係はない。
大いにグリエントの校長という立場を使って職権乱用しようではないか、とウキウキしていたのであった。
「嬢ちゃんも粋な計らいをしてくれるのぅ。今度会ったらこの借りの分を含めてイロイロしてもらうとするかのー」
ほっほっほっ、と高らかに笑いながらピンク色の脳みそでアレやコレと想像の海に旅立つエロ爺。
グリエント魔術学校校長であり、ただ一人のアークウィザード、シェイム・フリードリヒ。
彼もまたこれから訪れる少年に影響を与えることになる一人である。
そして学園にいずれ起こることになるであろう、前代未聞の騒動を間近で見る事になる証人の一人だった。
「へ…………へっくち!!」
存外に可愛らしいくしゃみをした大柄な女性、アリエスは鼻をすすりながら身を震わせた。
別に寒くはない。魔力操作によってある程度の体温コントロールは出来るのだから。
しかもこんな平原では寒くも暑くもないというもの。ちょうどいい具合の気温で魔力操作する必要ないだろう。
それなのにくしゃみをした後、背筋にぞくりときたのはどういうことだろうか。
「うー……。なにさね、この寒気は。前にもこんなことがあった気がするねぇ。…………爺か」
帝都の方角を向いて睨んでみるが、勿論効果なんてものはない。
ここから帝都などそれこそ遠く遠く遥か彼方であるのだが、それでもこうして嫌な思念を送ってくるあの爺が憎ったらしい。
普通なら気のせいか、と思う所だがあの爺ならありえる。何せ人格はともかく魔術師のトップといっても過言ではない人物なのだから。
「はぁー。あの爺に借りを作るのは心底嫌だったけれど、仕方ないねぇ……」
ミコトがあの学校にいくのなら協力者は絶対にいた方がいい。
あまりに常識から外れたステータスをしているし、あのLvと歳でクラスを習得。それもエクストラという希少職。
帝都にはたくさんの人がいる。その中からミコトを狙おうとする悪者がいないとも限らない。
「まぁ後はなるようになるしかないさね。アタシが出来るのはここまでだ」
ふっと視線を和らげて旅立っていった弟子たちのことを思う。
マリーは元気でいるだろうか。そそっかしくて危ない所があるあの子はいつも見ていてひやひやしていたものだ。
それがこうして自分の元から離れて行ってしまったのは、些か……いや、大分寂しいものがあるが致し方ない。
いずれ誰だって自分の羽を広げて空に飛び立つのだ。
それが早いか、遅いかの違いがあるだけだ。
ただ一つだけ、今まで見守ってきた者として思う。マリーにはいつまでも過去に引き摺られて欲しくない。
彼女がグリエントに行くと決意したのは、昔のことが関係していないとは思えない。
そして過去に傷跡を持っているのはマリーだけではない。
「ミコトは……どうだろうねぇ」
自然と腰あたりの部分と、そして肩口に意識が向いた。
それはあの最後の試験でミコトがアリエスに攻撃を当てることが出来た部分だった。
戦いは最初こそミコトは善戦していたが、時間が経つにつれアリエスに天秤が傾いていく。
それは当たり前のことだ。
ミコトはありえないような強さを持っているが、それでもアリエスからすればまだまだである。
次第にアリエスが圧倒し始め、状況は一方的になった。
だが、それでも驚異的なタフネスと精神力でミコトは粘りに粘った。
最終的に勝ったのはアリエスではあるが……。
最後の一幕、長い戦いに集中力を切らせた彼女の隙を見逃さず、肩口にミコトの一撃が綺麗に入ってしまった。
力も何も入っていないそれこそ触れるだけのものだったが、本気のアリエスにまともな一撃を当てただけでも大したものだった。
Lv差、経験の差を考えると不可能を可能にしてしまった、といってもいいだろう。
その後ミコトは最後の力を振り絞ったかのようにして倒れ込んでしまい、そうして卒業試験は幕を閉じた。
それから卒業試験の翌日にミコトはアリエスに約束を果たせ、と言ってきたのだ。
「ミコトがアタシに尋ねたのはレコンの生死だったねぇ。本当、悲しいほどに一途な子だよ……」
必死な思いでアリエスを見上げるミコトに嘘はつけない。いや、例えどんな態度で迫ってこようと嘘は言わないつもりであったが。
彼女は正直に話した。自分はレコンを殺してはいない、と。
ある程度予想はついていたのか、ミコトは表面上は驚いている様子はなかった。
そして何故、そんなことをしたのかもアリエスに向かって問いただす。
しかし、それは二つ目の質問かと彼女は返した。アリエスに当てた攻撃は二つだけ。
ミコトは少しの間悩む。そうして出したものは……。
「本当にミコトはミライの事が好きだったんだね」
ミライのことだった。レコンを殺したと嘘をついた理由を知るよりも、ミコトは母親のことを知りたがった。
その時のミコトの表情はそれこそ歳相応で……ただ家族の愛に飢えていたのだ。
自分が知らないことを知ることで、自分の中にいる母親の存在を大きくしようとしていたのだろうか。
言いようの無い複雑な思いをアリエスは抱きながら、その話は長くなる、と前置きをおく。
ミコトは黙りながら静かに頷くだけだった。
それから卒業試験に負った怪我の療養も兼ねてアリエスはゆっくりと語った。
勿論、話せないこともある。だから彼女はミライの人柄を中心にエピソードを連ねていく。
いつも笑顔を絶やさずに周囲の人々に元気を分け与えていたこと。
時にはそのあまりのマイペース振りに翻弄されることもあったけれど、それさえも楽しかったということ。
冒険者としてパーティーを組んでいた時も毅然として魔物と戦っていたこと。
強さの中に優しさを持っていた女性だったこと。
語りつくせぬ話は時間にして三週間が経とうとも尽きることはなかった。
いや、もしかするとアリエスがずっと話していたかったのかもしれない。
それだけアリエスにとってもミライという人物は大切な仲間だった。
思い出の中にミライは生きている。こうして話すことで彼女はまだその中で笑いながら生き続けているのだ。
その思いをミコトは汲んでくれたのか、一切の文句も言わずに少年は耳を傾けていたのだった。
それでも終わりというのはやってきてしまう。
完全に体が回復したミコトは自ら、もういい、と話を終わらせることにしたのだった。
「見送る立場の者がいつまでも引き止めてしまったさね。恥ずかしい真似をしたもんだ」
その時のことを苦笑しながら思い出す。
ミコトはそれから立つ鳥後を濁さずとでも言うようにあっさりと小屋から出て行ってしまったのだった。
アリエスが拍子抜けするぐらいに簡単に。ここにはもう用はないとでも言うように。
一抹の寂しさを覚えたアリエスに、しかし、立ち去る直前にミコトは一言零した。
またミライの話を聞きに来る、と。
「あの子は女泣かせになるかもしれないねぇ。顔もいいし、帝都にいけばそれこそ騒動が起きるかもしれないさね」
ミコトが向かう先にはマリーもいる。マリーはミコトが来ることを知らないし、絶対に楽しいことになるだろう。
そのことをこの目で見られないのは残念だが、アリエスにはアリエスのやることがある。
彼女もまた小屋から旅立ったのだから。
トール山から一日は歩く先にある平原にアリエスはいた。
位置としては帝都より反対の方向。その方角にあるのは……以前ミコトが住んでいた街、リヒテン。
全ての発端であるその街にアリエスは向かっていた。
「レコンを裏から操っていた仮面の魔術師……ルクレス。そして奴が属しているという組織、レギオン。何かしら手がかりがあるかもしれない」
密かに情報屋から手に入れたものは個人の裁量でどうにかなる、という限度を超えるものだった。
レギオンという名前は裏の世界ではかなり有名なものだった。
ただし有名であってもその実体はあまり掴めていない。情報が錯綜しているのだ。
曰く、正義を信じる善の人々。曰く、悪の限りを尽くす殺人集団。
情報操作でも行っているのかと疑いをかけたくもなるが、そんな情報ばかりが溢れてとんとわからない。
わかるのは巨大な組織だということ。一筋縄ではいかない相手であるということ。
「まぁどちらにしても……ミコトには悪いが、ルクレスとやらも含めてぶち壊してやるだけさね……」
ミコトが復讐に囚われているように、何も彼だけがミライの死を嘆き悲しんでいるわけではない。
二人がいなくなったからこそ、自分の感情が抑えきれなくなっていた。
子供たちの前では一度として見せなかった激しい怒気がアリエスを包み込む。
迸る強烈な感情に触発されたかの如く、アリエスのクラス……武神の固有スキルである闘気が姿を現した。
一瞬にしてアリエスを中心に、草葉が何かに押し潰されたかのように薙ぎ倒される。
それと共に近くに転がっていた大岩がゴシャッと鈍い音を立てながら砕け散ってしまう。
解放された闘気がアリエスの制御を離れて膨れ上がってしまった結果だった。
アリエスの近くに生き物がいなかったのは幸いだろう。
もしも傍にいれば、トマトが潰れてしまった時のように押し潰されてしまうだろう。
「………………フゥー。いかんね、アタシもまだまだ未熟だ」
深く息を吸い込んで吐き出せば、闘気が少しずつ収まっていく。
後に残ったのは彼女を中心にしたクレーターだけである。半径五メートルにも及ぶ大きさで自然の中では歪に目立っていた。
やってしまったことに軽く後悔して、アリエスは目的地へと再び歩き始める。
胸に抱くのは激しい怒り。大切な親友を奪われてしまったという目も眩むような激流の如き憤怒。
物騒な光を瞳に携えて、アリエスは往く。
彼女に武器という武器はなく、あるのは両腕を守るガントレットのみ。
だがそれは守ると同時に凶器にもなりえる、万物を粉砕せしめんとする破壊の象徴である。
どれだけの障害が彼女の前に立ちはだかろうとも、その一切合財を打ち砕くだろう。
彼女の逆鱗に触れた者に残された運命は一つしかない。
死、ではない。彼女は命を殺さない。死んでそれで終わりにすることは許さない。
彼女が殺すのはその意志。
徹底的に、それこそ粉微塵になるまで、相手を再起不能にしてやると瞳の奥でぎらぎらと思いを滾らせているのだ。
あるいは、それは死すら生ぬるいと思わせることかもしれない……。